125 ローンウルフ4-64
決闘の場において、見事なまでのバナナ転倒を披露したシャルルンロット。
三日月のような体勢のまま、頭から落下してしまい……。
……ごっちぃぃぃーーーーーーーーーーーーんっ!!
石どうしが激しくぶつかりあったような音を響かせていた。
「だ、大丈夫ですか!? シャルルンロットさんっ!?」
プリムラは反射的にソファから立ち上がり、シャルルンロットの元へ。
大の字に倒れている彼女を抱き起した。
着ぐるみがクッションになったお陰で、身体のほうは大事ない。
しかし脳しんとうを起こしてしまったのか、目をグルグル回して気絶していた。
突然の出来事に、決闘場はすっかり静まり返っている。
ふと、こんな声が聞こえた。
「お……終わった、のん……」
途端、驚愕が噴出する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
突然の大歓声にプリムラはビクッと顔をあげた。
周囲は無数のハズレチケットが花びらの嵐のように舞い散っている。
『シャルルンロットの敗北』という大番狂わせが起こってしまったせいで、観衆たちはみんなスッテンテン。
しかしその顔はどれも、一生に一度の瞬間を目にしたかのように紅潮していた。
「すげえすげえ、すげぇーーーーっ!」
「あのシャルルンロットちゃんが、初めて負けたぞ!」
「それも、あんな負け方をするだなんて!」
「奇跡だ! 神の奇跡だ!」
「誰か、シャルルンロットちゃんの敗北に賭けてたヤツがいたよな!」
「すげえ! ソイツにはきっと、勝利の女神様がついているに違いねぇ!」
「どうやら、あそこにいる聖女様が賭けたらしいぞっ!」
「す……すげえぇぇぇぇーーーーーーーーっ!
勝利の女神様がついてるどころじゃねぇ! あの方こそまさに、勝利の女神様だっ!」
「はっ……ははぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
観衆はみなプリムラを勝利の女神だと信じ、ひれ伏した。
その渦中のまっただ中にいた彼女は、決闘場の真ん中でちょこんと正座。
シャルルンロットに膝枕したままキョトン顔。
「あ……あの……いったい、何が起こったんでしょうか……?」
そして気になる払い戻し倍率であるが、なんと、
1億倍っ……!
完全に、小学生が考えたオッズであった。
いずれにせよ、プリムラは10¥を賭けていたので、
10億¥の儲け……!
稼ぎのランキングとしては、リインカーネーションの1千万¥を軽くぶっちぎり。
それどころかこのスラム街において、いっきに億万長者の仲間入りを果たしてしまった。
これはもはや、アメリカンドリームどころの騒ぎではない。
しかし『わんわん騎士団』に10億¥もの資金があるわけはなく、完全なる不渡りであった。
シャルルンロットが意識を取り戻したときには、『決闘屋』はすでに破産。
そこからは、内輪モメの始まりである。
「2号! アンタがプリムラを巻き込もうっていうから、こんなことになったんじゃない!」
「のん、それは違うのん。巻き込んだまでは順調だったのん。
バナナで滑ったゴリラがすべてを台無しにしてしまったのん」
「なんですってぇ!? 決闘場に余計なものがないようにするのは3号と4号の仕事でしょうが!
野良犬にバナナの皮まで入れるだなて、アンタたちいったい何してたのよっ!?」
「わうっ! 作戦のとおり、めがみさまを『せったい』してたのです!」
「ううっ、なんだかよくわかりませんけど、ごめんなさぁ~いっ!」
「っていうか、なんであんなバカみたいなオッズなのよ!? 1¥でも賭けられたら終わりじゃない!
いったい誰が考えて……!」
と、シャルルンロットは隊員たちがみな自分を指さしていることに気付いた。
「しょ……しょうがないでしょっ! そうでもしなきゃ、誰も大穴に賭けなかったんだから!
そんな目でアタシを見るんじゃないのっ! うがぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
やんちゃ盛りの子猫たちのように、わちゃわちゃと揉みあう少女たち。
その様子を、ランは呆れた様子で見ていた。
「やれやれ、オヤジの言ってたことは本当だったな。
鉄火場ってのはロクなことにならないって」
隣にいたプリムラが「『てっかば』ってなんですか?」と尋ねる。
「ギャンブル場のことさ。金をやりとりする場所ってのは、ただでさえ問題が起きやすいんだ。
特にギャンブルってのは、払った金に対して得られる満足度が一定じゃない。
大儲けできて幸せになるヤツもいれば、ケツの毛まで毟られて不幸になるヤツもいる。
だからギャンブル場にいるヤツは、みんなカッカしてるんだ。まるで火薬庫みてぇにな。
ちょっとでも下手をしたら、あんなふうにドカーン! だ」
「あの、もしかして、わたしが参加したのがいけなかったのでしょうか? でしたら……」
「いや、ガキんちょのせいじゃねぇよ。それにアイツらにはいい薬になっただろうからな」
ランは指で弄んでいた瓶のフタを、コインのようにピンと空高く弾いた。
それを見たプリムラがあることに気づく。
「そういえば、そちらの瓶のフタは、なぜアイテムの中にあったのですか?
常識的に考えて、誰も選ばないと思うのですが……?」
「ああ、そうだな。でも、もしかしたら知ってるヤツがいるかと思って入れておいたんだ。
誰も選ばなかったってことは、今年の新人はみんなお坊ちゃんお嬢ちゃん揃いってことだ」
「えっ、それはどういう……?」
「このフタはスラムの裏社会で流通してる通貨の一種なんだ。
路地裏の奥にある闇市に持ってきゃ、1万¥のコインとして使える。
スラムで1万もありゃ、商売の初期費用としてじゅうぶんすぎるだろう?」
ランは落ちてきたフタを、パシッと空中でキャッチ。
イタズラっぽいウインクをプリムラに飛ばした。
「コイツは、『裏アタリ』ってやつだな」





