105 ローンウルフ4-44
ビッツラビッツに送られてきた、ゴルドウルフからの手紙。
それは一見して、豪華客船への招待状のように見えた。
当然である。
いまや勇者組織の上層部ともいえる人物からの情報リーク。
それは、『ゴージャスマート』は今後『スラムドッグマート』になっていくという、にわかには信じられないものであった。
しかしこのリークが本物であるならば、ビッツラビッツにとっては大きなアドバンテージとなるだろう。
なにせ他の大国の王では思いつきもしない、勇者への忖度を前もって実行できるのだ。
大国間鉄道のルート変更を行ない、そのうえ走らせる列車を『スラムドッグマート』仕様のものにすれば……。
オッサン、大喜びっ……!
その主導者がビッツラビッツということになれば……。
オッサン、ご満悦っ……!
勇者ゴルドウルフの寵愛を、一気に受けることができるのは間違いない。
そうなれば、この世界を事実上支配している勇者組織と蜜月なる関係が築け……。
世界の半分を分けてもらったも、同然っ……!
もちろん、もたらされたものが『本物のリーク』であった場合である。
もしこれが大嘘だったりしたら、大変なことになる。
なぜならば、ゴルドウルフから送られてきた新しいルートは、国交断絶中の小国を含めたものになっている。
このルートを採用するということは、事実上、国交回復を宣言したも同義であるからだ。
それは、各小国で女王になりたてのちびっ子たちの最初の政策に、屈してしまったことを意味する。
きっと、反体制派のみならず、国民からも多大なるバッシングを受けるであろう。
もしリークが本物であれば、勇者組織の後ろ盾が得られるので、些細なこととして片付けられる。
しかしリークがニセモノであれば、ビッツラビッツ政権にとっては、もはや再起不能の大打撃になってしまうであろう。
ビッツラビッツが並の国王であったらなら、そんな後先も考えずに、ゴルドウルフのリークを信じていたに違いない。
だって、ゴルドウルフは勇者なのだから……!
勇者の言うことは、絶対正義なのだから……!
しかしビッツラビッツは並の国王ではない。
一族に伝わる『危機察知』能力が寸前に働き、高揚していた彼に警報を鳴らしたのだ。
……それは、罠ではないのか、と……!
瞬間、ビッツラビッツのウサギ面に、ぶわっと脂汗が浮かぶ。
――待て……!
もしこれがウソの情報だったら、我が一族が長きに渡って守り続けてきた王の座を、失いかねぬ……!
その時、まわりにいた大臣たちは、ビッツラビッツが急に黙りこんでしまったので不審に思う。
「国王、どうされたのですか? お身体の具合でも?」
「先ほど、『大国間鉄道』のルート変更を行なう、とおっしゃっていましたが……?」
「発表は来週なのに、今から変更を行なうのですか? いくらなんでもそれは……!」
ビッツラビッツはぶるんと顔を振ると、不安顔の大臣たちに向かって言った。
「先ほど余が申したことは気にするでない! それよりもみな、ここから出て行くのだ!」
大臣たちは呼び戻されたばかりだというのに、また追い立てられるようにして国王の執務室を追い出されてしまった。
ビッツラビッツは書斎机の中から月齢表を取り出す。
――たしか今夜は、満月だったはず……!
そして今日の日付に描かれていたのが、まん丸な円のような月だったんで、グッとガッツポーズを取った。
――よし……! 今夜、『儀式』を行なうっ……!
それでゴルドウルフ殿からの手紙の真偽を、確かめるのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ビッツラビッツは夜を待って、王城のいちばん高い尖塔へと登る。
そこは代々国王しか入ることができない、秘密の部屋となっていた。
開けたベランダに出ると、澄んだ空気の夜空にぽっかりと月が浮かんでいる。
曇りなき満月を見上げながら、ビッツラビッツは「うむ」と頷く。
ビッツラビッツの一族に伝わる『危機察知』の能力。
それは月に問いかけることで、未来を占うというものであった。
月からの返答の的中率は100パーセントなのだが、いくつか制約がある。
まずひとつは、『○』か『×』かで答えられるものでなくてはならないということ。
そしてそれは、満月の夜に、ひとつの問いの答えしか得られないということ。
過去に行なった儀式を例として振り返るとするなら、2ケースほど挙げられるだろう。
まずひとつ目は、『グレイスカイ島で行なわれた、神尖組の入隊式の参加』。
セブンルクス王国では毎年恒例として、王位継承予定者が参列することになっていた。
しかしビッツラビッツは事前に儀式を行ない、月にこう問いかけていた。
『入隊式に、王位継承予定者を参列させるべきか』と。
そして返ってきた答えは『×』。
派遣したら良くないことが起こるという意味である。
この『良くないこと』というのは、『一族が王家を存続できるか否か』が判断基準となっている。
従って儀式の結果に従っても、良くない結果が待っている場合がある。
しかしそれは『一族が王家を存続する』という視点で見たら、いちばんの選択となっているのだ。
入隊式の参列を例に取ると、ビッツラビッツは王家継承予定者を行かせるのはやめて、かわりにポップコーンチェイサーを向かわせた。
ポップコーンチェイサーなら、現地で死んでもなんの問題もないからである。
結果、グレイスカイ島は大変なことになり、入隊式はめちゃくちゃになった。
そしてふたつ目のケースとしては、『ジャイアント・ゴージャスマートの開店記念セレモニーに参列するか』。
こちらは言うまでもなく答えは『×』。
結果として巨人の店は地盤沈下によって崩壊し、ビッツラビッツは一命をとりとめる。
彼のかわりに参列した家臣の多くが入院してしまい、政権に少なからずとも打撃を受けてしまった。
このことからもわかるように、儀式でわかるのか『○か×』だけ。
どんな事態が起こるのかまでわかるのであれば、最良の選択を取ることができるのだが、そこまではわからない。
現に、今回の2ケースの選択において、ビッツラビッツの求心力は衰えを見せ始めていた。
しかし、これ以外の選択を行なっていたなら、とっくに政権は吹っ飛んでいただろう。
そういう意味では、『被害は受けるものの、死ぬまでには至らない』という能力といえるかもしれない。
こう書くとたいしたことがないように思えるが、考えてもみてほしい。
例にあげた2ケースはどちらも、あのオッサンが仕掛けたものであるということを……!
いままで奪命率100パーセントで、狙われた者は誰ひとりとして逃げることのできなかったゴルゴ……。
いや、ゴルドウルフの狙撃を、片腕が吹っ飛ばされる程度の被害でかわしているのだ。
それも、2回も……!
ビッツラビッツの『危機察知』がいかにチート級の能力というのが、これでわかってもらえただろうか。





