100 ローンウルフ4-39
現時点において、セブンルクス国内において個人で冒険者の店を営んでいる店主たちは、ほぼ全員といっていいほど『のらいぬや』に加盟している。
そして選択肢としてはシンプルだった。
『のらいぬや』の加盟を続けるか、否か。
しかしその結果としては待ち受けるのは『死』かもしれないほどに、重すぎる選択だった。
『のらいぬや』の加盟を続けた場合、問屋からは一切商品を仕入れられなくなる。
それは大きな問題であったが、それ以上に難題があった。
『のらいぬや』の加盟を続けるということは、勇者への敵意を明確にする行為となる。
個人商店たちは『のらいぬや』のアドバイスによって、近隣の『ゴージャスマート』に打ち勝ってきた。
これも敵対行為といえなくもないが、今までは資本主義に則った、表向きはあくまで健全な商売上での争いでしかない。
今までは混み合ったバーゲン会場で、偶然目を付けたセーターを、隣り合うボスママと奪い合うだけの間柄だった。
そのボスママ自身には敵意がなく、あくまでセーターが欲しいがために、そしらぬフリして引っ張っているというスタンスに過ぎない。
しかし仮に、そのボスママがこう言ったとしよう。
「そのセーターから、手を引け」
と……!
この例で例えるなら、『のらいぬや』との関係を続けることは、なおもセーターを引っ張り続けるにも等しい行為。
いやそれどころか、相手がボスママという立場を振りかざした以上、それを無視されてはボスママの沽券にも関わる。
ボスママの顔に向かって、唾を吐きかけるも同然……!
この究極ともいえる選択に、店主たちは苦悩する。
しかしある店主の勇気ある行動が、場の雰囲気を一変させた。
……ガッ!
と木箱の中にあった野良犬印の剣を掴み、かざしたのは……。
かつて消費期限のある高額商品を仕入すぎてしまったがために、危うく倒産に追い込まれかけた店主……。
そう『首吊り店』の店主、その人であった……!
「私はかつて高価な薬草の在庫を抱えすぎてしまい、さばききれずに首を吊ろうとしたことがある。
しかし踏み台を蹴飛ばす寸前で、ローンウルフさんに助けてもらったんだ。
そしてローンウルフさんが教えてくれたんだ。
高額の薬草を仕入れさせたのは、ゴージャスマートが仕掛けた罠であると……!」
ざわっ……! と周囲の店主たちがざわめく。
「そういえば、うちもそうだった……。
ゴージャスマートの嫌がらせで、チンピラどもを店のまわりに置かれたんだ……」
「うちなんか、夜の間に空き巣に入られかけたことがあるんだぞ!
それもゴージャスマートの差し金で、ローンウルフさんのおかげで未然に防げたんだ!」
「うちも、うちもだ!
ずっと嫌がらせされた相手がゴージャスマートとわかったのは、ローンウルフさんのアドバイスがあったからだ!」
「勇者たちは、真綿なんかじゃない……! 鉄条網で、俺たちの身体をがんじがらめにしていたんだ……!」
店主たちは次々と、木箱の中の武器を取る。
「ヤツらは汚い手をさんざん使ってきて、それでも勝てないとなると勇者の権限を振りかざすようなヤツらなんだ!」
「そうだ! たとえここでヤツらの言いなりになったとしても、嫌がらせは続くだろう!」
「なら、信じよう! 初めて勇者に勝つことを教えてくれた、ローンウルフさんに……!」
「『のらいぬや』軍団の結成だ! 俺たちは徹底的に勇者たちと戦うぞっ!」
「おおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
倉庫にいた店主たちの心はひとつになっていた。
すっかり野良犬のようなたくましい顔つきになり、遠吠えのような鬨の声とともに拳を振りかざしている。
そこに、オーナーがたくさんのグッズを抱えてやって来た。
「それじゃあみんなで、こちらの『のらいぬや』の店舗キットを使うというのはどうでしょう!?」
「オーナー、それは次の段階で提案しようかと……」
「もういいじゃないですか、ローンウルフさん! みなさん一致団結していますし!
このキットを使えば、お店があっという間に『のらいぬや』になりますよ!
欲しい方は、どうぞお持ちください!」
「おおっ、いいですな! ゴージャスマートが同じ看板を掲げているように、我も統一しましょう!」
「そうだ! それでこそ『のらいぬや』軍団というものだ!」
『のらいぬや店舗キット』というのは、店の看板に貼れる大判のシール、窓ガラスに貼れる小さめのステッカーそしてのぼりやスタッフ用エプロン、ぬいぐるみや着ぐるみなどのキャラクターグッズで構成されている。
いままでは『のらいぬや』は関係者たちだけが知る存在で、顧客の目に触れることはなかった。
しかしこのキットの登場により、『のらいぬや』加盟店であることがひと目で分かる。
ずっと路地裏に潜んでいた野良犬が、みんなの野良犬としてデビューした瞬間であった……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
問屋に取引中止宣告を送ったバンクラプシーは、病院のベッドで高笑いしていた。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!
きっと今頃『のらいぬや』は、加盟店解除の店主たちで大パニックだろうねぇ!」
「しかし思い切ったことをしましたね、問屋の流通をストップさせてしまうなんて……。
問屋との関係が最悪になったのではないですか?
それに現行の王室は、勇者を優遇して減税しくれています。
彼らの税収である個人商店を表立って攻撃するようなマネをしたら、憲兵局も黙っていないのでは……?」
「だから『最後の手段』だったんだよ、各方面を黙らせるの、大変だったんだからぁ!
でも問屋たちの減収については、ノータッチちゃんの作戦のほうでカバーできるっしょ!?
それでなんとかしようと思ってさ!」
「なるほど、だから『最後の手段』に出ることができたんですね。
で、実際には何店くらい『のらいぬや』の加盟店を脱退したんでしょうか?」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ! そう慌てなさんなって!
その結果なら、もうじきやってくると思うよ!
賭けてもいいけど、『のらいぬや』には1店も残ってないんじゃないかなぁ!?」
病室に、ひとりの部下が飛び込んでくる。
「たっ……大変です! バンクラプシー様っ!
『のらいぬや』の脱退店舗の数が判明したのですが、とんでもないことに……!」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ! お前もそう慌てんなって!
結果はもうわかってるよ、全滅だろ?」
「は、はい、全滅でした……!
ただの1店も、『のらいぬや』から脱退しておりません……!」
「えっ」





