97 ローンウルフ4-36
『のらいぬや』の社員、ローンウルフ・ソルティドッグは……。
『スラムドッグマート』の社長、ゴルドウルフ・スラムドッグだった……!
ノータッチより衝撃の事実を聞かされたバンクラプシー。
彼の頭の中では、ピアノの鍵盤が乱暴にかき鳴らされたような旋律が鳴り響いていた。
……ガガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「な……なんだっ……て? それ、マジなの?」
震え声のバンクラプシーに、静かに頷くノータッチ。
しかし次に放たれたマヌケ声に、ノータッチは思わずずっこけてしまった。
「っていうか、それ誰だっけ? どっかで聞いたことがあるような……?」
「覚えていないのですか!? 『頸飾の授与』で選ばれた民間人ですよ!
それだけではありません! その正体は、我々の新人時代にいた平店員のオッサンですよ!」
ノータッチにとっては、それこそが衝撃の事実であった。
彼の頭の中では、今度こそ稲妻が落ちたような爆音が鳴り響いていた。
……ズガガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「な……なんだっ……て? それ、マジなの?」
その震え声は、今度こそ本物であった。
ノータッチは肩をすくめる。
「やれやれ、やっと思いだしましたか。忘れっぽいのは相変わらずですね。
『のらいぬや』を攻略するために、先方の社長を含めた社員全員の素性を調べさせたのです。
この報告を知ったときは、私も驚きましたが」
バンクラプシーはベッドのテーブルにあった水差しをひっ掴むと、コップにも注がずにいっきにあおる。
勇者専用病院の入院着であるガウンの袖で口を拭うと、いつもの飄々さを取り戻していた。
「うっひゃっひゃっひゃ! なるほどなるほどぉ!
どーりで俺たちの打ってきた手がぜんぶスカってたわけだぁ!」
「そうですね。あの男なら、私たちのやり方を知っていてもおかしくはありません」
「だよねぇ。当時、俺たちの躍進っぷりを目の前で見てたんだもんねぇ」
「ええ。これで『スラムドッグマート』がエヴァンタイユ諸国の小国で躍進した理由も明らかになりました。
あの男は、我々のやり方を模倣していたのです」
この副部長コンビは、新人時代にゴルドウルフから店舗の開拓と運営のノウハウを教わった。
いわば『ゴルドウルフルチルドレン』たちである。
その時に得た知識で、彼らは成り上がっていったのだが……。
その手柄はすべて自分たちの実力で、ゴルドウルフの存在は記憶の彼方へと飛んでいた。
そのため彼らは、自分たちのやり方をオッサンがパクったのだと思い込んでいたのだ。
本当は、逆だというのに……!
しかしその事を指摘したところで、彼らは……。
いや、多くの勇者たちは、決して認めようとはしないだろう。
なぜならば血統書付きの犬が、野良犬に芸を教わることなど、あってはならないからだ……!
バンクラプシーはふとあることを思いだし、「あれ?」と口にした。
「そういえばノータッチちゃんは新店舗の視察のときに、『のらいぬや』」の社長と会ったって言ってたよねぇ?」
「ええ。それがなにか?」
「だったらその時に、あのオッサンにも会ってたと思うんだけどなぁ?
なんでその時に、オッサンがゴルドウルフだって気付かなかったのぉ?
もしかしてノータッチちゃんもあのオッサンのこと、キレイさっぱり忘れてたんじゃないのぉ?
だったら俺のことは言えないよねぇ?」
「いえ、『のらいぬや』の社長と会ったときには、あの男はいませんでしたよ」
ノータッチはさらりとウソをついた。
彼は些細なことにプライドを感じる小さな人間であったのだ。
「ほんとぉ?」とさらに突っ込んでくるバンクラプシーをかわすために、話題を変える。
「私の話にはまだ続きがあります。
『のらいぬや』には、ゴルドウルフ以上に驚くべき存在がいたのです」
「えっ? あのオッサン以上に意外なヤツがいるの?
うっひゃっひゃっひゃっひゃ! そりゃないでしょ!」
「いいえ。聞いて驚かないでくださいよ。
『のらいぬや』の社長の正体はなんと……!」
……ドズガガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「なっ……なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
病室には、嵐が過ぎ去ったような静けさに包まれていた。
いやむしろ、これから嵐が訪れるかのような、不穏な静けさであった。
「なるほどぉ、そういうことだったのか……!
これで、すべてが繋がったな……!」
「そうですね。我々はようやく、彼らの野望に気付いたというわけです。
そして同時に……」
「俺らがいよいよ崖っぷちに立たされた、ってワケか……!
それも、マジなやつの……!」
「ええ。ゴルドウルフは純粋なる血筋ではありませんが、『熾天級』の勇者。
たとえ無能なのが明らかであっても、そうなってしまった事実は覆せません。
我々は、その無能なる上司を相手にしているのです」
この認識は厳密には誤りである。
ゴルドウルフは勇者の証である『頸飾』を受け取ってはいない。
なので、まだ勇者ではない。
しかしこの事実を知る者は、勇者組織の中にはいない。
なぜならば、授与を任されたグッドバッドが失敗の報告をしていないからである。
そのため、ほとんどすべての人間がこう思っていた。
『ゴルドウルフは熾天級の勇者となった』と……!
無理もない。
この世界の人間は、すべて勇者に憧れているものとされている。
宝くじの1等が当たったと知りながら辞退する人間がいないように、頸飾の授与を断る人間はこの世に存在しないと思われていたのだ。
そしてこの誤った認識が、多くの人間の不幸を加速させるっ……!
バンクラプシーはポンと手を打った。
「そうだ! なら、このことをブタフトッタ様にお伝えすればいい!
あのオッサンが『ゴージャスマート』に仇なす『スラムドッグマート』の社長だと伝えれば、頸飾の授与も取り消しに……!」
「いいえ。あのオッサンに頸飾を授与することを決定したのは、どうやらブタフトッタ様のようです。
ということは、組織の上層部はすでにその事実を知っていると思っていいでしょう」
「なんだって!? ってことは……」
「そうです……! 我々はあのオッサンに、『かませ犬』にさせられているんですよ……!」
彼らは、加速していく……!
待ち受けているものは破滅しかない、地獄のデス・ロードを……!





