98 ローンウルフ4-37
ノータッチは真相を突き止めたような名探偵のように、一気にまくしたてた。
「あのオッサンが目論んでいたのは、『ゴージャスマート』の転覆ではありません。
むしろあのオッサンが勇者になった以上、『スラムドッグマート』も『のらいぬや』も、すべて『ゴージャスマート』に変わることでしょう。
ということは、我々はあのオッサンの『かませ犬』にさせられているんですよ。
エヴァンタイユ諸国を制圧することにより、自分の実力をアピールし、さらなる出世を目論んでいるんです」
「そ、そういうことだったのか……!」
それはあまりにも荒唐無稽な思考であったが、相方のバンクラプシーには大いに響いていた。
なぜならば、彼も勇者であり、ある悩みを抱えていたから。
勇者にとっての共通の悩みのひとつ、それは……。
『外部に敵が、いないこと』……!
世界が勇者一強であるあまり抵抗勢力が存在せず、敵を倒すことによる手柄が立てられなかったのだ。
そのため勇者たちは内部に敵を求め、足の引っ張り合いをしている。
そう考えると、オッサンはいま最高の立場にいるといっていい。
『スラムドッグマート』や『のらいぬや』の力で、『ゴージャスマート』を血祭りにあげれば……。
既存の調勇者たちの無能さを、これでもかと証明できる。
あとは、オッサンの息のかかった店だけになったエヴァンタイユ諸国を、一気に『ゴージャスマート』に塗り替えれば……。
これ以上ないほどの、『有能』アピールができ……。
熾天級の就任早々に昇格という、離れ業をなすことができるのだ……!
これは、新しく部長に就任した者が、前任の部長の失態をダシにするようなものである。
そう、副部長コンビは今まさに、ダシにされようとしていたのだ。
グツグツと煮立つお鍋に放り込まる、昆布と鰹節のように……!
……さて、ここで既存の勇者たちであれば、どうしていただろうか?
昆布と鰹節は自分だけが助かろうと画策。
相方にすべての責任をなすりつけて鍋に突き落とし、自分だけが助かろうとしていただろう。
しかしこのふたりは、今までの勇者とは一線を画していた。
バンクラプシーはニヤリと笑う。
「なるほどぉ……。
それでノータッチちゃんのほうから、『最後の手段』を持ちかけてきたってわけだ」
「ええ。こうなった以上、我々が助かる道はひとつしかありませんからね」
彼らの思惑は一致していた。
昆布と鰹節は力を合わせ、人間に反旗を翻そうとしていたのだ。
その方法は、たったひとつ……。
『のらいぬや』と『スラムドッグマート』を、今度こそ本気でブッ潰すっ……!
オッサンは彼らにとっては上司であるが、今の状況であれば反逆の大義名分もある。
返り討ちにすれば、オッサンの野望は潰える。
そのうえ、勇者の座からも引きずり下ろせるかもしれないのだ。
バンクラプシーはいつもの調子で笑いながら、ベッドの上から手を差し出した。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!
それじゃあいっちょ、本気でやるとしますか!」
ノータッチもベッドから手を出し、それに応じる。
「ええ。我々を本気にさせたことを、後悔させてやりましょう」
ふたりのベッドは離れていたので、手は届かない。
しかし見えない握手は、しっかりと交わされていた。
バンクラプシーとノータッチは性格的には真逆であった。
かたやいい加減で大胆、かたや繊細で慎重。
それぞれが持つ強みも異なっていた。
バンクラプシーは、潰し屋で培った『人脈』。
ノータッチは新規開拓で培ったデータによる、土地ころがしで得た『金』。
決して相容れることはなかったが、自分に無いものを持つ同僚として、互いに認め合っていた。
バンクラプシーが創勇者で、ノータッチが調勇者という、担当区分が違っていたことも幸いしていたかもしれない。
いずれにせよ、とうとうふたりの切れ者は本気になった。
自分の持てる全ての力を出し尽くし、野良犬に立ち向かうことを決意したのだ。
ふたりはこう思っていた。
オッサンは、本当に自分たちのことを『かませ犬』だと思っているのだと。
このセブンルクス王国で9割のシェアを達成し、油断しているだろうと。
野良犬は知らずにいることだろう。
かませ犬の口の中には、とんでもなく鋭い牙が隠されていることを……!
とうとうその牙が、野良犬の首筋に……。
しかも両脇から、襲いかかるっ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
副部長コンビが企てた最大の反撃作戦。
それは誰しもが想像もつかないものであったといえよう。
しかしそれを実行するには、巨額の金と、膨大な人脈を必要とした。
前者はまず、ノータッチの担当であった。
ノータッチは自分たちの裁量で自由にできる『ゴージャスマート』の金を今回の作戦のために持ち出す。
それだけでは足りなかったので、自腹も切る。
土地転がしで得た貯金と、『大陸間鉄道』で買いあさった土地を当て込んで、銀行から借金をした。
そしてバンクラプシーもわずかではあるものの貯金をすべてはたいた。
さらに、今まで培ってきた人脈を駆使する。
『金』と『人脈』。
彼らがすべてを投げ打って行なったのは、なんと……。
セブンルクス王国と、ドッグレッグ諸国4国への、大規模攻撃作戦であった……!
まずセブンルクス王国へは、バンクラプシーの『人脈』がフル活用される。
彼はこんな一方的な通達を、国内の問屋へと送りつけた。
『今後一切、「のらいぬや」と関係する商店への商品流通を禁ずる』……!
もちろんこれは、ただのいち勇者の宣言にすぎないので、強制力などない。
問屋にとっては商売相手が減るので、ただ一方的に不利益を被るだけとなる。
しかし『潰し屋』の恐ろしさを知っていた問屋たちにとっては、有無を言わせぬ宣告でもあった。
守らなければ、潰される。
問屋たちは殻を閉じた貝のように、一斉に『のらいぬや』に対しての流通を打ち切った。
そして問屋から商品が仕入れられないとなると、冒険者の店にとっては死活問題。
いくら商売繁盛でも新しい商品がなければ、ゆくゆくは店の中はカラッポになり、売るものが無くなってしまう。
しかもドッグレッグ諸国からの輸入は今は厳しく制限されているので、ドッグレッグ諸国の『スラムドッグマート』から補給物資を送ることもできない。
通常から考えれば、一発で『詰み』の状態である。
これがバンクラプシーの差し金によるものだと知った途端、店主たちは青い顔をして『のらいぬや』の本部にに殺到、契約解除を申し出た。
オッサン、とうとうかませ犬に、手を噛まれるっ……!?
……とはならないのは、懸命な読者様ならすでにお見通しであろう。





