103 ローンウルフ4-42
報告に来た部下は取り乱していた。
「し、信じられませんが、本当なんです!
開店前に大規模なピーアールをし、主要店には有名どころの戦勇者様をお呼びし、開店イベントをやったというのに……!
剣の一本も、薬草ひとつも売れていないんですっ! もう、なにがなにやら……!?」
彼は……いや、この世界にいる多くの者たちは、いまだ誤解している。
『勇者』というのは、世界に通じる一流ブランドであると。
ハールバリーのゴージャスマートは不祥事で撤退したが、もうだいぶ経っているので熱さも喉元を過ぎている頃であろう。
きっと民衆たちは、勇者の店を追い出してしまったことを後悔しているに違いない。
軽はずみなことをしてしまったと、己のしたことを反省しているに違いない。
なにせ勇者の店がないというのは、世界から孤立しているも同然。
じゅうぶんに悔い改めましたか?
なら、帰ってきてあげましょう……!
迎えなさい、讃えなさい、勇者の店を……!
きっと民衆たちは争うようにしてゴージャスマートに押し寄せ、久しぶりに手にできる世界品質に感涙することであろう。
少なくとも今回の開店に関わったゴージャスマート関係者は、みんなそう思っていた。
しかしフタを開けてみたら、閑古鳥すらも訪れないほどに、ガン無視……!
まるで自分たちが幽霊で、まわりからは見えていないのではないかと錯覚するほどに……!
他国の街を歩けば黄色い歓声とともにギャルたちに囲まれるイケメン勇者のゲストも、その威光のあまりすべての者がひれ伏すほどのベテラン勇者のゲストも……。
地方のローカルタレントが全国区のテレビに出て、地元では大受けのギャグをやったかのように……。
ヒエッヒエ……!
部下は売上報告の書類の束を、ノータッチのベッドテーブルの上にバンと置いた。
「さらに信じられないことに、何店舗かは地域住民の反対運動にあって、一時閉店させられました!
もっと悪い地域になると、暴動が起こって店舗がメチャクチャにされたんです!
しかも物盗りかと思ったら、店の品物はひとつも盗まれていなかったんです……!」
報告書のいちばん上に添付された真写は、開店イベント中に大地震でもあったかのように、メチャクチャになったゴージャスマートの店舗が映し出されていた。
あまりといえばあまりの報告であったが、ノータッチは書類に視線すら落とさない。
眉すらも通常運転のまま、さらりと言ってのけた。
「そうですか、ではこの書類は処分してください。
あと、売上報告は今後は一切結構です。
というか、この病室にはもう誰も入れないようにしてください」
「ど……どうしたんですか!?
いつも真っ先にデータを求めるノータッチ様が、もう報告はいいだなんて……!?
それに、ここにはもう近づくなとは、いったい……!?」
「私は忙しいんです。次の手を打たなくてはなりませんから、その邪魔をされたくないんです。
さぁ、早く出ていってください!」
鞭で打つようにピシャリと言い据えられ、部下は尻に火のついた勢いで病室を出ようとする。
「書類を忘れてますよ!」と呼び止められ、青い顔で売上報告を回収して出ていった。
ノータッチは普段と変わらぬ冷徹さを保っていたが、内心は穏やかではなかった。
そしていつもであれば失敗の理由を追及するのだが、今回はそれはしなかった。
なぜならば……。
――もはや次がないものに対して、あれこれと考えても仕方がありません。
『ゴージャスマート』のハールバリーの出店については、部下が勝手にやったことにできるように、一切の証拠は残していません。
部下は全員、堕天は間違いないでしょう。
私は後顧の憂いなく、バックアッププランを実行することができます。
『バックアッププラン』、それは『大陸間鉄道』の土地の有効活用。
この土地を、自分の上司になるであろうゴルドウルフに献上して、便宜を図ってもらうのだ。
ノータッチは石橋叩きな人間であるが、その行動は迅速さをモットーとする。
今すぐにでも土地の権利書を持って、オッサンの元へと馳せ参じたかったが、なんとか自制する。
――『大陸間鉄道』の正式ルート発表は、国王であるビッツラビッツより週明けになされることになっています。
その発表よりも早く、あの男に話をしてしまうわけにいきません。
不正に情報を横流ししてもらったことがバレてしまいますからね。
あの男がどういったタイプのモラルの持ち主かは知りませんが、念のために用心しておかないと。
『大陸間鉄道』の周囲の土地を買収しまくったことは、あくまで偶然という体ということにしておきましょう。
いずれにしてもこの土地は、私にとっての守り神……!
どんな厄災が起こったとしても、きっと私の地位を守り抜いてくれることでしょう……!
地獄の底から蘇った、本物の悪魔王でもやってこないかぎりは……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
国王であるビッツラビッツの元に、一通の手紙が届けられた。
国王への手紙というのは基本的に、家臣がすべて内容を確認するので国王自身が目にすることはない。
親しい王族、または勇者からの手紙でもないかぎりは。
そして本来であるならばその手紙は、家臣すらも開かずにゴミ箱行きのものとなるはずであった。
ある日を境にするまでは。
「たっ、大変です! ビッツラビッツ様! 最重要書簡に指定されている文書が届きました!」
「なんですと?
最重要書簡といえば、熾天級以上の勇者、もしくはそのご子息に類する方からの手紙ではないですか。
どなたからかな? ブタフトッタ様? そのご子息のボンクラーノ君? それとも、キティガイサー殿ですかな?」
「いっ……いえ……!」
家臣が口にした名は、思いもよらぬ人物。
ゴ ル ド ウ ル フ ・ ス ラ ム ド ッ ク ……!
そう……!
勇者界隈だけでなく、政界、財界に至るまで、その名は轟き……!
今もっともホットとされる、シンデレラオッサンの名であった……!
 





