116 ローンウルフ4-55
『決闘屋』の初仕事は大成功。
初太刀をかわしてからの見事な反撃に、ヤジ馬たちは大いに沸いていた。
その様子を、教官であるランは広場から遠巻きに見ていた。
品定めするように唸りながら、
「……う~ん、答えとしては10点ってところかなぁ」
隣にいたプリムラが「はい」と嬉しそうに賛同する。
「あんなことを考えつくだなんて、さすがは『わんわん騎士団』ですよね。
いきなり満点だなんて、新人店員さんたちのいいお手本に……」
「バカ、満点じゃねぇよ。満点は100点に決まってるだろ」
「ええっ? あの『決闘屋』さんは、そんなに良くないのですか?」
「ああ。あれは要するに大道芸みたいなもんだろ。
今回みたいに2週間という短い期間ならアリかもしれないが、いくつも弱点があるんだ」
「弱点、ですか……?」
「ああ。まず、あの中ではシャルルンロットしかできないということ。
ヤツがケガをしちまったり、体調不良にでもなったら、その時点で店じまいだ。
なにせ一張羅の着ぐるみが賞品なんだから、万全の体調でなくちゃ商売にならんだろう。
その時点で安定した収入とは、ほど遠いということになる。
いい商売ってのは、たくさん儲からなくてもいいから、安定した収入を得られ続けること。
そして特定の人物がいなくても、つつがなく営業が続けられることなんだ」
「そう言われてみると、たしかにそうですね」
「それに、対価のわりに時間がかかるから、1日に相手できる数も限られている。
1人目に強いヤツがやってきて、バテさせられでもしたらそこで終わりだ。
回転率が読めないということは、1日のノルマも定めづらい」
ランの解説に、プリムラはすっかりかぶりつき。
「ふむふむ」と熱心に頷き返している。
「そしてたとえ軌道に乗ったところで、頭打ちも早い。
なぜなら、事業拡張が難しいからだ。
『決闘屋』の店舗を増やす場合、必ず剣術に長けた人材が必要になるからな。
あまりにも特定のスキルを必要とするから、できる人がかなり限定される。
いい商売ってのは拡張が容易で、ノウハウさえ教え込めば誰にでもできることなんだ」
「ほ……ほほぉ~!」と、プリムラはとうとうメモりだす。
「まだあるぞ、そしてこれが、いちばんの欠点なんだ」
「えっ、まだダメなところがあるのですか?
それに、いちばんの欠点って……いったい、何なのですか?」
「ああ、それは……顧客があまりにも限られることだ。
まず『決闘』という題材からして生活に密接しておらず、娯楽の範疇だ。
娯楽というのは大きな商売のタネではあるが、アレをやりたがるのは多少なりとも腕っ節に自身があるヤツだろう。
女子供は金を払ってまで、アレをやりたいとは思わないだろう」
「な……なるほどぉ~! さすがです、ランさん!」
「いや、これも全部オヤジに教わったことなんだ。
でもここで納得してちゃ三流の商売人だぞ。
あの『決闘屋』は10点といったが、それはいまの時点の話だ。
あそこからアレンジすれば、100点……いや200点も夢じゃない、最高の商売にすることだってできるんだ」
「ええっ、そんなすごい方法があるのですか!?」
「ああ、それは自分で考えてみな。ちょうどヒントが転がり込んできそうだしな」
ランは言いながら、広場から繋がる大通りを見やる。
そこには、息を切らして走ってくるクーララカの姿があった。
彼女は耳に被る髪を風で膨らませ、そして真っ赤になった鼻を膨らませ、それどころか身体に巻き付けた新聞紙まで膨らませている。
その『はしたない』姿に、プリムラは「んまあっ!?」と、リインカーネーションは「あらあらまあまあ」と手で口を押えていた。
広場に着いたクーララカは、「くそぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!」と崩れ落ち、四つ足でうなだれる。
「クーララカさん、いったい、どうなさったのですか!?」
駆け寄ったプリムラに、クーララカは顔をあげる。
その顔は騎士の名誉どころか、女としても名誉まで捨て去ったかのような情けない顔だった。
「ううっ、街中で『フーヘイホー』の賭場を見つけたのです!
私のもっとも得意とするギャンブルですから、最速の10万¥も夢ではないだろうと思ったのですが……!」
『フーヘイホー』というのは『プジェト』に伝わるサイコロを使った遊びのことで。
サイコロが2個あればどこでも賭場が開けるので、スラム街などでは盛んに行なわれている。
「『フーチョフア』でダブルアップに成功して、その直後の倍付けでも『フンベラビッチョ』に成功したんです!
せっかく『フンビールコチキュット』と『フルフルハムチュラインピラ』も付いたのに……!
よりにもよって親が『†邪炎†』を出したせいで……!」
「は、はぁ……」
ギャンブルのことがよくわからないプリムラは、頭の上に『?』マークが浮かび上がっていそうなほどに首をかしげていた。
そこに、あきれた様子のランがやって来る。
「ギャンブルで身ぐるみはがされる女なんて、そうそう見れるもんじゃないな」
「あと少しで勝てるところだったのだ! なあラン、ちょっと用立ててはくれまいか!
10万¥のところを、倍……いや、10倍の100万¥まで稼いでやるから!」
しかしランは無視してプリムラに言った。
「おいガキんちょ、もうわかっただろう?」
「……えっ? それってランさんが先ほどおっしゃっていた、『決闘屋』さんをより良い商売にするための方法についてですか?」
「そうだ。クーララカの存在は、もうヒントどころじゃないだろう」
しかしプリムラは『?』マークが増えたような顔をするばかり。
ランは『決闘屋』のある人物に注目しながら、フッと笑っていた。
「アイツはもうわかってるみたいだな。
もしかしたら最初から、それを狙うつもりだったのかもしれんが」
「いらはいのん、いらはいのん。
剣の腕に自信がない方は、挑戦者が何秒持つか賭けることができるのん。
大穴は、挑戦者の勝利のん。
さあさあ、はったのん、はったのん」
 





