109 ローンウルフ4-48
セブンルクスの国王ビッツラビッツは、『スラムドッグマート』への様々な優遇政策を打ち出し、ラブコールを送り続けていた。
サカリのついた極楽鳥かと思えるほどに、なりふり構わずに。
周囲から、先日までの激辛対応はなんだったのかと言わしめるほどの激甘対応。
しかし、野良犬側は無反応を貫いていた。
鳥の求愛ダンスを見せられた、犬さながらのノーリアクション。
種を超越したカップルの誕生は、いちどこの惑星が滅びでもしないかぎりは起こりえないのではないかと思われた。
しかしそうはいっても、周囲の者たちは気が気ではない。
特にセブンルクスに居を構える個人商店、ようは『のらいぬや』に加盟している店主たちは戦々恐々としていた。
なぜならば、『スラムドッグマート』が同国に上陸してしまったら、黒船どころの騒ぎではない。
ビッツラビッツ国王という、あまりにも強力なバックアップを得ているからだ。
錦の御旗のような優遇措置を振り回されてしまったが最後、個人商店など太刀打ちすらできずに撃破されてしまうだろう。
『のらいぬや』の店主たちは、本部で定期的に行なわれている意見交換会において、さっそくこのことを話題にのぼらせた。
「せっかくゴージャスマートの脅威が去ったと思ったら、次はスラムドッグマートだなんて……」
「スラムドッグマートは四つの小国で、ゴージャスマートを撤退させたっていうじゃないか」
「きっと、オーナーが相当な手練れなんだろう」
「でも、我ら『のらいぬや』のオーナーだって負けちゃいない。
この勇者の国であるセブンルクスで、ゴージャスマートからシェアを奪ってみせたんだから」
店主たちは揃って、『のらいぬや』の女オーナーを見る。
「オーナー、スラムドッグマートがこの国に来たときの対策は考えてあるんですか?」
するとオーナーは、店主たちに向かってふるふると頭を左右に振った。
「いいえ、考えていません。その必要もないからです」
「なんだって!? それじゃ困るよ!」
「その必要もないって、どういうことだよ!?」
「まさか、スラムドッグマートくらい簡単に返り討ちにできると思ってるんだな!?」
「それは頼もしいけど、相手はあのスラムドッグマートだぞ!
いくらオーナーでも、油断してたらやられちまうよ!」
椅子から立ち上がりそうになった店主たちを、オーナーは「まあまあ」となだめた。
「店主のみなさんに、内緒にしていたことがあるんです。
実は……」
そして彼女の口から告げられた真実は、この場にいる誰もが予想だにしていないことであった。
発言者であるオーナーと、その後ろに控えるようにして座っている、ひとりのオッサンを除いて。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
とうとう店主たちは立ち上がってしまう。
「俺たちに売ってくれていた『のらいぬや』の在庫は、すべてスラムドッグマートから仕入れたものだって!?」
「オーナー、それは本当なのか!?」
「はい、本当です。正確には、スラムドッグマートの工場で作っていただいた商品です」
これは俗に言う『プライベートブランド』というものであった。
『スラムドッグマート』という大手の工場の生産ラインを間借りして、『のらいぬや』の商品を作ってもらう。
中身は『スラムドッグマート』で売られているものと同じであるが、パッケージは『のらいぬや』となっていた。
店主たちは唖然とする。
「『のらいぬや』の在庫はやたらと高品質で安いと思ってたら……そういうカラクリだったのか!」
「ってことは、スラムドッグマートが来たら、俺たち個人商店はどうなるんだ!?」
「『のらいぬや』の商品が仕入れられなくなって、潰されちまうんだ!」
「そうか! オーナーは俺たちを利用して、スラムドッグマート上陸の地ならしをしてたんだな!」
「だから、対策を考える必要もないなんて言いやがったのか!」
殺気立つ店主たちに、オーナーは気圧されてしまう。
見かねたオッサンが割って入った。
「みなさん、落ち着いてください。
オーナーが対策を考える必要はないと言ったのは、スラムドッグマートはセブンルクスに出店しないからです」
「なんだって!? それは本当なのか、ローンウルフさん!?」
「いや、ぜったい上陸するに決まってる! だってこんなに国王が優遇してるんだから!」
「そうだ! 出店しない根拠がまるでないじゃないか!
ローンウルフさんが『スラムドッグマート』のオーナーだっていうのならともかく!」
「たしかに私、ローンウルフは『スラムドッグマート』のオーナーではありません。
でもここにいる『のらいぬや』のオーナーは、『スラムドッグマート』のオーナーとは知り合いなんですよ」
店主たちの視線が再び『のらいぬや』オーナーに集まる。
「本当なんですか、オーナー!?」
「はい、本当です。知り合いというより、弟子といったほうがいいかもしれません。
その師弟関係は私個人のことだけじゃなくて、『のらいぬや』も自体がそうなんですよ」
「えっ? それはひょっとして……『のらいぬや』は、『スラムドッグマート』の弟子だってことですか?」
「はい。『スラムドッグマート』と『のらいぬや』は、エリアフランチャイズ契約を締結しました」
『エリアフランチャイズ契約』。これは、通常は店舗単位である『フランチャイズ契約』を、地域単位に拡大したもの。
ようはセブルンルクス王国内において、『のらいぬや』が『スラムドッグマート』の代理店扱いとなるのだ。
本部は別となるが、販売商品の仕入れは『スラムドッグマート』のルートが利用できる。
それだけでなく、店舗運営のノウハウも『スラムドッグマート』から指導を受けられるのだ。
ようは、『このらくん』と『ゴルドくん』が親子関係になるということ。
さらにこの『エリアフランチャイズ契約』の利点はそれだけではない。
競合化を避けるために、セブンルクス内には『スラムドッグマート』は出店しない。
だから『スラムドッグマート』上陸に戦々恐々とする必要はなくなる。
しかも……!
「このあと『スラムドッグマート』のオーナーから、『のらいぬや』とエリアフランチャイズ契約をしたという発表が行なわれます。
そしたらなんと、いまビッツラビッツ国王が掲げている優遇措置を、『のらいぬや』全店が受けられるようになるんですっ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
次回、いよいよあの男の破滅です!





