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19 旅立ちの準備

 ゴルドウルフは今まで、グラスパリーンにいろいろなことを教えてきた。


 一般の勉学からはじまり、冒険者としての基礎知識から応用まで。

 それこそ教員試験を受ける直前などは、休日を返上してまで付きっきりで特訓したりもした。


 しかし今回、彼女が教示を乞うたのは『マッサージ』……。

 教師をやめて按摩師にでもなるのかと、心配したオッサンは詳しく話を聞くことにした。


 商談スペースにある丸テーブを囲むゴルドウルフと、すっかり秘書が板についたプリムラ。

 対面にはグラスパリーンがいて、おずおずと口を開いた。



「あの……今度の昇進試験で、『マッサージ』が必要になったんです。私、マッサージなんてしたことがないので、ゴルドウルフ先生ならご存知かな、なんて思いまして……」



 なんだか話の前後が繋がっていないような気がして、オッサンも隣の秘書もいぶかしがる。



「ちょっと待ってください、グラスパリーン先生。昇進試験というのは中規模クラスを受け持てるようになる試験ですよね? それにはマッサージなんて必要ないはずですが……?」



 目の前で縮こまる女教師。

 彼女は小学生と見紛うほどに幼かったが、いちおう教員免許を持っている。


 小学生10人までのクラス、いわゆる小規模クラスの担任となれる資格だ。

 そこから昇進試験を受けてパスすれば、さらに大人数となる中規模クラスの教壇に立てるようになるのだ。


 女教師は迷子のように、こくんと頷いた。



「はい、本来はそうなんですが、私の恩師であるミッドナイトシャッフラー大先生の試験は、『特別枠』というものがありまして……それに私が選ばれたんです」



 きな臭い人物の登場に、一瞬だけ狼の表情を見せるゴルドウルフ。


 要するに、こういうことだった。


 『特別枠』というのは、特に優秀だと判断された教員にのみ与えられる選択肢。

 通常よりも高難易度の昇進試験か、マッサージのふたつが選べるらしい。


 『高難易度の昇進試験』のほうは、クエスト形式となっており、困難な冒険をクリアしなくてはならない。


 対する『マッサージ』は、恩師の身体をひと晩マッサージするだけでいいとのこと。


 グラスパリーンはこの二択を与えられ、後者のほうに飛びつこうとしているわけだ。



「私のマッサージがミッドナイトシャッフラー大先生に気に入っていただければ、もっと多くの子供たちとお勉強できるようになるんです! ただ、その後も呼び出されたら、マッサージをしなくちゃならない決まりがあるんですけど……。でもでも、難しいクエストなんて私にはできないので、またとないチャンスなんです!」



 女教師は言葉に隠された意味など何もわかっていない様子で、瓶底に沈む瞳を輝かせている。

 そしてピュアすぎる人物が、隣にもうひとり。



「そうですね! 夜を徹してマッサージって大変そうですけど、危険なクエストよりもずっといいですね! おじさま! 先生にマッサージを教えてさしあげてはいかがでしょう!? わたしからもお願いします!」



 ペコリッ、と向けられたふたつのつむじに、ゴルドウルフは苦い顔をする。


 「どう説明すればわかってもらえるやら……」と思案を巡らせていたが、やがて説得はあきらめ、厳しい表情を作った。



「いえ、いけません。グラスパリーン先生。マッサージはお断りしてください」



 同じタイミングで顔をあげ、「「ええっ!?」」と絶句する少女たち。

 オッサンはふたりの顔をゆっくりと見回し、諭すように語りかけた。



「マッサージを選んだら、きっと先生は後悔します。ですのでマッサージはお教えできません。ですがクエストでしたら、私は尖兵(ポイントマン)としてお手伝いします」



 おじさまの渋くてトーンの低い声に、いつにない真摯さを感じたプリムラ。

 大切なことに気付かされたように、ハッと息を飲んだ。



「わたし、わかりました……! おじさまのおっしゃりたいことが……! 歩きやすい道を選ぶのではなく、より困難な道を行ってこそ、心が豊かになるという戒めなのですね……!」



 それでやっと腑に落ちたとばかりに、ハアッ! 吸気するグラスパリーン。



「そ……! そういうことだったんですね! クエストなんて私には無理だと思っていたんですけど、ゴルドウルフ先生がついて来てくれるなら、茨の道だって進めます! わかりました! 私……クエストをやりますっ!」



 感動と決意に潤む、4つの瞳。


 止めた理由はぜんぜん違うのだが、説明するのもアレなので、ゴルドウルフはそれ以上は何も言わなかった。


 そして、心の中で……人知れず、あの導勇者(どうゆうしゃ)への有責カウンターをさらに回していた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 数日後、昇進試験のクエスト内容が明らかになる。



『偉大なる導勇者(どうゆうしゃ)が作りし、世界最高の地下迷宮(ダンジョン)である「蟻塚」。このたび拡張工事が行われ、「王の間」と呼ばれる最下層が完成した。構内にある昇降機を使わずに、自らの足だけで「踏破」してみせよ』



 これは、小学校教諭の昇進試験としては、ありえないほどの難しい内容だった。


 『蟻塚』に限らず、勇者の創りし地下迷宮というのは、そのほとんどが昇降機やトロッコを備え、労せずして各階層を行き来できるようになっている。


 しかし最初から最後までそれらを利用せずに、最深部にまで到着することを『踏破』という。


 地下迷宮の評価基準のひとつに『難易度』というものがある。


 下層に着くのが難しいほど、頂きを拒む名山と同じとみなされる。

 それだけ挑戦のしがいがあると、勇者や冒険者たちから評価されるのだ。


 『蟻塚』もその例に漏れず、昇降機を使わずに最下層を目指すとなると、かなりの腕前がなければ不可能と言われている。


 そんな超高難易度クエストに、勇者でもない一介の小学校教諭に挑めというのだ。


 想像以上の無茶振りをされ、クエスト指示書を持ち帰ったグラスパリーンは死にそうになっていた。


 彼女はニヤニヤ笑いで指示書を渡してきた恩師に、その場で「やっぱりマッサージさせてください!」と土下座しようかと幾度となく悩んだ。

 しかしそれをすると、ゴルドウルフに見捨てられてしまうと、そのたびに振り払っていた。


 ナスビ顔のおっさんと、ただのおっさん……。

 ふたりのおっさんが乗った、ちょっとむさ苦しい天秤は、彼女のなかでずっと片方に傾いたままだったのだ。


 ゴルドウルフは、挫けることなくクエストを請け負ってきた女教師を褒めた。

 そしてすぐに冒険の準備と、パーティメンバーの選定を始める。


 リーダーはもちろん、グラスパリーン・ショートサイト。

 尖兵(ポイントマン)は約束どおり、自分……ゴルドウルフ・スラムドッグ。


 あと必要なのは、戦士と魔導師と聖女。


 グラスパリーンによると、試験官として魔導師が同行するので、その人物に任せてもよいということだった。


 となると残るは、戦士と聖女……。

 ゴルドウルフは店の常連である冒険者に声をかけるつもりだったが、



「ちょっとちょっと待ちなさいよ! そういうことはなんでパートナーであるアタシに真っ先に声をかけないのよ!?」



「そうですおじさま! ぱっ……ぱぱっ、パトナ……! とっ、とにかく私も、おじさまとご一緒させてください!」



 シャルルンロットと、プリムラ……!

 思いもよらぬ少女たちが立候補してきたのだ……!



「あらあら、まあまあ、それじゃ、ママもいっしょにいくわね!」



「ぱいたんもいくー!」



 それだけでなく、マザーとパインパックも参戦……!


 さすがにその人数は連れていけないので、オッサンは出発前だというのに選択を迫られることになってしまった。


 さぁ、誰を選ぶ、ゴルドウルフ……!?

ゴルドウルフは誰を選ぶのか…!? それは次回、明らかに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生・・・良くぞオッサンを選んでくれた!! 偉いぞ!!(泣) 先生、プリムラさん・・・あなた達はこの先何があっても、純粋な気持ちを失わないでください・・・! そして、オッサンへの想いは何が…
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