124 ローンウルフ4-63
わんわん騎士団が運営する『決闘屋』は、以下のようなルールである。
シャルルンロットと参加者が1対1の剣術試合を行ない、勝敗を決する。
参加者は参加費を30¥支払う必要があるが、勝利すれば3万¥がもらえる。
当初の賞品は、シャルルンロットが着ている犬の着ぐるみであった。
しかし賞金のほうが集客が見込めたので、現在はそのようになっている。
そして観客は、勝敗結果を賭けることができる。
それは、『シャルルンロットが勝利する』と『参加者が勝利する』の2項目だけではない。
『シャルルンロットが何秒で勝利するか』『シャルルンロットの決め技は何か』の2種類を組み合わせて予想する。
基本的には『複式』だが、ひとつだけ『単式』の項目があり、それが『シャルルンロットの敗北』であった。
なぜこのような形が取られているかというと、シャルルンロットはこの『決闘屋』が始まって、いちども負けたことがないから。
負けることがない側の、負けるまでの時間や負け方に投票する者はいない。
そこでシンプルにシャルルンロット側だけは、『敗北』の1点のみとし、それは超大穴扱いとなっていた。
その払い戻し率の高さにつられ、多くの者たちが一攫千金を夢見て、なけなしの財産をはたいた。
しかしいくら神に祈ったところで、その大穴が的中することはない。
運命の女神すらもそっぽを向くほどに、シャルルンロットは強かったのだ。
それはもはや、『賭けるヤツがバカ』と言わしめるほどになっていた。
ミッドナイトシュガーはそこに目を付け、プリムラを誘い込むことを思いつく。
「いくら女神の生まれ変わりと呼ばれた聖女でも、ギャンブルには夢中になるはずのん。
そしてプリムラは『お宝』をたくさん持ち込んでるはずのん」
今回の新人研修において、私物や現金の類いの持込みは一切禁止されていた。
しかしメンバーのなかで、リインカーネーションとプリムラは参加者ではない。
そのため食料や薬などの、物資の積まれた馬車を管理している。
ミッドナイトシュガーは、その『お宝』に目を付けたのだ。
「それを全部巻き上げれば、『決闘屋』の売上1位は揺るぎないものとなるのん。
でもプリムラのことだから、最初はちょっとしか賭けないはずのん。
でもでもハズレたら取り返そうとムキになって、倍プッシュを続けるはずのん」
そう、『わんわん騎士団』が『温石屋』に勝つためにとった『最後の手段』……。
ギャンブルという名の沼に、プリムラを誘いこむこと。
それは一度ハマったら決して抜け出せない、深い深い、沼……!
白鳥のように美しき聖女といえど、醜いアヒルの子ようにもがき、汚れきってしまう、底なし沼であった……!
穢れなき聖女はそんな罠にも気付かず、水浴びをする白鳥のように、沼へと足を踏み入れていた。
ゴルドくんのがまぐちから、白樺の枝ような指で、硬貨をひとつまみ。
「それじゃあ、『オススメ』に10¥を賭けます」
チェスナが差し出した空き缶の中に、チャリンと硬貨を落とし、掛札を受け取るプリムラ。
それを遠巻きに見ていたミッドナイトシュガーは口元をかすかに緩める。
「ハマったのん……!」
『決闘屋』の会場には、大まかな投票率を示すボードがあるのだが、『シャルルンロットの敗北』に『1』の札が掛けられたとたん、観客たちはわざめいた。
「おい、誰かが『超大穴』に賭けやがったぞ!」
「バカなヤツもいるもんだなぁ、シャルルンロットちゃんが負けることなんて、絶対にありえないってのに」
「そうそう、シャルルンロットちゃんにかかれば、どんな大男だって手も足も出ねぇってのによ!」
「賭けたのってもしかして、あのソファに座ってる聖女様なんじゃねぇか?」
「それならありえそうだな! あのお嬢ちゃん、いかにもバクチは初めてって感じだしな!」
「やめときゃいいのに、負けたらきっとムキになるぞ!」
「あーあ、あんな清純そうな子が、バクチにハマっていくのか……」
すでにシャルルンロットはこのスラム街において、剣聖クラスの信頼を勝ち得ていた。
彼女が負けることなどたとえ天地がひっくり返ってもありえないという認識が、常識として定着していた。
しかし、この場にいる誰ひとりとして知らない。
これからそれを巻き起こすであろう、本人すらも。
ホーリードールに生まれた女たちは、持っているのだ。
目には見えないものを知らず知らずうちに掻き集める、『濡れ手』を。
まるで紐の付いた磁石をたくさん引きずって、砂鉄を集めるかのように……。
彼女たちは、自然と引き寄せてしまうのだ。
『幸運』を……!
「それでは、試合開始っ!」
プリムラが賭け終わってすぐに、試合が始まる。
シャルルンロットの相手は、柱を武器とする大男であった。
大男は開始早々に横薙ぎの一撃を放つが、シャルルンロットはしゃがんでかわす。
それは彼女にとっての『勝利の方程式』とも呼べる黄金パターン。
そのまま前に踏み込み、向こうずねに強烈な一撃を浴びせて決着。
になるはずだったのだが、なぜか今日にかぎって観衆の最前列に野良犬がいた。
野良犬は去り際に後ろ足で、バナナの皮を蹴っていく。
それがシャルルンロットの踏み込んだ足の、ちょうど真下に入り込んできたせいで……。
つるーーーーーんっ!!
無敗の少女騎士は、流氷の上で滑るペンギンのように、空中で見事な輪を描いていた。





