20 ちびっこパーティ
『名誉能天級導勇者であるわたくし、ミッドナイトシャッフラーからのご招待です。
偉大なる準神級勇者であります、ノーワンリヴズ・フォーエバー様にならい、わたくしが「蟻塚」という地下迷宮を創りあげたことは、皆様の記憶にも新しいことかと思います。
その「蟻塚」、このたび拡張工事が完了し、最下層に「王の間」が誕生いたしました。
誕生記念パーティを行うにあたりまして、ライドボーイ一派の方々を優先的にご招待いたしたいと思います。
当日は「王の間」まで直通の昇降機をご用意しておりますが、クエスト扱いとして「踏破」を目指していただいてもかまいません。
それでは、「王の間」にて、お待ちしております。
追伸
ご存知のとおり、先般わたくしには降格処分が下され、現在は権天級です。
ですがこれは、無能で前途なき調勇者の若者に足を引っ張られたためで、一時的なものです。
すぐに元の階級に戻りますので、いまは名誉能天級と名乗っております。
親愛なる、ライドボーイ一派の方々へ
名誉能天級導勇者 ミッドナイトシャッフラー・ゴージャスティスより』
大きな書斎机の上で、羽根ペンを走らせるナスビ顔の男。
手紙をしたため終えると、几帳面に折りたたんで封筒に入れ、封蝋をペタンと押した。
そしてぎしりと椅子きしませながら、身体を背もたれにあずける。
ゼンマイの穂先のように丸まった細ヒゲを、指で伸ばしながら心の中でつぶやいた。
……昇格したうえでの拡張記念パーティをやるつもりだったのに、まさか降格とは……。
これもすべて、あのガキどもと、チャラ男のせいだノン……!
しかも、ずっと目をかけてやってきたグラスパリーンがガキどもの担任で、あまつさえ、この私のマッサージを断るとは……。
以前までは、身も心も童女のように素直でかわいらしかったのに……いつの間にあんなに小賢しくなったんだノン。
永遠の宝石だと思っていたグラスパリーンですら、年波には勝てないようだノン。
穢れた血を持つ前に、即刻手を打つべきだノン。
やはり……アレを施してやるしかないようだノン。
そうだノン。
拡張記念パーティの場で、ついでにやるのがいいノン。
メインイベントほどのインパクトはないものの、前座くらいにはなるノン。
ハーレムも開設できるうえに、勇者の派閥にもアピールできるノン。
ライドボーイ一派は、捨て犬だけで出世したような無能ぞろいだノン。
きっと私の秘法を前にすれば、ひれ伏すに違いないノン。
うむ……! なんというデリシャスなアイデアだノン!
さっそく……予定に加えるノン!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ゴルドウルフは迷っていた。
グラスパリーンの昇進試験クエストに連れていくメンバーを、誰にするのかを。
シャルルンロットとプリムラは選ぶわけにはいかなかった。
ふたりともまだ子供だし、そのうえ拐われた過去がある。
今回の件に関わったことで、また危機に晒してしまうかもしれないからだ。
オッサンはそう説得したのだが、お嬢様は納得するはずもなく、
「キャンプのとき拐われたのは、剣がへなちょこだったからよ! アンタの剣があれば、もう野盗なんかには遅れを取らないわ! それに、アタシが行くって言ったら行くの! これはもう決定事項よ! アンタがいくらダメだって言っても、絶対についていくんだから!」
いつもなら納得してくれるはずのプリムラからも、便乗されてしまう。
「わ……私も! 私も何があっても、おじさまについてまいります!」
……そう詰め寄られて、ゴルドウルフは折れるしかなかった。
プリムラはともかく、シャルルンロットは万難を排してでもついてくるだろう。
そうなると危険度はさらに増す。目のつくところにいてもらったほうが、まだ安全だと考えたのだ。
これでメンバーは決まったはずだったが、厄介なのがもうふたり。
「やだやだやだぁぁぁぁ~! ママもいくぅ! ママもゴルちゃんといっしょにいくのぉ~~~~~~~っ!!」
「やだやだやだぁぁぁぁ~! ぱいたんもいくぅ! ぱいたんもごりゅたんといっしょにいくのぉ~~~~~~~っ!!」
店の中で絶叫とともに転げ回られ、オッサンはほとほと困りはててしまった。
閉店後だったのが不幸中の幸い。
でもさすがに大聖女と未就学児を連れていくわけにはいかない。
しょうがないので、バランスボールのように胸部を弾ませる大きな駄々っ子と交渉し、
あーんして食べさせる、5日
いっしょにお風呂に入る、1日
添い寝させる、3日
という取引条件で、同行をあきらめてもらった。
ちなみに『あーんして食べさせる』は、リインカーネーションがゴルドウルフに、ゴルドウルフがパインパックに食べさせるという内訳である。
オッサンにとってはどれも理解しがたい約束ではあったが、とりあえず、出発の準備はすべて整った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「試験官の、ミッドナイトシュガー・ゴージャスティスのん」
出発の朝、『スラムドッグマート1号店』の前に現れたのは、赤ずきんのような真紅のローブをまとう、幼い少女だった。
グラスパリーンは子供相手にガチガチに緊張していたので、ゴルドウルフがかわりに挨拶を交わす。
「はじめまして、ゴルドウルフ・スラムドッグと申します。グラスパリーン先生の尖兵として同行することになりました」
続けて、ぺこりと頭を下げるプリムラ。
「はじめまして、聖女として同行するプリムラ・ホーリードールです。ところであの……ミッドナイトシュガーさんって、おいくつなのですか?」
すると寝ぼけ眼の少女は、冷ややかな上目遣いを返した。
「同行者のプロフィールは事前に提出されているので、自己紹介は不要のん。質問の問いに対しては8歳。もうすぐ9歳になるのん。今回は社交辞令として、特別に教えたのん。でも次からは、試験に関係ない質問をした場合は減点対象とするのん」
「なんだ、アタシと同学年なんじゃない」と減点も恐れず絡んでいくシャルルンロット。
ミッドナイトシュガーは顔を動かさず、揺れるツインテールをジト目で捉えた。
「のんは小学校など飛び級で卒業し、すでに教員免許を取得しているのん。見た目はあなたと同じ子供でも、頭脳は大人のん。頭脳も子供のあなたは、のんに敬意を払わなくてはいけないのん」
反骨精神旺盛なお嬢様が、その一言に反応しないわけがない。
「なんですってぇ!? 腕っぷしなら、アタシのほうが大人よ!」と食ってかかるのを、ゴルドウルフは手で制した。
「落ち着いてくださいシャルルンロットさん。これからともに戦う仲間となるのですから、仲良くしてください」
しかし、ふたりともにべもない。
「こんな、のんのん言ってるネクラ女と仲良くするなんて、死んでもお断りよ!」
「言葉を慎むのん。すでにグラスパリーン教諭の試験は始まってるのん。試験官への暴言は、同行者といえども減点とみなすのん」
「ああそう! 減点するのとアンタがボコボコになるの、どっちが早いか競争しましょうか!?」
言うが早いが暴れザルのように掴みかかっていくお嬢様を、ゴルドウルフはひょいと抱えあげた。
前途多難だとは思っていたが、まさか出発前からこの有様だとは……とひとり苦悩する。
「……おっ! ゴルドウルフさん、今日は子供たちとお出かけかい!?」
ふと通りすがりの常連客に声をかけられて、さらなる頭痛のタネに気づく。
よく見たら、自分以外は全員子供……!
厳密には、約1名だけは子供ではないのだが、手間のかかり具合でいえば子供以上……!
しかも今回は、キャンプなどというレクリエーションではない。
冒険……!
しかも一流の冒険者ですら困難な、地下迷宮の踏破という高難易度クエストに挑まなくてはならないのだ……!
ゴルドウルフはベテランの尖兵であったが、こんなシチュエーションは初めてであった。
彼にとってはまさに、未知との遭遇……!
子連れ狼を余儀なくされたオッサンは、無事、クエスト達成できるのであろうか……!?
今回は、ゴルドウルフがポイントマンとなるお話です。
次回、いよいよクエストに出発!