96 ローンウルフ4-35
『ジャイアント・ゴージャスマート』崩落のニュースを、『のらいぬや』のオーナーは夕刊で知った。
そこにはちょうど、その場所に店を出すはずだった店主の姿も。
オーナーと店主は、神の予言を目の当たりにしたかのようになっていた。
「ま……まさか……まさかローンウルフさんのおっしゃっていたとおりになるだなんて……」
「な、なんで『ジャイアント・ゴージャスマート』が崩れるってわかったんだ!?」
「あの土地の地下は昔はダンジョンで、埋め立てられて今の更地になったんですよ。
封印されて二十年ほど経つのでモンスターはいないと思いますが、そもそも重さに耐えられる場所ではないんです」
「に、二十年も前にそんなことがあったんですか!? どうりで調べても出てこないと思いました!」
「なんでもう記録にも残っていないことを、ローンウルフさんは知ってたんだよ!?」
「それは、昔あのダンジョンに閉じ込められたことがありまして、覚えていたんです。
そんなことよりご主人、今回は協力していただき、ありがとうございました」
「いや、いいってことよ。
ローンウルフさんには今までさんざん世話になってたから、その恩返しさ
でもまさか、『ゴージャスマート』を潰すために、オトリの店舗を考え出すだなんて……。
しかもそれを地盤沈下させて、潰しちまうんだなんて……」
そう……今回の物件は完全なる『オトリ物件』……!
副部長コンビに盗ませ、多大なる費用と投じさせ、失敗させるための……!
「でもローンウルフさん、いくらゴージャスマートにやり返すからって、やり過ぎではないですか!?
勇者様だけならともかく、王族や貴族の人たちを巻き込むだなんて……!」
「その点については大丈夫です。
開店記念パーティは屋上で行なわれることを見越して、
下の階は崩れるとバラバラになって、クッションになるように設計しておきましたから」
「そんな設計が可能なんですか!? でもあれだけの事故で、死者が出ないわけが……!」
オーナーは責めるように言いながら新聞を掴む。
死傷者の欄を確認してみたが、死者は0名だった。
「えっ、ほ、本当に、誰も死んでないだなんて……!?」
それが当たり前のような素振りのローンウルフに、オーナーは血が沸騰するほどの興奮と、血が凍るほどの恐怖を感じていた。
まるで天使と悪魔に同時に出会ったような、不思議な感覚。
「その気になれば人間など、生かすも殺すも自由自在」のような、別格の存在に会ってしまったかのような……。
彼女とってはとてつもない、奇跡体験であった……!
しかしこの天使と悪魔のようなオッサンにとって、たったひとつの予想外の出来事があった。
いやオッサンにとってはむしろ、やっぱりそうであったか、と思わされる事態がひとつだけあった。
それは……。
またしても『回避』されてしまったこと。
いまの『デスまぎわノート』を開いてみると、
デスまぎわノート
ステンテッド
ボンクラーノ
シュル・ボンコス
グッドバッド
フォンティーヌ
バンクラプシー
ノータッチ
以前に新エントリーされた、ビッツラビッツの名が、消えている……!?
そう、ビッツラビッツは、『ジャイアント・ゴージャスマート』の開店記念パーティに招待されていたが……。
ドタキャンしていたのだ……!
実をいうとローンウルフにとって、副部長コンビはすでに眼中になかった。
狙ってたのは、国王とその派閥である王族。
それを開店記念パーティに引きずりだし、地盤沈下によって一網打尽にするつもりでいた。
殺さないまでも、重症でまとめて入院させれば、王室に反勇者派とはいかなくても、中立派の人物くらいは送り込めるだろうと思っていたのだが……。
しかし、その王将ともいえるビッツラビッツだけは、野良犬包囲網から逃れていたのだ……!
自らの、危機察知能力によって……!
野良犬……またしても王様ウサギを、取り逃がすっ……!
しかしいずれにせよ、セブンルクスのゴージャスマートはもはや虫の息。
この国の調勇者の頼みの綱であった巨人はあっさり倒れ、副部長コンビは入院。
市場はもはや、敗戦処理の様相を呈していた。
ゴージャスマート10 : 個人商店連合90
しかし……病院のベッドで向かいあった彼らの瞳は、まだ死んではいなかった。
むしろこの責任をどう取るのかでモメていた。
「バンクラプシーさんがへんな図面を持ってきたのがいけなかったんですよ」
「俺は図面を持ってきただけだよ!? 立地調査をするのは開拓担当の仕事でしょう!?」
「ぐっ、元はといえば、バンクラプシーさんが運営担当の仕事を怠ったからです!
きちんと経営指導をしていれば、野良犬に付け込まれるスキはなかった!」
「それだったら言わせてもらうけど、仕事を怠ったのはノータッチちゃんもそうでしょう!?
ここ何年も新しい店舗を出さずに、ずっとサボってたじゃない!」
「サボってたのではありません! 私には失敗は許されませんから、慎重に慎重を重ねていたんです!」
「やっぱり失敗したくなくてサボってたんじゃん!」
「違いますよ! バンクラプシーさんみたいに、いい加減じゃないだけです!」
「なんだとっ、このぉ!」
「お、お見舞いの果物を投げるだなんて……! えいっ!」
「いってぇ!? なにすんだよっ!」
とうとう夫婦喧嘩のように、手当たり次第にそばにあるものを投げ合うふたり。
パイナップルがザクッと頭にささり、ようやく大人しくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……こんな時に、ケンカはやめようや……」
「はぁ、はぁ、はぁ……そ、そうですね……。
ケンカをしたって、いまの事態が解決するわけでもありませんし……」
「う……うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!
そうこなくっちゃ!」
「そろそろ、以前言っていた『最後の手段』をやる時でしょう」
「ちょうど俺も同じことを考えてたころさ!
でもさ、そっちにもあるんでしょう? 『最後の手段』が……!」
「……まぁ、なくもないですけど……」
「やっぱりね! さすがはノータッチちゃん!
それってさぁ、どんなのなの?」
「本来は極秘でやるつもりだったのですが……。
今は勝手に行動しても、野良犬には勝てないことがわかりましたので、お教えしましょう」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! そうこなくちゃ! で、どんなの? どんなの?
「その前に、ひとつお知らせしておかなくてはならない事があります」
「なになに、もったいつけないでさぁ、早く教えてよ!」
「『のらいぬや』の社員、ローンウルフ・ソルティドッグは……。
『スラムドッグマート』の社長、ゴルドウルフ・スラムドッグなのです……!」





