126 ローンウルフ4-65
そしてついに、スラムドッグマート新人研修の最終日となった。
聖女姉妹のチートは除くとして、結果としてはランの『温石屋』がトップの成績でフィニッシュ。
スラム街で大盛況となった『温石屋』は、現地の『焚火屋』にそのまま引き継がれる。
『決闘屋』が巻き上げた金は、全額返金となった。
リインカーネーションがもらった貢ぎ物は、すべて地元の孤児院に寄付される。
スラム街の聖堂主は多額の寄付に驚いていたが、灰色の聖女たちがホーリードール姉妹と知り、泡を吹いて失神していた。
スラム街の人たちには、研修に協力してくれたお礼として、『ゴルドくんなりきりセット』の着ぐるみをプレゼント。
それは着るものとしてとても暖かいものだったので、老若男女みんなが着用し、街中はゴルドくんだらけになった。
ちなみに、着ぐるみのポケットにもいろんなプレゼントが入っている。
いっぱいの食べ物やお菓子、本や玩具、スラムドッグランドの無料チケットや、スラムドッグマートの求人チラシなどなど。
そして最後に、広場で閉会式が行なわれる。
新人店員たちは整列すると、ランに向かって頭を下げた。
「ラン教官、素晴らしいお手本を見せてくださり、本当にありがとうございました!」
「なんだよお前ら改まって」
「ラン教官の研修はどれも素晴らしいものでしたが、この最終日の研修は、代えがたい経験になりました!」
「そう言われると悪い気はしねーけど、そこまでかぁ?」
「はい、だって見てください! この街を歩く人々の顔を!」
今日も寒空が広がっているというのに、広場のまわりには、多くの人たちが出歩いていた。
着ぐるみごしのその顔は、一様に穏やかで、幸せに満ちている。
「温石ってのは本当に便利ねぇ、こんな寒い日も出歩けるんだから」
「ああ、温石があれば、こんな寒い日でも身体がぽっかぽかだぁ」
「うちのおばあちゃんも、ずっと腰を悪くして寝たきりだったんだけど、温石のおかげで腰がよくなったのよ。
今じゃ毎日ゴミ拾いをしてるわ」
「うちのじーさんも、温石のおかげでまた働くようになったよ」
道行く人たちは、広場にいるスラムドッグマートの面々に気付くと、笑顔で手を振ってくれた。
「温石屋さん、ありがとーっ!」
「あなたちのおかげで、寒さに震えてたこの街も、活気に満ちてるよ!」
「ほら見て、みんな笑顔でいっぱい!」
道ゆく人たちはみな着るものこそボロだったが、咲き乱れるような笑顔。
広場のまわりはすっかり、笑顔の花畑になっていた。
新人店員たちは街の人たちに頭を下げると、ランに向き直る。
「ランさん、僕たちは最初、スラム街で新しい商売なんて、絶対に無理だと思ってました!」
「でもランさんは新しい商売を始めて、みごとに軌道に乗せてみせた……!」
「それだけじゃない、この街の人たちに受け入れられ、みんなをこんなにも笑顔にしたんです!」
「私、思いました! 私もこんなふうに、商売で人を幸せにしたい、って!」
「ランさんが僕たちに教えたかったのは、この気持ちだったんですね!」
「ランさん、最初は生意気言ってすいませんでした! そして本当に、ありがとうございましたっ!」
新人店員たちはランにも頭を下げようとしたが、ランはそれを押しとどめた。
「あー、待て待て。その感謝と尊敬の気持ちはアタイには大きすぎる。
アタイには100分の1くらいにして、残りはオヤジに向けてくれるか」
「オヤジ? それって、ゴルドウルフ社長のことですよね?」
「ああ。実をいうとこの新人研修のやり方と、温石屋という正解は、ぜんぶオヤジからの受け売りなんだよ。
アタイはそれをちょっとアレンジしただけだからな」
「ええっ、ゴルドウルフ社長が考えたことだったんですか!?」
「とても、こんなことを考えつくような方には見えませんけど……!?」
ランはプリムラと顔を見合わせたあと、ニッと笑う。
「まあ、あのコワモテのオッサンを見たら、最初はそう思うよな。
でもこれからだぜ、オヤジの凄さに気付くのは」
……バッ! と大志を抱かせるように、指を灰色の空に向かって掲げるラン。
「かつてこの研修をやったアタイに、オヤジはこう言ったんだ。
『商売人において人間は、すべてが等しいお客様だ』って。
お前たちは最初、ホームレス相手に商売なんて成立しない、って言ってたよな?
それはホームレスを見下してるからそう思うんだ。
だがアタイたちスラムドッグマートにとっては、同じ『お客様』なんだ!
そしてそのお客様に笑顔になっていただくために、最大限の努力をする!
それがスラムドッグマートの店員なんだ!
今回の研修は、その『スラムドッグ・スピリッツ』を注ぎ込むためのものだったんだよ!
もうお前たちは、どこででも商売ができるはずだ!
野良犬が、どこででも生きていけるようにな!
つまらねぇプライドなんか捨てろ!
そうすれば、どこでだって生きていける!
これからお前たちは人生において、想像もしねぇようなトラブルにあって、一文なしになっちまうかもしれねぇ!
でもどんな辛い境遇に立たされても、『スラムドッグ・スピリッツ』さえあれば、何度だってやり直せるんだ!
人としての尊厳を失うこともなく、人の道も外れることもなく……。
それどころか、みんなを笑顔にだってできるんだ!
自分が落ちぶれたときに、スラム街だからって、相手がホームレスだからって、躊躇してるようなヤツは……。
路地裏で凍え死ぬしかないんだよっ!」
……彼女は、気付いていたのだろうか。
野良犬たちがいる、広場から少し離れた通りにある、ちいさな路地裏。
そこに、生まれ変わることに失敗した胎児のように丸まったまま、この世から去ろうとしている者がいることを。
彼のそばには、冷たい風にあおられた1冊の本。
パラパラとページがめくれて現れた、最後の章のは糊付けされたまま。
そこには干からびた血文字で、『私は勇者だ』と書かれていた。
これにて『スラムドッグマート新人研修編』は終了です!
次回からは週一更新となります。
次回の更新は 4月7日(水) の予定です。





