22 ライドボーイ、見参!
御者席にいるゴルドウルフは、静かに馬車を走らながら、かつての思い出を噛み締めていた。
……あの時は蛇やサソリを食らい、辛うじて生命を繋いだ。
飲み水は昼夜の寒暖差を利用して、馬具の金属にできた結露をすすった。
しかし……いちばん辛かったのは、寒さを凌ぐことだった。
意識を失うほどの低温に、抗うのは並大抵のことではなかった。
ついに、耐えられなくなって……泣きながら仲間たちのたったひとつの衣服を、剥ぎ取ったんだ。
『我が君! プル、おなかすいたー!』
『これ、プル! はしたないですよ!』
賑やかな声が脳内を揺らし、ゴルドウルフの心が過去から戻ってくる。
「……そういえば、そろそろお昼ですね。ここらで昼食にしましょうか」
気がつくとすでに、『蟻塚』が遠景に入るほどの距離まで来ていた。
切り拓かれた山間に、古墳のような人工的な盛り上がりが見てとれる。
その頂上には宮殿のような白亜の建物が立ち並んでおり、王様の別荘のような佇まいだった。
一行がさしかかったあたりは、休憩するにはちょうどいい草原。
道端に馬車を停め、そこで昼食とあいなった。
麻布のレジャーシートに靴を脱いであがり、腰を降ろす一同。
座り方にも個性が現れる。
プリムラとグラスパリーンは膝を揃えた正座で、シャルルンロットとミッドナイトシュガーはアヒル座り。
そして、ゴルドウルフはというと……シートの外で、立膝の姿勢。
もちろん靴は履いたまま。なぜかというと、奇襲などがあった時のために、遅れを取らないためだ。
しかしプリムラが、おじさまだけにそんな役目をさせるわけにはいかないと、まねっこをはじめてしまう。
とうとうシャルルンロットもグラスパリーンも立膝になってしまったので、オッサンはしょうがなくシートに座ることにした。
「しかし、『蟻塚』っていうからもっとアリの巣っぽいのを想像してたけど、ぜんぜん違うじゃない。完全に成金趣味ね」
広げられた重箱。リインカーネーションの愛情いっぱいの料理をフォークで突き刺し、次々と口に運びながらシャルルンロットは言った。
「『蟻塚』は、準神級勇者であるノーワンリヴズ・フォーエバー様の地下迷宮、『ヴィラミッド』をモチーフに設計されたものなのん。規模こそ10分の1以下ではあるものの、思想だけは本家をも凌駕するのん」
見た目のクールさとは裏腹に、ミッドナイトシュガーもパクパク食べている。
「フン、そのくらい知ってるわよ。準神級といえば、勇者体系のトップでしょう」
勇者の階級において、準神級というのはゴッドスマイルに最も近い存在。
勇者の頂点に立つゴッドスマイルの懐刀にして、各勇者体系でいちばん偉い人間とされている。
戦勇者のトップは、『ディン・ディン・ディギル』。
調勇者のトップは、『ブタフトッタ』。
導勇者のトップは、『ノーワンリヴズ・フォーエバー』。
創勇者のトップは、『マリーブラッドHQ』。
……ブスリ!
お嬢様の青いフォークと、試験官少女の赤いフォークが同時に、黄色い卵焼きに突き刺さった。
「フン、準神級勇者なんて、どいつもこいつも変態揃いだってのに、それをマネた地下迷宮を作るだなんて、イカれてんじゃないの」
お嬢様は卵焼きを分捕ると、アーンと大口を開ける。
しかし口に入るより先に赤いフォークが伸びてきて、サッと掠め取っていった。
「準神級勇者への悪口は減点のん。『蟻塚』のオーナーに対する悪口は、もっと減点のん。それと、人の卵焼きを奪うのはもっともっと減点のん」
「それはアタシが先に手を付けたんじゃない! 奪ってるのはアンタでしょうが!」
「のん。コンマ数秒の差で、のんのフォークのほうが速かったのん」
おちょぼ口を自分になりに、アーンと開くミッドナイトシュガー。
すかさず飛んできた青いフォークを、いつの間にか取り出したもう一本のフォークで迎え撃つ。
そして始まるチャンバラ合戦。
こんな時に真っ先に仲裁しなくてはならないグラスパリーンは、慣れない正座に限界がきたのか、ひとりで悶絶している。
プリムラもおろおろするばかり。
最後の卵焼きを巡る攻防。
シャルルンロットは言わずもがなだが、ミッドナイトシュガーも負けず嫌いらしく、一歩も譲らない。
そしてそれは、意外な形で決着する。
リバウンドのように跳ねた黄金に、
……ピシュッ!
と白い軌跡が抜けていく。
すると空中でちょうど真っ二つに割れ、選手たちの口に降り注いだ。
それぞれ、池の鯉のように受け止める。
「出発前もお願いしましたけど、これから一緒にクエストをするのですから、ふたりとも仲良くしてください」
そうたしなめたのは、指弾を放ったあとのようなポーズで、手をかざしているオッサンだった。
争っていた少女たちは、さっきまで仲違いしていたのがウソのように揃った動きで、抜けていった軌跡の正体を目で追う。
すると近くにあった木に、白いフォークが突き刺さっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『蟻塚』は近くで見ると雄大で、仰ぎ見るほどの高さにある頂上の宮殿を、空の上にあるかのように持ち上げていた。
宮殿が地下迷宮への入り口なのだが、そこはあくまで勇者パーティ専用。
勇者のいないゴルドウルフたちは、一般用の出入り口に回らなくてはならなかった。
そちらは丘の裏手、麓にある穴で、たしかに『蟻塚』といった野ざらしの風情。
しかも水はけが悪いようで、入り口のまわりは泥沼のようになっていた。
ゴルドウルフ以外はその劣悪さに顔をしかめていたが、さらに耳障りなヤジが上空から降り注ぐ。
その声の正体は……不自然な形をした、4つの人影だった。
「ランラランララーンッ♪ オオ~ゥ♪ 見るがよい~♪ ネズミが今まさにぃ~♪ 下水から入りこもうとしてるぅ~♪」
槍の切っ先で指し示していたのは、『ライドボーイ・ランス』。
ミディアムロングの髪を吹き流す、いかにもナルシストといった、鼻筋の通った青年。
顔は優男代表といった印象ではあるが、体型はプロレスラーのようなずんぐりむっくり。
本当は肩車させているのだが、ステージ衣装のようなきらびやかなマントによって『下の人』は覆い隠されている。
彼らはコンプレックスをこじらせすぎて、厚底ブーツでは物足りなくなってしまったようだ。
「いや、違うじゃん! あれはネズミじゃなくて、犬っころじゃん!」
槍で御髪を整えていたのは、『ライドボーイ・ジャベリン』。
頭髪はリーゼントでバッチリとキメ、自分では色っぽいと思っている流し目をキメている。
「うわぁー! 名前忘れたけど、久しぶりじゃん! ピスピスぅ! もしかして新聞で俺らのクエストを見て、ファンの子を連れて応援に来てくれたわけぇ!?」
槍をせわしなく振り回しながら、Vサインを向けていたのは『ライドボーイ・スピア』。
無造作そうな跳ね髪と、さわやかさと軽薄さを取り違えたようなニヤケ顔。
落ち着きの無さを、ノリの良さだと勘違いしているのか、片時もじっとしていない。
「ええーっ!? しつこい子は嫌われちゃうよぉ!? オクスたんたちに会いたければ、こんなプライベートじゃなくて、ライブに来てね! でないとオクスたん、ぷんぷんしちゃうんだからぁ! もう! ぷんぷんっ!」
裏声で槍を振りかざし、わざとらしい怒りを露わにしていたのは『ライドボーイ・オクスタン』。
歳相応の年輪が刻まれた顔に、頬を赤く染めてそばかすを浮かべている。
お菓子のマスコットキャラが、歳を取ってしまったような風貌……彼だけは身体だけでなく、顔までアンバランスだった。
……ライドボーイ一派の『切り込み隊』と呼ばれている彼ら。
そして今や『ライライ・ライト』という名前でアイドルユニットを組んでいる4人衆が、今、ここに集結……!
彼らは荘厳なる宮殿をバックに、頂点に達した陽光を一身に浴びている。
その容姿は歪ながらも、背景のおかげでかなりの威容を感じさせた。
さながら、アクロポリスに立つギリシャの神々さながらに……!
凡人であれば、ひれ伏さずにはおれないほどのオーラを放っていたのだ……!
神勇者……!
いや、新勇者、参戦っ……!!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
ディン・ディン・ディンギル
ブタフトッタ
ノーワンリヴズ・フォーエバー
マリーブラッドHQ
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
New:ライドボーイ・ランス
New:ライドボーイ・ジャベリン
New:ライドボーイ・スピア
New:ライドボーイ・オクスタン
●権天級(支部長)
ゴルドウルフ
ミッドナイトシャッフラー
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
ダイヤモンドリッチネル
クリムゾンティーガー
名もなき調勇者 7名
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『蟻塚』と『ライドボーイ』……!
ゴルドウルフのふたつの過去が、いま鮮明に蘇り……現在の脅威として立ちふさがったのだ……!
さらに、4人の勇者が登場…!
彼らももちろんアレの対象になりますので、ご期待ください!
あと全然関係ないのですが、私の掲載するお話は途中で実験的にタイトルを変えるのですが、このお話はまだやってませんでした。
折を見てタイトル変更をやってみたいと思います(不評ならすぐ戻します)。