130 ローンウルフ4-69
その名を目にした途端、バンクラプシー虫眼鏡で直射日光を見てしまったかのように、両目を押えてのけぞった。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
そして地獄の業火に焼かれるかのごとく、全身の骨をバチバチとありえない方向に曲げて痙攣する。
「う……うそだうそだうそだっ、うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ここまでのリアクションは、ノータッチとほぼ一緒。
バンクラプシーは火傷で痛む身体を、ゴミ山のなかでびちびちとのたうたせる。
そして、完全に身の程を知った。
「そりゃそうだっ! そりゃそうだよっ! 俺はなんてバカなことをしてたんだ!
俺の潰しのテクニックの元になった本の著者に、潰しを仕掛けてたんだなんて……!
全部返り討ちにあうのは当然だっ! 当然じゃないかっ!
そんなことも知らずに俺は、全財産をつぎ込んで、こんなになっちまったっ!
うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! うっひゃぁぁぁぁぁーーーーーーーっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
気が触れてしまったかのようなバカ笑い。
いよいよ、彼も最後の瞬間を迎えようとしているのか……?
否。
彼はリアクションこそ同じとはいえ、ノータッチとは大きく異なる点がひとつだけあった。
それは、もはや彼は勇者ではないのだ……!
当然のように、ある考えに至る。
「そ……そうだ! この本に書いてあることを、そっくりそのままマネするんだ!
この本には、開拓や商法まで、すべての商売のノウハウが詰まっている!
そうだ、この本は俺のもうひとつの魂……!」
彼の瞳には、狂犬のような妖しい光が宿っていた。
「俺は今日から、野良犬になってやるっ!
パクるなら、徹底的にパクってやるっ!
そして俺がいつしか、本物の野良犬に、なってやるんだっ……!」
なんとバンクラプシー、ここに来て堂々たる、乗っ取り宣言……!
嗚呼、なんということだろうか。
彼はついに、神も野良犬も殺せない立場に加え、神殺しの剣ともいえる、最強の武器をも手に入れてしまったのだ。
「これで俺は、世界一の商売人になってやるっ!
これさえあれば、ゴッドスマイルもゴルドウルフも怖くねぇ!
うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! うっひゃぁぁぁぁぁーーーーーーーっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
と、その哄笑は、不意にめくれたページによって遮られてしまった。
「はは……は……?」
風が吹き抜け、ひとりでにペラペラとめくれる教本のページ。
それらはなんと、黒い墨によって塗りつぶされていたのだ。
「なっ、なにぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ガバッと本を取り上げ、自らの手でページを繰る。
教本は、『競合他社の妨害対策』以外の章は、ぜんぶ真っ黒けっけ。
そして彼は、すべてを思いだす。
若き頃の自分の愚行を。
『ノータッチちゃん、教本にツッコミなんか書いてるの? しかも、糊付けまでして……。
たしかにこの教本に書いてあることはダメダメだけど、そんな苦労をするだけ無駄でしょ。
その点、俺なんかこうしちゃうもんね。
……ほぉら、こうやってページにインクをぶちまければ、二度と見なくてすむっしょ?』
まさかあの行いが、何十年もの時を経て、自分を責め苛むとは……!
「うっ……うおっ、うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
俺はなんてことを、なんてことをしてしまったんだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
財宝の山への道を、自ら閉ざすようなマネを、するだなんてぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!」
ゴミ山の中に埋没する勢いで、暴れまくるバンクラプシー。
彼は自分のした行いを、一度たりとも後悔したことなどなかった。
かつて潰した者たちに復讐されて全身大やけどを負い、その上に、やけどが悪化する毒を塗りたくられても、自分のしたことは正しいと思っていた。
ただ、運が悪いだけだと思っていた。
しかしこれは、明らかなる失態。
もしいまこの場にタイムマシンがあったなら、彼は間違いなく飛び乗っていただろう。
教本にインクをこぼそうとしていた時代まで戻り、タイムホールが開くか開かないかくらいのあたりで身を乗り出し、過去の自分をブン殴っていただろう。
そして、こう叱責していたに違いない。
「バカ野郎! そこに書いてあることを穢すのは、神への冒涜にも等しいんだぞ!」
とうとうバンクラプシーは、教本にたいしてそこまでの意識を持っていた。
だからこそ、後悔してもしきれない。
無理もない。
『切り離し無効』と書かれた天国への切符を、誤ってちぎってしまったようなものだからだ。
こみ上げてくる悔悟の念は計り知れず、バンクラプシーは走馬灯を見るようになる。
その中には、かつて潰してきた者たちの断末魔の表情が、スロットマシーンの目のようにグルグルと回っていた。
――いずれ俺も、あそこに仲間入りしちまうのか……!
そう思うだけで、もはや渇いた笑いも出てこない。
しかしふと、頭の中のリールがガチャリと揃ったような気がした。
――そういえば、俺に毒を塗りつけてきた聖女のなかに……。
ローブのシミ抜きを得意とする、武器屋の娘がいたな……。
……勇者について、ひとつだけ評価できることがある。
それは、ゴキブリも顔負けの『しぶとさ』であった。
勇者というのは例えるなら、大手の製薬会社が作り出した、変種のウイルスを注射された『ゾンビ・ゴキブリ』。
スリッパで叩き潰して殺しても、殺虫剤を浴びせかけて殺しても、悪夢のように蘇ってくる恐るべきゴキブリである。
バンクラプシーはもはや勇者ではなかったが、彼もやはり持ち合わせていたのだk
『スラムドッグ・スピリッツ』ならぬ『ゴキブリ・スピリッツ』を……!
バンクラプシーはゴミ山から立ち上がった。
「まだ、チャンスはある……! 神はまだ、俺を見捨ててはいなかったんだ……!」





