123 ローンウルフ4-62
今回、スラム街で研修を行なっているのは、これから『スラムドッグマート』各店に配属される予定の新人店員たちであった。
そして新人といっても、彼らはすでに店舗での実地研修も終えている。
ゴルドウルフのマニュアルによって鍛え上げられた接客応対の質は、他の素人たちがマネしている『温石屋』とは比べものにならなない。
新人店員たちは、さっそくその『野良犬スピリッツ』を発揮。
販売した温石を、子供が落として壊してしまったりしたら、無償で新しいのと交換。
寝たきりで動けない老人などに、温石の宅配サービスなども行なった。
集めてきた石をそのまま焼くのではなく、歪な石は削って整形し、安全性や持ち運びやすさにも配慮する。
さらに石の真ん中に穴を開け、焼くときは細い鉄の棒に通し、バーベキューの肉のようにして火に投じるようになった。
こうすれば、鉄の棒の端を持って引き上げるだけで、焼いた石を一度に回収できる。
新人店員たちはまさに『創意工夫』によって顧客満足度の向上のみならず、コストダウンをするようになったのだ。
ここまで来てしまうと、もはや勝敗は歴然。
雨後のタケノコのように、『焚火屋』たちが後追いで始めた『温石屋』。
彼らは商売については素人だったので、価格による競争しか思いつかなかった。
しかしランの『温石屋』は価格は据え置きで、サービスを徹底。
最初のうちこそ、価格というわかりやすい魅力で顧客を奪われていたが、気付けば顧客はランの元にすべて戻っていた。
ランはここからさらなる攻勢に移る。
新人店員たちを『雇用』という形で雇い入れ、スラム街の各地に『温石屋』チェーンを展開。
そのすべてのチェーンで同じサービスを展開したことで、スラム街での『温石屋』の地位を不動のものとする。
普通であれば、ここまで派手に成り上がってしまいと、スラム街における『裏社会』が黙ってはいない。
しかし今回は新人研修ということで、ランはその『裏社会』の元締めたちに話を通していた。
すなわち今回の商売は、なにをやっても『裏社会』のお墨付き。
ランはとうとうすべての『焚火屋』の副業を潰し、スラム街の表社会において、いちばんの経営者へとのしあがったのだ。
マッチ1本と、石ころだけで……!
ランの『温石屋』チェーンは、売上暫定1位である、わんわん騎士団の『決闘屋』に迫る勢い。
研修終了まであと数日であったが、わんわん騎士団が逃げ切れるかは微妙なラインであった。
焦ったシャルルンロットは、団員たちを集めて緊急会議を開く。
「ちょっと! ランの石ころ屋に、稼ぎで追いつかれそうよ!
こうなったら賭け金の倍率を、さらに増やして……!」
「それはもう意味がないのん。これ以上オッズを上げても、賭け金の増加には繋がらないのん」
「じゃあどうすればいいのよ!?」
「おイモを焼いてみたらどうですかぁ?」
「イモ? なによそれ?」
「リインカーネーション様からお伺いしたんですけど、東の国には『石焼きイモ』というのがあるらしくて……。
蒸かすよりも甘くてホクホクで、すごい美味しいらしいですよ」
「わうっ! 大めがみさまがおっしゃるなら、きっとおいしいに違いないのです!」
「それはアンタたちが食べたいだけでしょうが!
それになんか石焼きで被ってるし!」
「こうなったら、最後の手段のん」
「なによ、そんな手があるの?」
「こうなったら、女神を巻き込むのん」
「女神? それってリインカーネーションのこと?」
「違うのん。あれはモンスターが過ぎるのん。もう1ランク下げるのん」
「1ランク……? ってことは、プリムラ?」
「そうのん。プリムラは現時点では中立の立場のん。
トランプでいうところの、何も書いてない白いカードのん。
それをこっちに引き込めば、まだ勝機はあるのん」
「なるほど、で、どうやって引き込むつもりなの?」
「沼に誘い込むのん」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
プリムラはこの新人研修において、雑用係として参加していた。
その役割としては主に食事作り、ケガをした参加者の救護などである。
今日もリインカーネーションといっしょに炊き出しの準備をしていたのだが、そこにひとりの少女がやって来る。
「わうっ、めがみさま! あそんでほしいのです!」
「あっ、チェスナさん。かしこまりました、ちょうどお食事の準備もひと段落ついたところですから。
チェスナさんのお好きな、取ってこい遊びでもしますか?」
「わうっ、それよりも、もっとたのしい遊びがあるのです!」
チェスナは散歩を急かす犬のように、プリムラの手を引っ張る。
連れて行かれた先は、広場のはずれにある『決闘屋』だった。
すでに多くの人だかりができていて、中では試合が行なわれているのか、いくつもの掛け声が飛び交っている。
背伸びをしても試合は見えなかったが、チェスナは人ごみをかき分けて中へと進んでいく。
すると、客席の最前列にあたる場所に、拾ってきたソファが置いてあった。
『VIP席』と看板が立てられている。
「めがみさま、ここに座るのです!」
なにがなんだかわからないまま、ソファに腰掛けるプリムラ。
すかさず、着ぐるみの上からバニーガールの衣装を着けたグラスパリーンがやって来る。
「あ、あらぁ~ん、とびっきりのいい女ですぅ~。きっと名のあるギャンブラーに違いないのですぅ~」
グラスパリーンは、へんな小芝居とともプリムラの隣に座ると、紙を差し出してきた。
そこには、これから行なわれるのであろう剣術試合の結果のパターンと、払い戻し倍率が書かれている。
それでプリムラはようやく『遊び』の内容を察した。
「あの、すみません。わたしは賭け事は……」
「そんなこといわないで、いちどやってみるです! きっと楽しいのです!」
「そ、そうよですよぉ。意気地のない女はモテないですよぉ~?」
グイグイ来る犬娘と、ぎこちない兎娘。
ふたりは絵画の押し売りのように、プリムラの腕を掴んで離さない。
プリムラはしょうがなく、いちどだけ付き合うことにした。
「それじゃあ、この、ゴルドくんが『オススメ!』と言ってくれてるのにします」
このメニューはミッドナイトシュガーが作成したものだが、ある一項目にゴルドくんのオススメマークを付けていた。
こうしておけば、プリムラはきっとこれに賭けるだろうと確信して。
プリムラが選んだのは、いまだかつて一度もその結果が出ていない、大穴中の大穴……。
『シャルルンロット敗北』であった……!





