127 ローンウルフ4-66
ひとりの勇者は、自分のなかにある勇者としての矜持を、最後まで守り抜いた。
すくなくとも今際の際で、尊厳ある死だと思い込んでいた。
しかしその死後、あまりにも無残。
誰からも悲しまれることなく、廃棄物同然に始末されていた。
野良犬になることを拒んだ結果、野良犬のような最期を迎えるのは、あまりにも皮肉なことである。
そして同じ頃、もうひとりの勇者は、別のスラム街をさまよっていた。
「俺は、なにもかも無くしちまった……金も、名誉も、勇者としての地位も……」
そう、バンクラプシーである。
彼は、己のすべてを賭けた『最期の手』を用いたにもかかわらず、スラムドッグマートの牙城を崩すことはできなかった。
セブンルクスの病室の窓からダイブしたあと、ノータッチと同じく裏路地のチンピラたちに身ぐるみ剥がされ、屋敷も差し押さえにあっていた。
痛めつけられた身体に新聞を巻き付け、寒風吹きすさぶ街中をフラフラと歩く。
なれの果てとしては、ノータッチとほぼ同じ。
しかしひとつだけ、決定的に違うところがあった。
それは、瞳の光……!
「俺はすべてを失った……。だが、ひとつだけ残っている……。
俺の中にある『潰し屋』としての魂が……!」
飢えた野良犬のような瞳が、ギラリと光る。
「俺はまた、立ち上がってやる……!
俺はいままで幾多の修羅場を経験し、それをくぐり抜けてきたんだ……!
どんな辛い境遇に立たされても、『潰し屋スピリッツ』さえあれば、何度だってやり直せる……!」
その宣言は立派であったが、ランの言葉、というかゴルドウルフの言葉のまんまパクリであった。
彼は足元にあった石を拾いあげると、牙を剥くように笑う。
「出すしかないかぁ、『最後の最後の手段』、とっておきってやつを……」
まさかコレをやる時がまた来るだなんて、思わなかったけどねぇ……」
バンクラプシーはスラム街の一角で火を起こし、拾い集めた石をくべる。
「さぁ、いらっしゃいいらっしゃい! 『持ち運べる焚火』だよ!
ひとつたったの30¥だ!」
なんとバンクラプシー、『温石屋』を開始……!
かつての相方が命を犠牲にしてまで拒んだ商売に、何のためらいもなく手を染めたのだ……!
そして当然のことであるが、『温石屋』はスマッシュヒットを飛ばす。
その売上はもちろん彼の全盛期に遠く及ばないものであるが、この地で生きていくにはじゅうぶんな稼ぎとなる。
久しぶりに、彼の顔から笑いが弾けた。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 拾った石だけでこんなに大儲けできるだなんて!
やっぱり俺は、商売の天才だねぇ! この調子で、かる~くこのスラム街を手に入れるとしますか!」
しかし当然のごとく、競合他社が出現する。
今まで『焚火屋』をやっていた者たちも温石を取り扱い始めたのだ。
スラムドッグマートの新人研修の場合、競合他社が現れた場合は、サービスで対抗していたのだが……。
バンクラプシーは違った。
「この俺が、『潰し屋』だってことを知らないのかねぇ?
俺がやってる商売に、わざわざチョッカイをかけてくるヤツだなんて久しぶりだよ!
んじゃ、久しぶりに『本気』で潰してやるとしますか! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
『潰し屋』であったバンクラプシーは、ありとあらゆる手を使って個人商店を廃業に追い込むこと。
しかし『本気』の場合は、それだけでは終わらない。
その土地で商売をできなくするどころか、二度と商売ができなくなるまで追い込むのだ。
『ゴージャスマート』は世界規模の商店なので、ターゲットがどこへ行こうとも見つけるのはたやすい。
バンクラプシーは行き先までつけまわし、嫌がらせをしつこく継続。
最後は借金で首が回らないようにして、土地や家財をすべて奪う。
しかも心まで完全に潰してしまうのだ。
ターゲットに妻や子供がいる場合は、奴隷として売らざるをえないように仕向け、家族までもを奪い去る。
唯一の家財となったアルバムを抱え、許してくれと泣きじゃくるターゲットに向かって、バンクラプシーはこう言うのだ。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! んじゃ、そのアルバムを売ってくれたら許してやらなくもないかなぁ!」
とうとう、ターゲットの最後の心のよりどころであった、家族の思い出が詰まったものまで買い叩く。
それをターゲットの目の前で燃やして灰にしてやるのが、最後の仕上げである。
「お前さんの大切にしてきたものが、これでぜーんぶなくなっちゃったねぇ!
誕生、進学、恋愛、結婚、家族、商売、そして思い出まで、すべてがパァ!
お前さんが何のために生まれてきたのか、これで完全にわからなくなっちゃったねぇ!
ざーんねんでした、うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
その瞬間のターゲットの反応は様々。
狂ったように絶叫し、のたうち回る者、灰のように真っ白になり、そのまま動かなくなる者。
そうやって心まで潰されてしまった者たちを見るのが、バンクラプシーは何よりも好きだったのだ。
そしてバンクラプシーは確信していた。
「そのへんの焚火屋をかる~く破滅させてやれば、このスラム街のヤツらは俺にビビっちまうだろうねぇ!
そうなったらもう、このスラムは手に入ったも同然!
うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! うっひゃーーーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃぁぁぁぁーーーーっ!!」
バンクラプシーは、焚火に囲まれ高笑い。
その様はさながら、邪悪なる不死鳥が蘇ったかのような光景であった。
 





