01 動き出す男たち
01 動き出す男たち
雲ひとつない青空、鏡のように穏やかな水面の海。
パノラマに広がるふたつの青を見渡せる、白い砂浜。
誰もいない波打ち際に、その男はいた。
ひょろりと長い細枝のような身体には、海パン一枚のみ。
吹き付けてくる潮風に負けないように、キビキビと動かしている。
「グッドグッドワン、グッドグッドツー、グッドグッドスリー」
独特のかけ声の準備体操。
素肌を通り抜けていく風は暖かかったが、素足で感じる、寄せては返す波はまだまだ冷たい。
海水浴シーズンはまだまだ先であったのだが、男は泳ぐ気マンマン。
彼は準備体操を終えたあと、足元に置いてあったアタッシュケースを持ち上げた。
取っ手にあった手錠を、自らの手首にガチャリと嵌め、簡単には外れないようにする。
そして水平線の向こうにポツリと見える小島を見やり、大きく頷く。
「グッドグッド、今日こそはあの島にたどり着き、下賤なる野良犬に頸飾を授けなくては……!」
男は決意とともに入水する。
海水は氷のように冷く、心臓がキュッと止まりそうになるが、歩みを止めない。
「ばっ……バッドバッド、バッドバッドぉぉぉ~~~!
な……なんのこれしきっ! 頸飾を渡せねば、本当に息の根が止まってしまうのだっ……!」
男は下半身が沈むくらいまで進んだところで、ばっしゃーん! と海に身を投げる。
そのショックで足がつってしまい、しかもそこから急に深くなっていたため、1メートルも泳がずに男は溺れてしまった。
「ぎゃああああっ!? バッドバッド!? バッドバッドぉぉぉ~~~っ!?
だっ、誰かっ!? 誰か助けてぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!?!?」
ちょうど浜辺を通りかかった漁師に引き上げられ、男はなんとか助かる。
彼は心臓マッサージを受け、ミニクジラのように口から潮を吹きながら、こんなことを考えていた。
――ば、バッドバッド……! この方法も、ダメだなんて……!
いったいどうすれば、あの野良犬のいる島に近づくことができるのだ……!?
このままでは、由緒正しき我が一族が、私の代で途絶えてしまうことに……!
男の名は、グッドバッド・グッドバトラー。
勇者に仕える執事一族の人間である。
彼は準神級勇者のブタフトッタから、ゴルドウルフに『勇者の頸飾』を与える任務を仰せつかっていた。
しかしその結果は知ってのとおり『ノーサンキュー』。
ゴルドウルフはにべもなく、グッドバッドが持ってきた頸飾を突き返したのだ。
本来ならばグッドバトラーは、ブタフトッタの元に戻り、任務の失敗を報告しなくてはならなかった。
しかしそれは、グッドバトラー一族の滅亡を意味する。
なぜならば、勇者の頸飾は受け取って当たり前のもので、拒否など絶対にありえない神アイテム。
そんな交渉もクソもない、簡単なお使いひとつこなせない役立たずの一族を、ブタフトッタが許すはずもないからだ。
それを怖れ、グッドバトラーは長いことセブンルクス王国には帰っていなかった。
報告させしなければ、任務の失敗にはならないと、ずっとゴルドウルフにつきまとっていたのだ。
そしてとうとうゴルドウルフは、グレイスカイ島にこもって出てこなくなってしまう。
グッドバトラーはドッグレッグ諸国から出ている、『スラムドッグランド』への定期船を使って島への侵入を試みた。
しかしその結果は、失敗……!
スラムドッグランドへ向かう船には、『勇者関係者およびマスコミの乗船はお断りします』という看板が掛けられている。
それでも、身分を隠して船に乗る勇者関係者や、マスコミはあとを断たなかった。
しかしそれらの者たちが乗船していると、船はなぜか沖のあたりでストップする仕組みになっていた。
原理は謎だが、そこから船のスタッフによる『勇者さがし』が始まる。
乗客たちも、早くスラムドッグランドに遊びに行きたいので、一緒になって探してくれる。
そして見つかった勇者関係者は最後、そのまま海に放り捨てられる。
マスコミも同様の扱いを受けるのだが、捨てられるときに浮き輪を与えられる分、扱いは良かった。
グッドバッドも、幾度となくスラムドッグランドへ向かう船に潜入した。
ある時は乗客として、またある時にはスタッフに化け、最後は貨物の中に忍び込むことまでやらかした。
しかしその結果は前述のとおり、すべて失敗……!
ドッグレッグ諸国の沖では一時期、溺れるグッドバッドの姿が風物詩となっていた。
しかしいくら手を尽しても、彼はグレイスカイ島に近づくこともできずにいたのだ。
そして彼がとった最後の手段が、『泳いで渡る』であった。
事前準備を万端に整え、いざ遠泳へと挑戦していたのだが……。
その結果は言うまでもなく、やっぱり失敗……!
万策尽きてしまったグッドバッド。
漁師のいなくなった浜辺で、彼はひとりうなだれていた。
「ぐっ……! ぐぐっ……! バッドバッド、バッドバッドぉぉぉぉ~~~!
な、なぜ野良犬は、ここまで私を……! いや、勇者を拒むのだ……!?
『勇者の頸飾』は、血統書つきの犬も雑種の犬も、すべてが尻尾を振って喜ぶ『極上の首輪』だというのに……!
それを、野良犬ごときが拒んでいいはずが……!」
そこでグッドバッドはハッとなる。
「ぐ……グッド! 私はゴルドウルフに頸飾を渡すことばかりに気を取られ、大切なことを見失っていた!
ヤツはしょせん、野良犬……! そう考えれば、問題は至ってシンプルになるではないか!
そうだ、そうだったのだ! なぜこんな簡単なことに、もっと早く気付かなかったのだ!
グッドグッド、グッドグッドぉ~!
こうしてはおれん! 急いでブタフトッタ様の元へと戻らねば!
任務成功の、報告をするために……!」
いちご会長様よりレビューを頂きました、ありがとうございます!
そして今後は、本文にも各話タイトルを記載するようにしたいと思います。





