21 馬になった野良犬
ゴルドウルフは店の前に停めておいた幌つき馬車へ、今回のクエストに同行する少女たちをひとりひとり抱えあげて中へと入れた。
冒険に必要な荷物はすでに積み込んであるので、あとは出発するのみ。
自分は御者席へと回り込み、愛馬である『錆びた風』の手綱を引いた。
「それでは行ってまいります。マザーにお願いするのは心苦しいのですが、留守の間、お願いします」
見送りに来ていたリインカーネーションは、パインパックを抱いたまま「任せて!」と胸を叩く。
普通はドンと音がするものだが、彼女の場合はポヨンである。
「みんな、気をつけていってらっしゃい。お弁当、ちゃんと食べるのよ。足りなかったら言ってくれれば、ママ、届けにいくから」
「とろけにいうー!」と諸手を挙げるパインパック。
「言っても聞こえないでしょうが」というお嬢様の突っ込みをよそに、笑顔で手を振り見送ってくれる、ふたりの聖女。
馬車は街路の石畳を、滑るように走り出す。
車体にはサスペンションが内蔵されているので、不快な振動はほとんどない。
目指すは『蟻塚』のある、トルクルム領。
隣の領地ではあるものの、道中問題がなければ時間にして4時間程度の小旅行。
早朝の澄んだ空気の中、ゴルドウルフは安全運転を心がけ、ゆっくりと馬車を走らせた。
これから向かうのは、オッサンにとっては苦い思い出の詰まった地下迷宮である。
彼の脳裏には、共に『蟻塚』を作り、人間性を失ってしまった仲間たちの顔。
そしてその家族たちの悲しみが、ずっと渦巻いていた。
背後にある馬車の荷台では、ミッドナイトシュガーによる試験の説明がなされていた。
「先に通告したとおり、試験の目的は『蟻塚』の最下層にある「王の間」への到着のん。自力での踏破のみが成功とみなされ、昇降機や、またはそれに類するものを使用した場合は失格となるのん」
車輪の音にまぎれてしまいそうなほど、ささやかで、淡々とした説明は続く。
「それと目的地への到着だけでなく、それまでの振る舞いも評価対象となるのん。教育者にふさわしくない言動は減点となるのん。そしてそれは受験者だけでなく、同行者も採点対象となるのん。さらに今日は『蟻塚』の拡張記念パーティのため、招待客として勇者一派のライドボーイ様たちがいるのん。彼らへの非礼は大きな減点となるので、注意するのん」
背を向け、少女の言葉に黙って耳を傾けていたオッサン。
その胸中には、さらなるビター・テイストが生まれていた。
『ライドボーイ』……! 非情なる勇者一派……!
『蟻塚』に勝るとも劣らない辛苦の日々が、今よみがえる……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
当時のライドボーイは、売出し中の勇者一派だった。
遺伝なのか、全員が揃いも揃って背が低く、そのおかげで勇者としての地位も低いままだった。
しかし、ある日……一派の長は力なき者たちを利用することを思いついた。
それは、尖兵。
剣技も魔法の心得もない彼らは、勇者パーティの中でも特に地位が低い。
勇者によっては奴隷のようなひどい扱いをされていたのだが、それをさらに貶めたのだ。
その手段はなんと、尖兵に肩車をさせ、轡をかませて馬として扱うというもの……!
ゴルドウルフは運悪く、ちょうど彼らの元で尖兵をつとめていたので、真っ先に餌食となってしまった……!
服はすべて剥ぎ取られ、革パン一枚にさせられる。
口には轡を咥えさせられ、鞍のような肩当てを常に背負わされた。
あとは、馬蹄のようなサンダル。
それが許された全ての装具だった。
寝泊まりはすべて馬小屋。
食事は野菜の切れ端のみ与えられ、時に懲罰として、牧草を食べさせられた。
そして人間の言葉を話すことは一切禁止。
少しでも聞き取れる単語を発しただけで、鞭で打たれた。
まさに、奴隷以下……! 完全に、畜生の扱い……!
人間の尊厳を剥奪された者の姿が、そこにはあった……!
しかし馬主である勇者たちは、恩着せがましく言うのだ。
「立って歩けるだけでも、ありがたく思え……!」と……!
ゴルドウルフはライドボーイ一派を、毎日肩車させられた。
所属する勇者は30名ほどもいたので、まさに日替わり……一日の休みすら与えられなかった。
彼らは片手で手綱を引き、片手で長槍を操るという戦闘スタイルを好んだ。
普通の長さの武器では、地面に近い位置を攻撃できないからだ。
しかしこれでは両手が塞がり、調教用の鞭が持てなくなってしまう。
そこで、カカトにトゲの付いた歯車、いわゆる『拍車』が付いたブーツを利用した。
しかしいくらオッサンがタフでも、本物の馬ではない。
ただのオッサンである。
拍車で脇腹を強く蹴られると、立っていられないほどの激痛によろめいた。
しかし騎手である勇者をふらつかせると、さらなるお仕置きが待っている。
オッサンは轡の間から血を垂らすほどに、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
そんな非人道きわまりない扱いを受けても、オッサンは優秀な尖兵であり続けた。
すると……クエストの成功も増え、ライドボーイたちの名もあがっていく。
そのおかげで、幸か不幸か尖兵を志願する者が現れ、馬仲間が増えていった。
そんなある日……アレ、は起こったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
炎天下のなか水すら与えられず、ひたすら荒野を走らされる馬たち。
ひび割れた大地に、滝のような汗が染み込んでいく。
地平線はどこまでも続いていたが、荒野のど真ん中にはオアシスがあるという。
それだけを拠り所に、畜生に身をやつした男たちは、己の身体に鞭打った。
しかし、荒涼のなか待っていたのは……。
無骨な鉄仮面を被り、筋骨隆々とした身体を晒す、『真新しい馬』……!
そしてそれにドヤ顔で跨る、4人の勇者たちであった……!
居並ぶ彼らの中から、踊るように前に出たのは……武器である槍、『ランス』を指揮棒のように振り回す青年だった。
「ランラン、ラララ~♪ よくぞ集まった、我らが愛馬~♪ さっそくだがぁ~♪ 皆に嬉しいお知らせと、悲しいお知らせがある~♪ どっちから聞きたい~♪ オオ~♪ 馬だから人間の言葉はわからないかぁ~♪ ではまず、悲しいお知らせからぁ~♪ そのほが、嬉しさ倍増~♪ ラララ~ンッ♪」
背が低いので小学生にしか見えないが、熟年のオペラ歌手のような豊かな声量をあたりに響かせている。
「ララララ~♪ 皆はたった今から、お役御免~♪ なぜならば、皆は我らが跨るにふさわしい、立派な馬だと思っていたのにぃ~♪ ……ガガガーンッ! このなかに一匹、犬が混じっていたのだぁ~♪ しかも野良犬~♪ ドガガガーンッ!」
いきなりの解雇宣言に戸惑う馬たち。しかも理由も意味不明。
まだ息を切らせながら、お互いの顔を見合わせはじめた。
「ラララァ~♪ 皆にはもう、野良犬の匂いがついているからぁ~♪ まとめて捨てることにしたのだぁ~♪ 誰が野良犬かは秘密だがぁ~♪ 恨むならその野良犬を恨むがいい~♪ ララララァ~♪」
馬たちの表情に、驚きと疑惑が交ざる。
心まで馬になってしまったかのような、ピュアな瞳を丸くしていると、もうひとりの勇者が歩み出た。
携えていた槍『スピア』をバトントワリングのように振り回しながら、Vサインを向ける。
「いぇーいっ! ピスピスぅ! 見て見てコレ! いいっしょ!? いや、スピアのほうじゃなくってぇ! これこれ、この馬! 捨て犬するって言ったらさぁ、ゴッドスマイル様が前払いでくれたんだ! サイッコー! ピスピスぅ!」
彼らの一方的な宣告は止まらない。
さらに別の勇者が、己の武器である槍、『ジャベリン』で髪を撫でつけながら、軽口をたたく。
「さすがにもう、理解できたんじゃん? よーするに、ずっといい馬が手に入ったから、お前ら全員、用済ってわけじゃん!」
そして最後のひとりとなる勇者は、気持ちの悪いベビーフェイス。
絹の御旗のように、武器である槍『オクスタン』を掲げている。
「ボク、『オクスたん』はここに、宣言しまぁーす! この新しいお馬さんで、悪いワンちゃんを……ついでに古くなったお馬さんたちも、みぃーんなやっつけちゃいまぁーす! えい、えい、おーっ!」
勇者たちが乗っている馬は、大岩のように微動だしにしなかったが、ここにきて賛同の意思を表明した。
……がしゅぅぅぅーーーーーーーっ!!
パワー系殺人鬼がするホッケーマスクのようなその隙間から、蒸気さながらの白い息が噴出する。
直後、車両基地から暴走した機関車のような勢いで、痩せた馬たちに襲いかかっていく……!
踏み潰すような勢いで肉迫する脅威に、禁じられていた『人間の悲鳴』をあげてしまう、かつての馬たち……!
「うっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
蜘蛛の子のように逃げ散りはじめたところで、もう手遅れ……!
早朝からの強行軍で、すでに疲労がたまりきっていた馬体は、生まれたばかりの仔馬同然……!
フラフラと逃げ惑っても、やすやすと追いつかれてしまう……!
そして容赦なく振りおろされる、死神の槍……!
またある者は2メートルほどもある巨躯の馬に捕まり、捻じ切られ……!
倒れたところを巨大な馬蹄に踏みにじられ、潰される……!
乾いた大地に染み込んでいったのは、汗だけではなかった。
ゴルドウルフはというと、己がその元凶だとも知らず、逃げ惑っていたのだが……ついに投げ縄を首に受け、西部劇の処刑のように引きずり回されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山脈のような夕日を背にする勇者たち。
影が長く長く伸びていて、彼らのコンプレックスを癒やしている。
「いえーいっ! ピスピスピスぅ! ねぇねぇ、ダブルピースって知ってる? やってみそ! そしたら命だけは助けてやっから! ……なーんてウソ! ダブルピース斬りぃ!」
両手でピースサインを作っている遺体を、槍の先でかき混ぜるように、さらにズタボロにしていく勇者。
「ラララーン♪ これでもう、フィナレーェ~♪ アンコールは無用~♪」
「もぉー! やっつけるっていっても、みんなやりすぎだよ! みんなぐちゃぐちゃで、誰が誰だかわからなくなったじゃない! オクスたん、怒ったぞぉ、プンプン!」
「まあ、別にいんじゃん? むしろ野良犬がどいつか、わかりやすくなったじゃん!」
彼らが見下ろしていたのは、狩られた馬のなかでは、唯一原形を止めているオッサンだった。
首に縄を食い込ませたまま、「うう……」と悪夢にうなされるように呻いている。
「ラララァ~♪ ここまで痛めつけておけばぁ~♪ 気がつくのは真夜中ぁ~♪ このあたりは日が沈むと、極寒の地にぃ~♪ 半裸での生還は、絶対に不可能ぉぉ~♪ きっと目覚めたときは、ガガガガーーーンッ!!」
「いえーいっ! 俺たち、あったまいーい! これでますます、ゴッドスマイル様に気に入られるって! いぇーいっ! ピスピスピスぅ!」
「うふふ、これでもう、ライドボーイ一派はにっこにこだね! オクスたんも、にっこにこぉ! さっ、早く帰ろ! でないと風邪ひいちゃう! オクスたん、クシュンクシュンになっちゃうよぉ!?」
笑いながら彼らが手綱を引くと、新しい馬たちは血まみれの身体をキビキビと反転させ、死体たちに背を向ける。
走り出すいくつものシルエットと、置き去りにされる朽ちた犬。
遠ざかっていく高らかな笑い声とは対照的に、その姿はあまりにも哀れを誘った。
ドロドロに溶け、尽きる前のロウソクのように……。
激しく燃え上がる夕陽に縁取られ、いつ消えるとも知れず、赤く揺らいでいた。
一層胸糞の悪い奴らの登場ですが、キッチリ〆ます! ご期待ください!
自然友良様よりレビューを頂きました、やる気ゲージが尽きかけていたので、大変励みになりました! ありがとうございます!
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