108 ローンウルフ4-47
ビッツラビッツはその晩は一睡もしなかった。
ゴルドウルフから送られてきた、大国間鉄道の『新ルート』における変更プランを練っていたからだ。
そして早朝に、大臣たちを招集した。
「みなの者、余は大国間鉄道のルート変更を行なうことに決めた!
今まではこのセブンルクスのみを横断していたルートを、南の小国を横断する形にする!」
この電撃発表に対する、大臣たちの反応はもちろん。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
当然であろう。
ビッツラビッツは昨日まで、小国の話題になると鬼のような顔で批判をしていたのに、今やえびす顔で鉄道を走らせるというのだから。
大臣たちは青くなった。
「ちょ、お待ちください国王! なぜ今になって、ルート変更を!?」
「これからは『のらいぬ』だからだ!」
「昨日まで小国とは国交断絶だったではないですか! それなのになぜ!?」
「小国は『のらいぬ』だからだ!」
「他の大国にどう説明すればよいのですか!?」
「これからは『のらいぬ』だ! と言っておくがいい!」
「いやいや、その前に有力者たちにはなんと……!」
「それも、『のらいぬ』だっ!」
ビッツラビッツは『のらいぬ』をキャッチフレーズに、ルート変更を強引に推し進めた。
この衝撃発表は大臣のあとに有力者にも伝えられる。
そこからの反発は相当なものであった。
これまた当然の反応である。
大国間鉄道の従来のルートは、内々に一部の有力者たちに伝えられていた。
有力者たちはその事前情報を元に、鉄道が走る予定地の周辺を買いあさっていたのだ。
鉄道が通ることはすでに周知の事実なので、マスコミはこぞってルート予想を発表していた。
予想ルートはいくつかあったので、投資家たちは、当たればでかいギャンブルに臨むような気分で土地を買い上げる。
おかげで候補地と目される土地の価格はのきなみ高騰。
有力者たちはそのギャンブルに対し、いくら賭け金が高くてもかまわずにチップを上乗せしていた。
なぜならば、裏から入手した正式ルートを知っているので、彼らにとってはギャンブルではなかったからだ。
ぜったいに大儲けできる、美味しさしかない話……!
土地を買うだけ買ったあとは、国王からの正式なルート発表を待つだけ。
その発表は示し合わせたようなジャックポットで、あとは一気に跳ね上がった地価で、売りに出せば……。
労せずして、ウッハウハ……!
てな感じで、濡れ手に金粉な話になるはずであった
しかしここに来てのルート変更は、完全に投資詐欺レベルである。
有力者の中には有り金をはたき、すべての財物を担保にして金を借り、土地を買った者もいた。
その内訳はさまざまで、王族や貴族、豪商や豪農、大賢者や大聖女……。
そして、勇者っ……!
その筆頭ともいえる勇者は、もはや言うまでもないだろう。
そんな石橋たたきの儲け話にすら、裏切られてしまった勇者の末路は、ひとまず横に置いておこう。
ビッツラビッツは有力者の猛反発を受け、多大なる顰蹙を買った。
しかし彼はめげない。
今でこそ逆風だが、この風はきっと『のらいぬ様』が起こした神風へと変わるのだと信じていた。
そして彼の『のらいぬ信奉』はいよいよ行き着くところまで達する。
ビッツラビッツはルート変更に合わせ、いくつかの発表を行なっていた。
そのうちのひとつとして、『小国との国交回復』。
いままでの断絶をすべて解除し、元通りの関係に戻りましょうと、各小国に呼びかけた。
しかし四国のちびっこ女王たちは、口を揃えてこの提案を却下。
国交を回復するための条件を突きつけてきたのだ。
普通、小国が大国に要求できることなどたかが知れている。
しかしその条件は、とんでもないものであった。
『エヴァンタイユ諸国』ではなく『ドッグレッグ諸国』の名称を正式採用すること。
大国間鉄道を小国に通す場合、その区間の工事費、維持費は全額セブンルクスもち。
事故が発生した場合の修理、補償や賠償もすべてセブンルクスが負担。
しかもセブンルクスを含む区間運賃の売上を、5国間で均等に分配すること。
ようは小国4国は持ち出しゼロで、儲けだけよこせと言ってきたのだ。
この言い草には、セブンルクス国内が荒れに荒れた。
搾取みたいなことまでされて、なぜ小国に鉄道を通さねばならないのか、と。
ビッツラビッツもブチギレかけていたが、ここで交渉決裂してしまっては意味がない。
ひきっったえびす顔で、ちびっこ女王たちの言い分を、全面的に飲んでしまった。
この時点では、ビッツラビッツ政権は風前の灯。
大臣や有力者、それどころかマスコミや国民からも見放されてしまう。
しかしビッツラビッツは耐えた。
この厳しい冬の嵐を乗り越えてこそ、我が世の春が待っているのだと。
自分の決断を、勇者ゴルドウルフは見てくれていて、きっと天国へと導いてくれるだろうと信じていたのだ。
そして、ビッツラビッツはついに、最強のカードを切る。
それは、新たなる政策の発表。
ゴルドウルフという名のボス犬に対する、服従のポーズにも等しい、その政策の名は……。
『のらいぬ憐れみの令』っ……!
それまで国策として推奨してきた、『スラムドッグマート』への攻撃をすべて禁止する。
のらいぬに類する言葉、文章、図画や意匠にいたるまで、毀損と批判を行なったものは厳罰に処すという法を制定したのだ。
完全なる、『お犬様』状態っ……!
もちろん『スラムドッグマート』の上陸を阻んでいた各種条例もすべて撤廃。
むしろ『スラムドッグマート』を誘致、また優遇するような政策を打ち出しはじめる。
もはやセブンルクスは、『スラムドッグマート』にとってのドッグラン状態。
しかし、当の『スラムドッグマート』側は、これらの発表に対してずっとノーリアクションを貫いていた。
犬が西を向けば尾は東を向くものであるが、この野良犬は器用に身体を折り曲げ、セブルンルクスには頭も尻尾も向けていなかったのだ。





