113 ローンウルフ4-52
スラム街の広場に現れた謎の集団。
それは『スラムドッグマート』の新人研修だった。
その教官役であるランは、新人店員たちに向かって声を張り上げる。
「今からお前たちには2週間、ホームレスとしてこの街で生活してもらう!
この街の中だけで、10万¥を稼ぐんだ!」
さっそく質問の手が上がった。
「ホームレスの方たちを相手に商売するということですね。
で、なにを売るんでしょう?」
「それもお前たちが調達するんだよ、このスラム街の中でな!
研修期間中は、この街から一歩でも外に出るのは禁止だ!」
「ええっ!? そんなのムチャです!
スラム街の中なんてゴミばっかりで、売るものなんてないのに……!」
「なに言ってやがる、売るものならまわりにいくらでもあるだろう!
お前たちが気付いてないだけだ!」
「まさか、ゴミあさりをしろと!?」
「さぁな、好きにしろよ!
とにかくどんなやり方でもいいから、10万¥を稼ぐんだ!
ただし盗んだり、脅し取ったり、ゴミを騙して売りつけるのはナシだぞ!
アタイは真っ先にそれをやろうとして、オヤジに叱られちまったんだよな!」
着ぐるみを着た少女のひとりが口を挟む。
「山賊じゃあるまいし、そんなことするわけないでしょ」
すると、着ぐるみグループの眼鏡少女がギョッと目を剥く。
「ええっ、もしかして、わたしたちもやるんですかぁ!?」
「しょうがないでしょ、ランと勝負することになっちゃったんだから」
「まさかこんな、くるぶし対決に巻き込まれるとは思いも寄らなかったのん」
「わうっ! がんばるのです!」
ランのルール説明は続く。
「それと、ここで生活しろとは言ったけど、食うものと寝る場所だけは用意してやるよ!
寝る場所はこの広場だ! ここで焚火を焚いてやるから、このまわりで寝るんだ!」
「ええっ!? 2週間も外で寝るんですかぁ!?」
「そうだ。嫌ならさっさと10万¥を稼ぐこったな!
稼いだヤツは即座に研修終了だ!」
ランは親指で、ツギハギだらけで灰被り色のローブを着た聖女たちを示す。
「それとメシはガキんちょ……じゃなかった、ここにいる聖女たちが炊き出しをやってくれるからな!」
「みなさん、がんばってくださいね。あったかくておいしいスープを作りますから」
ガキんちょと呼ばれかけた少女は、ぐっ、両手で小さくガッツポーズを取り、新人店員たちを鼓舞する。
その隣にいたもうひとりの聖女は、「クゥ」とハンカチを噛んでいた。
「お姉ちゃん、どうされましたか?」
「最後の研修っていうから、世界の中心でゴルちゃんのいいところを100個叫ぶのかと思ってついてきたのに……。
きっと特別審査員としてゴルちゃんもいるだろうと思って、ついてきたのに……」
「リイン……じゃなかった聖女2! 嫌なら帰ってもいいんだぞ!」
すると、聖女2の後ろに控えていたガタイのいいホームレス女がしゃしゃり出てくる。
「おいラン! 言葉に気をつけろ!
いくらおふたりがお忍びだからといって、礼を失してよいわけではないぞ!」
「しょうがねぇだろ、クーララカ! へーこらしたらバレちまうだろうが!
ホーリードール家の聖女たちが、こんなスラム街にいるとわかったら……おおっと」
ランは慌てて口を塞いだ。
「とにかく、つべこべ言わずに研修を始めるぞ!」
「そういえばランさん、みなさんにお渡しするものがあったのでは?」
聖女1にそう言われ、ランはまた「おおっと」となる。
「そうだった、もうひとつ忘れるところだったぜ!
研修に参加する者には、ひとりにひとつ、アイテムをやろう!
この中から好きなものを選んでいいぞ!」
提示されたアイテムは3つ。
『銀のフォーク1本』『マッチ1本』『瓶のフタ1個』。
『銀のフォーク』はホーリードール家で使われていたカトラリーで、最高級の銀を使った逸品。
ホーリードール家の聖女たちが使っていたとわかれば、10万¥どころではない値段がつくのは間違いない。
『マッチ棒』はなんの何の変哲もないマッチである。
使用済みではなく、しけってもいない。
『瓶のフタ』はいかにも安酒っぽい瓶のフタで、明らかなるゴミだった。
今回の研修に参加している新人店員たちの多くは、『銀のフォーク』を選んだ。
その中でごく一部、裏読みをした新人店員は、『マッチ棒』を選ぶ。
当然の結果ではるが、『瓶のフタ』は誰も手に取らなかった。
それはランにとって予想通りの結果だったのか、アイテムを手にした選手たちを見回したあと、「うん」と頷く。
「これはお前たち新入りが野良犬になるための『卒業実習』だ!
この実習こそ、いままで受けてきた研修の総ざらいとなるんだ!
『商売の基本』を忘れるんじゃないぞ!
それじゃあスタートだっ! さぁ、散った散った!」
まさしく野良犬のようにシッシッと両手で追い払われ、新人店員たちは戸惑いながらもその場を離れていく。
その背後に、嫌な言葉が付け加えられた。
「あ、このスラム街ならどこで商売してもいいが、裏路地には注意しろよ!
取られるものは何もないと思ったら大間違いなんだからな!」
いちおう安全のための配慮はされていて、ホーリードール家に仕えている騎士たちが、ホームレスの格好で見回りにあたるようになっている。
新人店員たちが厄介ごとに巻き込まれた場合、仲裁や救出をするためだ。
とはいえ、護衛がいる事は新人店員たちには伝えられていない。
あくまで裸一貫ということを意識させるために。
企業の『新人研修』というのは、その企業の特色が出るものである。
軍隊なみに厳しかったり、学生に逆戻りしたようにユルかったり、軽スベりするくらいにはユニークだったり。
しかしランが提唱した『スラムドッグマート新人研修』、その最終課題は一線を画していた。
スラム街に2週間滞在し、10万¥を稼ぐ……!
この一見して無謀というか、下手をすると超絶パワハラとも取られかねない行為……。
その裏に隠されている意図とは、いったい何なのか……!?
ここからの『スラムドッグマート新人研修編』はちょっと長いので、区切りがつくまでは隔日更新とさせていただきます。
次回更新は 3月5日(金) の予定です。





