115 ローンウルフ4-54
アイテム『銀のフォーク』を選んだ新人店員たちは、トボトボと『鉄クズ屋』を後にする。
その誰ものが気付いていた。
正解のアイテムは、『マッチ』だったのだと。
そう、『マッチ』を選んだ店員たちは、このスラム街に足を踏み入れたときから周囲をよく観察していた。
そこで、焚火が商売になることを発見していたのだ。
街中で火をくべて、そこに集まってきた人から価値ある物品を対価として受け取る、『焚火屋』というものがあることを。
さらにランから提示されたアイテムを見た時点で、彼らの思考は線として繋がった。
『マッチ』を使って『焚火屋』を始める……。
これこそが、今回の研修に対する『正解』なのだと……!
しかし、現実はそれほど甘くはなかった。
なぜならば、こちらも『廃品回収』や『鉄クズ集め』と同じくにレッドオーシャン。
焚火屋たちは無造作に焚火を展開しているように見えて、お互いのナワバリを侵犯しないように注意していた。
その間で新たに焚火屋を始めようものなら、あっという間に妨害されてしまう。
燃えるゴミを集めて作り出した火種も、一瞬にして踏み消されてしまった。
しかし、めげずに別の場所で焚火を作ればいい、と思うかもしれない。
でもそれはできなかった。
なぜならば、もう火は起こせないから……!
普段の暮らしであれば、火が欲しければマッチを擦ればいい。
マッチなどいくらでもあるし、酒場にでも行けばタダで手に入る。
しかしこのスラム街ではマッチ1本ですら貴重品。
初期アイテムとして選択する以外で手に入れるためには、多くの鉄クズと交換しなければならない。
それならばと自力での火起こしを試みた者もいたが、サバイバル経験のない新人店員たちは煙ひとつ立てることができなかった。
そう。この研修にはアイテム選択のほかに、もうひとつポイントがある。
それに気づけるかどうかが、最大の分かれ道。
それは、すでにある商売をやっても、うまくいかない……!
これはなにも、スラム街に限った話ではない。
商売には何事も『参入障壁』というものが存在する。
それは『初期投資の壁』であったり『競合他社の壁』であったりと様々。
一般世間では多くの業種が存在するので、その壁があることにすら気づけない。
しかしこのスラム街でできることは限られているので、それらの壁は大きく立ちはだかることになる。
そこでようやく気づくのだ。
『マッチ』は『初期投資』で……。
既存の焚火屋は、『もはや入り込む余地のない競合他社』……!
すでに多くの人がやっていることに投資をして、同じように始めても無駄なのだ、と……!
もちろん、『初期投資』を巨額といえるほどに用意できるのであれば話は別。
新しい業種にガリバー企業が参入して、資金力とブランド力でシェアを奪っていくのはよくある話だ。
しかし、新人店員たちにそれほどの力はない。
となると、競合他社のない『新しい商売』を考えなくてはならない。
でもそんなことは、物資も資本も、そもそも需要すらないスラム街では不可能なことかと思われた。
しかしだからこそ、求められるのである。
発想の、転換が……!
商材となる物資が少ないから無理。
元手となる資本がないから無理。
まわりが貧乏だから商売が成立しなくて無理。
こんなことで思考停止するようであれば、一流の商売人にはなれない。
ではここで、今回の挑戦者のなかでさっそく軌道に乗った者たちを見てみよう。
それはやはりというか当然というか、『わんわん騎士団』……!
彼女たちはかつてスラムドッグマートが屋台を展開していたときも、独自のやり方で売上に貢献していた。
彼女たちが真っ先に売り物にしたのは、やはりというか、当然というか……。
「さぁさぁいらっしゃいいらっしゃい! このアタシと剣術勝負で勝てたら、このあったかい着ぐるみをあげるわよ!」
「わうっ! 参加費はたったの30¥なのです!
お金がないひとは、鉄クズ1キログラムでもよいのです!
さらに追加で料金を払うと、飛び道具をひとつ使ってもよいのです!」
「その他に、価値のありそうなものだったら、なんでも持ってきてくださぁ~い!
できれば、おいしい食べ物がいいですぅ~!
あと、あんまり乱暴じゃない人がいいですぅ~っ!」
「いらはいのん、いらはいのん。この女、実はお嬢様のん。
『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』が口癖のん。
ブルジョワに一泡吹かせるチャンスのん」
剣術勝負に使うのはそのへんに落ちていた棒きれで、飛び道具というのは石ころ。
そう、彼女たちは元手ゼロで、商売を始めていたのだ……!
その名も『決闘屋』……!
まさしく彼女たちだからこそできる、いや、彼女たちにしかできない商売であった。
これは言うなれば、自分の技量と身体を商品にしているようなものである。
その珍しさの甲斐あってか、さっそく客が付き始めた。
「お嬢ちゃんに勝ったら、マジでそのあったかそうな着ぐるみがもらえんのかよ?」
「そうだけど、アンタとはやりたくないわねぇ。
だって弱い者イジメはアタシの趣味じゃないから」
「なんだと、このクソガキっ!? 素っ裸に剥かれても文句言うんじゃねぇぞっ!」
最初の客は懐からコインを3枚取り出すと、「毎度」と手を出したミッドナイトシュガーに渡した。
かわりに棒きれを受け取り、シャルルンロットと対峙する。
周囲にはすでに、多くのヤジ馬ができあがっていた。
着ぐるみの腰に棒を差したシャルルンロットが、カモンカモンと手招きする。
「特別にハンデとして、アタシは片手だけで、しかも利き手じゃないほうでやってあげるわ。
さ、いつでもかかってらっしゃい」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!」
挑戦者は棒きれを肩に担ぐような構えで、蛮声とともに斬りかかっていく。
野球のバットのような横薙ぎの振りがシャルルンロットの側頭に襲いかかる。
いまにも頭をカチ割られそうだというのに、少女は着ぐるみの肩をすくめていた。
「はぁ、これじゃ足だけでもよかったわねぇ」
次の瞬間、着ぐるみのとぼけた顔が消え、棒きれが空を切る。
ブオンッ! と身体ごと泳いでよろめく挑戦者。
片脚で「おっとっと」たたらを踏んで持ちこたえようとしていたが、シャルルンロットはしゃがみこみながら足払いを放っていた。
……スパァーーーーーンッ!!
ナタで竹を両断したような、小気味良い音とともに、ふくらはぎを蹴られてひっくり返る挑戦者。
「うわあっ!?」と短い悲鳴とともに、背中から地面に叩きつけられてしまう。
起き上がろうとしたが、その鼻先にはすでに、抜刀を終えた切っ先があった。
「勝負あったわね」





