106 ローンウルフ4-45
ビッツラビッツは尖塔のベランダに立っていた。
『危機管理』の儀式は、彼ら一族の国王となった者にのみ受け継がれる秘術。
塔の中にはビッツラビッツ以外、誰もいない。
彼は海原のように広がる王都の明かりを見渡す。
「この明かりはすべて、余のものだ……! 決して、誰にも渡しはしない……!
我ら一族が受け継いできた、希望の光……! 余の代で絶やすわけにはいかんのだ……!」
……バッ!
ビッツラビッツは決意とともに天を仰ぐ。
瞳に月の光が差し込むと、瞳は泡立つように変貌する。
いったん閉じ、ふたたび開いた双眸。
そこには月の裏側のような、禍々しく変貌した瞳があった。
「……月輪に住まう目赤たちよ!
我が一族は、そなたらと志を共にする者である!
この世界の理が『餅つき』とするならば、つき手は『運命』!
そして我こそは『返し手』!
つき手と息を合わせ、餅をこねくり回す者なり!
決して、『運命』という名の杵に、手を打たれることはない!
そう、我が一族こそが、そなたらとともに、餅という名の人間を操り、食らう者なり!』
ビッツラビッツの言霊が響き渡ると、遥か上空の月の表面に、餅つきをするウサギたちのシルエットが浮かび上がった。
「手を打たれぬために、今こそ問おう!」
『……「大国間鉄道」のルートは、現在決定しているものを、維持すべきなのかっ……!?』
今回の問いかけは、独特な言い回しであった。
普通に考えるのであれば、
『ゴルドウルフの手紙のとおり、「大国間鉄道」のルートを変えるべきなのか?』
という問いかけになるであろう。
しかしビッツラビッツは、『従来のルートを維持するべきか?』と問うた。
これはふたつのことを気にしてのことである。
まずひとつ目は、問いに答えてくれる月のウサギたちが、ゴルドウルフの手紙の内容を知らない可能性があるという点を配慮してのこと。
そしてふたつ目は、ビッツラビッツの意向としては、できれば現状維持のルートで行きたいという気持ちがあること。
なぜならば、ゴルドウルフ案の採用は、非常に大きな手間とリスクを伴う。
ルート変更のためには他の大国に頭を下げなくてはならないのと、四つの小国にも頭を下げなくてはならない。
それに加えて、勇者の店ではなく野良犬の店を優遇することになるので、今までの政策とは大きくかけ離れることになるからだ。
そして従来案とゴルドウルフ案、どちらを月に問うても『○』が返ってくる可能性があるという点。
どちを採用してもオッケーなのであれば、従来案を採用したほうが消費カロリーが少なくてすむ。
ただでさえ求心力が下がっている現状と合せて考えるなら、なおさらのことであった。
ビッツラビッツの問いは山びこのようにあたりにこだまして、夜の闇に溶けていくように小さくなっていった。
それに連動するかのようn、月に映っていたウサギたちが、モヤモヤと動き出す。
2匹のウサギは餅つきを始め、つき手のウサギが時折、『○』や『×』、はたまた『△』や『□』の描かれた餅を取りだし、ビッツラビッツに見せる。
まるでガチャかリーチ演出のようだったそれは、じょじょに速さを増していき、最後には、
……ドカーーーーーーーーンッ!!
と音が聴こえてきそうな大爆発が起こる。
杵や臼は吹っ飛び、うつ伏せに倒れた2匹のウサギだけが残されていた。
片方のウサギがよろよろと顔をあげ、握りしめていた最後の餅を掲げる。
ここまでは、『危機察知』の結果を盛り上げる演出のようなもの。
手にしていた餅がアップになって、そこに大きく『○』か『×』が描かれているのだ。
運命の瞬間を前に、
……ごくりっ!
と喉を鳴らすビッツラビッツ。
こんなに緊張する結果発表は、初めてのことであった。
知らず知らずのうちにベランダの手すりギリギリまで来て、それだけでは足らずに前のめりになっている。
しかし、掲げられた餅を見た途端、
「え……?」
と虚を突かれたような声を漏らしていた。
なぜならば、餅の表面にはなにも描かれていなかったのだ。
『○』も『×』も……!
ただの、無地っ……!
「え……ええっ!? なにも描かれていないだなんて……!?
お……おい、教えてくれ! 赤目たちよ! そ、それは、なにを意味しているのだ!?」
しかしいくら呼びかけても返事はない。
ウサギたちはただただ、餅を掲げて停止している。
ビッツラビッツは慌ててた。
「そ、そんな……! こんなことは初めてだ!?
いったい、余はどうすればいいのだっ!?」
いつもは的中率100パーセントの占いが、今回に限ってはノーフューチャー。
信じられないとばかりに目をこすり、何度も何度も月を見上げる。
そしてふと、あるものに気付いた。
「真ん中らへんに、点みたいなのがあるな……?」
まっさらだと思っていた月の餅。
フォークボールのような握りで掲げられている、まんまるな餅。
しかしその中心あたりに、ごくごく小さな黒点を見つけたのだ。
「も……もしやっ!?」
ビッツラビッツはハッとなって、ベランダから塔の中に戻る。
塔の中は私室になっていて、豪華な調度品が並べられていた。
その中のひとつである、三脚に支えられたおおきな望遠鏡を抱え、ベランダに運び出す。
月に向けてセッティングをして、接眼レンズを覗き込んでみると、そこには……。
大径の望遠鏡によって、ビッツラビッツの片目のなかでドアップになった月。
それでも黒天は小さいままだったが、たしかに見えていたのだ。
視力検査のランドルト環かと思うほどに微小な、『○』が……!
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」





