131 ローンウルフ4-70
バンクラプシーはゴミ捨て場から離れ、スラム街にある聖堂を目指した。
火傷と、火傷が悪化の毒のせいで、彼の身体はパンパンに腫れ上がっていて、全身が糸で縛られたハムのようになっていた。
顔も風船のように膨れ上がっており、もはや人ならざる風体。
道行く者たちは誰もが魔物に遭遇したかのように、「ひいっ!?」と道を開けていた。
そしてたどり着いた聖堂。
バンクラプシーは、先ほどひどい目に遭わせられた聖女たちを呼び集め、土下座をした。
「お……俺が、悪かった……! キミたちの親を殺した罪を、俺は一生背負って生きていくつもりだ……!
キミたちにも賠償をさせてもらう!
だからお願いだ! この本のインクを消して、中を読めるようにしてくれないか……!
この本があれば、俺はまた返り咲くことができるんだ……!」
すると、ローブのシミ抜きが得意だという聖女が前に出て、教本を受け取る。
黒く染まったページをパラパラとあらためたあと、
「このシミなら、私なら抜くことができます。たぶん、中身も読めるようになるでしょう」
「ほ……本当か!?」
「ええ、私は幼い頃から、シミ抜きを父から習っていましたから」
「た、頼む! キミにはこのスラム街を抜け出せるだけの金をやる!
両親にも、立派な墓を建ててやる! だからお願いだ、そのシミを……!」
伏せていた顔をあげ、懇願するバンクラプシー。
しかし彼が目にしたものは、信じられない光景だった。
……ゴォォォォォ……!
それは聖女の手によって、なんのためらいもなく焚書に処された、教本であった……!
「うっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?
なっ、なにをっ!? なにをするんだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
投げ捨てられた教本に飛びかかり、火を消そうとするバンクラプシー。
醜い身体をゴロゴロさせる彼に向かって、聖女は冷たい視線を投げかける。
「……これは、借金苦で私が売られた後に聞いた話です。
あなたは父からすべてを奪っておきながら、父が最後まで手放さなかったアルバムまでもを欲したそうですね。
そして、父の前で燃やしてしまった……。
そのショックで、父は自ら命を絶ったそうです」
「そっ、それが、何だっていうんだ!?
チンケな思い出が詰まったアルバムと、この神がくださった教本をいっしょにするんじゃないっ!」
「やっぱりそれがあなたの本音だったんですね。
反省したフリだけして、心の中では舌を出していた……」
「ああそうさっ! 俺は……ぐうっ……!?」
突如、全身を硬直させるバンクラプシー。
血走った目を剥き、口の端から泡を吹き始めた。
「どうやら、二回目の発作が出てきたようですね。
あなたに与えた毒は、普段は火傷の痛みを抑え込んでいますが、定期的にぶり返させます。
しかもじょじょに、その痛みが強くなっていくそうですよ」
「ぐ……ぐぎぎぎぎっ……! だっ……だずげ……でっ……!」
釜ゆでにされるエビのように、全身をのけぞらせるバンクラプシー。
焼けた喉から、赤黒い液体がグハッと噴出する。
そばにいた聖女たちローブを、びしゃりと染め上げた。
「……私たちはこれから、このスラム街にある、魔王信奉者のアジトに行きます。
あなたに与えた毒は、彼らから手に入れたものです。
その代償として、私たちは……」
聖女たちは超然とした表情で、勇者に告げる。
「人を殺めたうえに、魔王信奉者の手にかかった聖女は、天国には行けないといいます。
先に、地獄で待っていてください」
……びしゃっ! と水風船が破裂するような音が、足元からおこる。
聖女たちは聖堂の天窓から差し込む、あたたかい光を見上げていた。
「父さん、母さん……おふたりの所には行けなくなりましたけど、仇は取りましたよ。
安らかに、眠ってください……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
聖女たちはその足で聖堂を出ると、スラム街の裏路地に向かう。
廃墟のような地下のバーが、魔王信奉者たちのアジトであった。
ロウソクだけのその空間では、多くの魔王信奉者たちが、悪魔を模した石像に向かってひれ伏している最中であった。
聖女たちが尋ねてきたことに気付くと、アジトのリーダーらしき男が慌てて近づいてくる。
「たった今、悪魔王様からのお告げがあった!
お前たちの血は穢れきってるから、抜いてはならぬと!
お前たちはどうやら、よっぽど悪さをしてきたんだな!
というわけだから、毒はタダでくれてやる! だからさっさとここから出て行け!
あ、それともうひとつ、これは悪魔王様のお告げといっしょにあった封筒だ!
宛名がお前たちになってるから、お前たちに渡しておく!」
聖女たちは「え?」とキツネにつままれたような表情になる。
『火傷を悪化させる毒』の対価として、全身の血を抜かれる覚悟でいたのに、まさかの門前払いとは。
しかも、悪魔王からのメッセージ付き……?
「よ……よくわかりませんけれど、そんなものを頂くわけにはまいりません。
それに、私たちはあなたから頂いた『火傷を悪化させる毒』で人を殺めてしまいました。
これから、衛兵に自首を……」
「はぁ? なに言ってんだアンタ。
アンタらにやったのは『火傷を治す薬』だぞ!
あの薬を塗って死ぬようなヤツなんだったら、どのみち死んでただろうさ!」
「えっ!? あなたは私たちに毒ではなくて、薬を渡したというんですか!?」
「あ……しまった、これは内緒にするつもりだったんだが……バレちゃあしょうがねぇ。
俺たち魔王信奉者はな、善行を積んだ聖女の清らかな血が大好物なんだ。
血を抜く前にアンタらが人殺しをしたら、血が穢れちまうと思って、毒じゃなくて薬を渡してたんだよ!
そして血を抜く時になったらネタばらしして、アンタらをさらに絶望させてやろうと思ってたのによぉ!」
「そ、そんな……!? でも、バンクラプシーさんは確かに私たちの前で、もがき苦しんで……!」
「そんなの知るかよ! そんなことより、こっちは儀式の途中なんだ! さぁ、帰った帰った!
俺たちに血を抜かれたかったら、もっと善行を積んで出直してこい! この邪悪聖女ども!」
アジトから追い出されてしまった聖女たちは、すぐさま聖堂に取って返す。
そこはつい数分前まで、地獄絵図のような有様だったのに……。
死体どころか血痕すら残っておらず、普段と変わらぬ佇まいで聖女たちを迎えてくれる。
その後、聖女たちは悪魔王から送られてきたという封筒をおそるおそる開いてみた。
するとそこにはなぜか、グレイスカイ島にある大人気アトラクション施設への入場券が、人数分入っていたという。
これにて『ローンウルフ4』終了です!
70話もかかってしまいましたが、次回からは本編に戻ります!
区切りが良いので、次回からは新章にしたいと思います。
いよいよプリムラとフォンティーヌの最終決戦になりますので、ご期待ください!





