110 ローンウルフ4-49
『のらいぬや』の本部で、店主たちが最高潮の喜びを迎えている頃。
『ゴージャスマート』本部では、
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……ドガッ、シャァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
窓を突き破り、ひとりの男が外に飛び出していた。
ガラス片が突き刺さった身体のまま、どしゃりと路地裏のゴミ山に投げ出される。
「うっ……うぐっ……! うううっ……!
ま……まさか、まさかまさか、まさかっ……!
『大国間鉄道』のルートが、今になって変更になるだなんてっ……!!」
その男はいままで、投資と呼ばれるものは、一度も負けたことはなかった。
根っからのデータ主義に加え、石橋を叩いて壊すほどの用心深さ。
たとえそれが絶対確実な儲け話だったとしても、失敗する可能性が1パーセントでもあれば乗らなかった。
彼は投資については常に、100パーセントの成功率を求めていたのだ。
今回の投資先であった『大国間鉄道』のルート、これはもう120パーセントの成功が疑いようのない案件。
なぜならば、自分以外の有力者たちもこぞって土地を買っているので、この期に及んでの変更はありえないからだ。
国王がへんな病気にでも、かからないかぎり……!
しかし、かかってしまった……! 罹患してしまった……!
『狂のらいぬ病』という、謎の奇病に……!
余談になってしまうが、女性が『狂のらいぬ病』に掛かると大変なことになるらしい。
ずっと歳上のオッサンを我が子のように扱ったり、オッサンのハーレムを作り出したり、あろうことかオッサンのランドを設立しようとするそうだ。
そしてその余は、周囲にも被害を及ぼす。
そう……!
ノータッチは『狂のらいぬ病』の影響を受け、いままで無敗だった投資に、どでかい黒星を付けられてしまったのだ……!
そのショックは計り知れない。
「うっ……うぐうっ! うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ノータッチは高価な服が汚れるのもかまわず、ガラスがさらに肌を抉るのかまわず、ゴミの中をのたうち回る。
「最後の頼みの綱だった『大国間鉄道』の土地が、ルート変更により二束三文に……!
これでは賄賂として使えない、ただのゴミになってしまったっ……!
う……失ってしまった……! 金も、家も、貯金も……! 勇者の地位もっ……!
なにもかも、なにもかもっ! ゼロにっ……!
それどころか残ったのは、莫大な借金……!
うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
残飯にまみれ、汚物に顔を突っ込みながら、ノータッチは泣きじゃくる。
もはや路上生活は確実だったが、ここを根城にするわけにはいかなかった。
ノータッチはゾンビのようにフラフラと立ち上がり、身体を引きずるようにして路地裏の奥へと進む。
セブンルクスの『ゴージャスマート』は全店閉店。
金庫にあった売上も全額使い込んでしまった。
今は上司であるブタフトッタとボンクラーノがフヌケだから気付かれていないが、それも時間の問題。
もはや堕天は避けられないが、下手をすると命まで狙われてしまうかもしれない。
「に……逃げないと……! どこか、遠くへ……!」
しかしその前に、薄汚れた影が立ちはだかる。
「おやぁ? こんな紳士がこんなゴミ溜めにいるだなんて……。
もしかして、かわいそうな俺たちにお恵みをくださるんですかい?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ノータッチは路地裏でホームレスたちに絡まれ、最後の全財産だった財布と服を奪われてしまう。
落ちていた新聞紙を身体に巻いて、血まみれの身体を引きずって歩いていた。
向かった先は、彼の屋敷。
そこはすでに、借金取りたちによって荒され、家財を持ち出される真っ最中だった。
ノータッチはとっさに身を隠す。
――くっ、服と金目のものを持って逃げようと思ってたのに……。
ま、まさか、もう取り立てが来てるだなんて……!
借金取りたちは、屋敷のなかのものを容赦なく分別。
1¥にでもなりそうなものは逃さず持って行き、逆に金にならないものはゴミとして捨てていく。
彼らは貯蔵庫に置いてあった酒や食べ物まで、家族へのお土産として根こそぎ持って帰っていった。
ノータッチは彼らが残していったゴミをあさる。
価値のあるものは何一つなかったが、せめて思い出だけでもと思ったのだ。
そこで、ある真新しい本を見つける。
年月は経っているものの、まだ新品のようにキレイなその本の表紙には、
『ゴージャスマート研修用教本』
とある。
ノータッチはその本を手に取ると、ペラペラとめくった。
――懐かしい……。
私が若かった頃の『ゴージャスマート』には、店舗での新人研修があって……。
この教本をベースに、講義を聞かされたんだ……。
講義は勇者でもない、へんな男がやっていて……。
実にくだらない内容だった……。
その講義は長期に渡ったが、私にとってはなんの価値ももたらさない、退屈な時間だった……。
でも、ひとつだけいいことがあったんだ……。
その頃は創勇者も研修を受けさせられていて……。
そこで、バンクラプシーと知り合ったんだ……。
昔の事などすっかり忘れていたが、ページをめくるたびに、頭の奥底に沈んでいた記憶のカケラが、浮かび上がるように蘇ってきた。
その頃からノータッチは新規開店に興味があり、教本におけるその章ではほぼ全域にわたって落書きがされている。
教本に書いてある内容を、「くだらない」とか「こんなの全然ダメだ」とツッコミが入っていた。
ひどい箇所になると、黒い太ペンで全面が塗りつぶされているページまである。
それでもノータッチは懐かしさに浸り、読めるところをつまんで読んでみた。
――新しく店舗を出店するときは、新築でも賃貸の場合でも、周辺をよく調査しましょう。
交通量だけでなく、歩いている人の層。
周辺の店舗だけでなく、競合する冒険者の店やギルドの位置。
そして、店舗への太陽の差し込み具合や、地質まで……。
とくに店舗の位置としては南側を選ぶようにしましょう。
なぜならば北側の店舗は、直射日光が差し込み……。
また大規模の店舗の場合は地質についても調べましょう。
地面が埋め立てられたダンジョンの可能性がありますので、実地調査に加えて過去の地図などを遡って……。
ノータッチは思わず言葉に出していた。
「な……なんだっ、この教本は……!?
私が自分で編み出したはずの、新規出店ためのノウハウどころか……。
『のらいぬや』に敗北した要因となったことまで、すべて網羅されてるじゃないかっ……!?」





