122 ローンウルフ4-61
ランは、何の変哲もない石を売る、などと言いだす。
その発言に、誰もが彼女はおかしくなったのではないかと思った。
そしてランは石を売るための、『仕事』を披露する。
それは、石を焚火で熱するという行為。
そう、彼女は温石を作ったのだ……!
これにはプリムラやリインカーネーションも、さらに目をまん丸にしていた。
「い……石を焼いたら、こんなに温かくなるだなんて、知りませんでした……!」
ランはウインクを返す。
「いいとこのガキんちょは……いや、普通に暮らしてるヤツも知らねぇだろう!
どこの家でも暖炉が当たり前みてぇにあるしな!
それに、寒いところに行く冒険者だってそうだ!
今や防寒といえば、『炎の精霊石』か『耐霊薬』だもんな!」
そしていたずらっぽく舌を出すと。
「まあ、スラム育ちのアタイも知らなかったんだけどな!」
リインカーネーションがなにかを思いだしたように、ぽん、と手を叩く。
「そういえばママはいちど、東の国で同じようなものを見たことがあるわ。
焼いた石で、おイモを焼くのよ」
「そうだ、コイツは温石っていって、東のシブカミから伝わったらしい!
どうだ、これなら焚火屋とは違う、新しい商売だろう!?」
新人店員たちはみな、『新しい商売』にカルチャーショックを受けていた。
「す、すごい……! まさか、焼いた石を売るだなんて……!」
「そんなこと、考えつきもしませんでした!」
「石ならいくらでもまわりにありますし、『初期投資』はマッチ1本だけですね!」
「さ……さすがはラン教官! お……おみそれしました……!」
「だからボーッとしてないで手伝えって! 行列がどんどん増えてるんだぞ!」
『持ち運べる焚火屋』、いや『温石屋』は、『わんわん騎士団』の『決闘屋』以上の大盛況。
なぜならばこの極寒のスラム街において、いかにして暖を取るかが、生きていくためになによりも重要だからだ。
これはギャンブルなどの嗜好品と違い、生活に密着した必需品。
男も女も、子供も老人にも必要とされる物なので、顧客の厚さは段違い。
一気に大儲けするようなことはないが、毎日確実に一定の需要は見込める。
さらに大きなメリットとしては、『決闘屋』と違って特別なスキルが不要という点。
石を熱して新聞紙に包むだけなら、誰にでもできる。
事業拡張をする際の人材を、簡単に集められるのだ。
しかしこの点については、弱点もふたつほどある。
まずひとつ目は、消費者も自作できるという点。
焚火と石さえあれば誰にでも作れるので、その気になればわざわざ対価を払って買わなくてもいい。
しかし温石というのは、いざ作るとなると意外に時間がかかるものである。
ようは、金を払って手間を省くか、時間を使って金を省くかの天秤となるというわけだ。
多くの消費者に前者を選んでもらうためには、価格がものを言う。
「この値段だったら買ったほうがいいかも」と思わせる価格設定にするのだ。
そしてもうひとつの弱点は、参入障壁が低い、という点。
すでにスラム街には『焚火屋』が数多くあるので、彼らが『温石屋』を始めるためには石だけあればいい。
この弱点についてはさっそく表面化した。
街じゅうの『焚火屋』が、こぞって『温石屋』を開始したのだ。
競合他社が大挙として出現したので、新人店員たちは慌てた。
「大変です、ラン教官! あっちこっちで『温石屋』ができてます!」
「しかも価格はウチよりもずっと安いみたいで、客を取られてます!」
「早く、ウチもよそと同じく値下げを……!」
しかしこの程度のことは、かつてゴルドウルフがランに教えた時にも起こっていたこと。
ランはかつてのゴルドウルフよりずっと厳しく彼らを一喝する。
「バカ! お前たちは研修でなにを学んできたんだよ!
言っただろう、安易な価格競争はするな、って!
競合他社が出現したときは、まずなにを考えればいいのかを言ってみろ!」
「え、えっと、それは……。サービスでの差別化を図る……」
「そうだ、安易な価格競争はいいことなんてひとつもねぇ!
価格はそのままで、そのぶんサービスで客の心を掴むんだ!」
「ええっ、でも焼いた石を売るだけの商売で、どうやって差別化を……!?
そんなの、できっこありません!」
「何度も同じことを言わせるんじゃねぇ!
お前たちはスラム街で商売するなんて無理、ってさんざん抜かしてただろうが!
でもアタイはこうやって、新しい商売を立ち上げてみせた!
それができるんだったら、新しいサービスを考えるなんてずっと簡単だろうが!」
「そ……そう言われてみればそうですね! おいみんな、新しいサービスを考えるんだ!」
ついに、新人店員たちの顔つきが変わった。
それはまだ生まれたてであったが、確かに宿りつつあったのだ。
ゴルドウルフがバトンのようにランに受け継ぎ、そしてランの手によって、彼らに渡されたもの……。
そう……!
『スラムドッグ・スピリッツ』が……!
そこから先は、淀みなく流れる川のようにスムーズであった。
「そうだ、使い終わった石を持ってきたら、新しい温石を1割引で買えるってのはどうだ!?」
「いいな! じゃあ新しい石を10個持ってきてくれたら、温石を半額にするってのは!?」
「子供へのサービスとして、石に『ゴルドくん』のイラストを描くってもいいかもしれない!」
「包み紙に占いを書くのも面白そうね!」
新たなるサービスが次々と打ち出され、それらがスマッシュヒットを飛ばす。
さらに彼らは、自分たちが持っている、一番の武器に気付いた。
それは、まがりなりにも『プロ』であるということ……!





