117 ローンウルフ4-56
『わんわん騎士団』は10万¥を稼ぐために『決闘屋』なるものを始めた。
これは1回30¥でシャルルンロットに挑戦でき、勝利すれば野良犬の着ぐるみを賞品として貰えるというもの。
寒さの厳しいこのスラム街において、これ以上のエサはない。
さっそく多くの挑戦者で賑わっていた。
しかしそれでも1回につき得られる金額は30¥ぽっち。
石ころの使用権を追加購入したとしても、たったの60¥である。
これで10万¥を稼ぐためには、3千回以上の試合をこなさなくてはならない。
2週間でそれをこなすとなると、ノルマとしては1日200試合以上となる。
シャルルンロットは「そのくらい楽勝よ!」と息巻いていた。
彼女なら本当にやってのけそうだが、問題はそこではない。
『わんわん騎士団』の『頭脳』と呼ばれる少女は、そのことにいちはやく気付いていた。
「おそらく10試合もすれば、その日は客は来なくなるのん」
「なんでよ?」
「目の前でリンゴを粉々に握り潰すゴリラに、新しいリンゴを渡すバカはいないのん。
手加減ができればまだしも、ゴリラにそんな器用なことは不可能のん」
「そうねぇ、ゴリラはパワーバカだから……。って、何の話をしてるの?」
「だからお楽しみポイントを別に用意する必要があるのん。
ゴリラが何秒でリンゴを握り潰すか、賭けられるようにするのん」
「なるほど、ギャンブル要素ってわけね!
それなら観てるヤツからも金を搾り取れるわ!」
そう、ランが言っていた、10点の商売だった『決闘屋』を、100点満点に、そして200点満点にするためのアレンジ。
それは、
ギャンブルの胴元になること……!
当初は『シャルルンロット』と『あったかい着ぐるみ』という初期投資で、1試合で30¥ほどの儲けしか出なかった。
しかしギャンブル要素を追加すれば、同じ1試合でより多くの需要を満たすことができる。
これは要するに、「仕組みを操る側に立つ」という意味にも等しい。
いちど仕組みさえ作ってしまえば、あとはほっといても金が舞い込んでくる……。
それは商売における、究極の理想型といっていいだろう。
この商売のポイントは、『派手なパフォーマンスで多くの人を惹きつける』『豪華な賞品で射幸心を煽る』という2点に尽きる。
現代ならば、『宝くじ』などがいい例だろう。
さっそく釣られてしまった者が、ここにもひとり。
「よしっ、私は大穴を狙うぞ! シャルルンロットが10秒で倒されるに3千¥だ! 金は戻ったら払う!」
『決闘場』には多くの小銭や廃品が飛び交っていた。
まるで魔法のような光景に、プリムラは目を丸くする。
「すごい……みなさん本当に、ギャンブルがお好きなんですね……」
「そうだな」とランが応じる。
「今回は『どんな手を使ってもいい』ってルールだから、これもアリだ。
この研修は、なにもない状態から商売を起こして成功させるってのが目的なんだからな。
ただ、このやり方はオヤジの精神に反することなんだ。
オヤジは金儲けのためならなんでもやってるように見えるけど、ひとつだけ大嫌いなことがあるんだ。
なんだかわかるか?」
「はい。それならわかります。
『お客さんを不幸にするような商売』ですよね。
それと同じで、射幸心を煽るのはお客さんを不幸にしてしまいますので、おじさまは決してなさいませんでした」
「正解だ、ガキんちょ。やっと当たったな。
もちろん『スラムドッグマート』でも当たりくじ付きの商品や、年末には福引きとかもやってたが、それは『当たればラッキー』くらいのもんだ。
使いもしない同じ商品をいくつも買わせたり、我を忘れるほどに金を払わせるようなことだけは、オヤジはしなかった」
ランは伸びをしながら広場のまわりを見渡す。
「さぁーて、新人どもはいろいろやってるようだが、『オヤジも納得賞』と『アタイも納得賞』と『ガキんちょも納得賞』を取るヤツはいるかなぁ?」
「……なんですかそれ?」
「あれ? 言ってなかったか? 今回の研修で、それぞれいちばんいい商売をしたヤツを、オヤジとアタイとお前でそれぞれ選んで表彰するんだよ」
「そんなのがあったのですか!? 大変です! それならちゃんとみなさんの商売ぶりを拝見しないと……!」
「まあ待てって、その賞にノミネートされるのは、10万¥以上を稼いだヤツだけだ。
そんなすげぇヤツは滅多に出ない。
こっちからわざわざ見にいかなくても、メシの時にでも報告を聞いてやりゃいいだろう」
「そうなのですね。でも、おじさまはこちらにはおられませんが……?」
「ああ、それなら心配するな。実はこの研修は昔からオヤジがやってるヤツなんだ」
この事実にプリムラは、今日いちばんビックリしていた。
「そ……そうだったのですか!? てっきり、ランさんのアイデアだと……!」
「アタイがこんなとんでもないこと考えつくかよ。
このスラム街での研修は、オヤジが『ゴージャスマート』にいた頃から取り入れていて、アタイも新人の頃にやらされたよ。
んで、オヤジの中には『正解』と呼べる答えがひとつだけあるんだ」
「なるほど、その『正解』の商売をなされた方が『おじさまも納得賞』というわけなのですね」
「そうだ。だけどアタイの知る限りだけど、その『正解』をやったヤツは今まで、誰ひとりとしていないんだよなぁ。
まぁ、あんなとんでもない商売、思いつけってほうが無理な話なんだけどな」
「そ……そんなにすごい商売なのですか!? すごく気になります!」
「まあ慌てるなって、今このスラム街で、あの商売を知ってるのはアタイだけだ。
あとでゆっくりタネ明かしをしてやるよ」
ランは知らない。
『あの商売』を知る者が、この街にもうひとりいることを。





