93 ローンウルフ4-32
セブンルクス王国において、最大発行部数を誇る新聞『デイリー・セブンルクス』。
その一角には、『のらいぬや大特集』と銘打たれた記事が。
そこには『のらいぬや』と契約している店の主と、客である冒険者たちの笑顔が踊る。
『のらいぬやさんのおかげで、商売の楽しさを知りました!』
『のらいぬやさんのアドバイスの通りに経営したら、お客がどんどんやって来るんです!』
『ずっと細々とやってきたのに、こんなに増収増益できるなんて夢みたいです!』
『首吊り寸前だったのを、のらいぬやさんに助けてもらったんです!』
『のらいぬやさんのおかげで、2号店を出すことができました! こっちも順調です!』
本来であればここには、残飯に釣られた野良犬を棒で叩くような記事が載るはずであった。
しかし蓋を開けてみれば、野良犬を家に迎え入れるような、
大 ・ 歓 ・ 迎 っ……!
全国紙にこんなものが載ってしまっては、ひとたまりもない。
噂が噂を呼んで、国じゅうの個人商店の店主が『のらいぬや』の事務所に殺到。
「ぜひうちの契約もさせてくれ!」と、押すな押すなの大盛況に……!
『のらいぬや』は今までは店主に頭を下げて契約をお願いする立場であったが、完全なる立場逆転である。
さすがにローンウルフとはいえ、この大国すべての個人商店をいちどきに見ることはできない。
そもそもテコ入れしてもどうにもならない店もあるし、まずエージェントの数が圧倒的に不足している。
ローンウルフはやむなく審査という形で、契約店舗を選ぶことにした
「それではオーナー、部下のみなさんに指示して、契約店舗の選定にあたってください。
優先すべき条件としては……」
「はい、わかっています! 『経営がより逼迫した店舗』ですよね!?」
「そうです。必要とあらば、近隣に事務所を開設してもかまいません」
通常、コンサルティング側の立場からすれば、『より増収が見込める店舗』を選別すべきである。
しかしローンウルフは倒産の危機度合いを優先していた。
これを戦場の衛生兵で例えるなら、前者は優秀な兵士から順番に治療するようなもの。
後者は能力に関係なく、とにかく死にそうな兵士から治療するようなものである。
そう、ローンウルフはとにかく、『兵士の数』を維持することを優先したのだ。
これには人情的な理由もあるが、自力での店舗展開ができない『のらいぬや』にとって、個人商店というのはまさに『その地域で戦う兵士』に等しい。
兵士がいなくなってしまえば、その地域は『ゴージャスマート』に占領されたも同然。
戦闘能力のない衛生兵である『のらいぬや』では、その地域には手も足も出なくなってしまうからだ。
そして『のらいぬや』がセブンルクスにとってのジャンヌ・ダルクとなりつつあった頃……。
同時にこの国において、とある人物が指名手配された。
そう、シャキールである。
彼は例の記事を『デイリー・セブンルクス』に掲載したあと、消息を絶った。
指名手配したのはもちろんバンクラプシーであった。
彼は例の新聞を握りつぶしながら、こう叫んでいた。
「いままでこの俺を裏切った記者なんて、ひとりとしていなかったんだけどねぇ……!
この国は今、記者とはいえ国外に出ることはかなわないから、ヤツはぜったいにこの国に隠れているはず……!
今後のためにもコイツには、キッチリとオトシマエをつけさせてやらなきゃなぁ……!
うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
その頃、セブンルクス王国の国境。
国境警備にあたっていたふたりの兵士が、1台の荷馬車をあらためていた。
「おい、止まれ! 樽のようだが、中身はなんだ!?」
「はい、これは棺桶ですので、中に入っているのは死体です」
「し、死体だとぉ!? なんだってそんなものを持ち出そうとしているんだ!?」
「はい、私は憲兵局のエイトさんの『御用聞き』をしているローンウルフという者です。
死因が不明の被害者がおりまして、どうやら呪術による殺害のようなのです。
隣国には高名な呪術師がおりますので、その方に検死をお願いしようと思いまして……」
『エイト』の名を聞いて、ひとりの兵士は顔をしかめる。
「『かみそりエイト』か……ずいぶん面倒くさいヤツの荷物を止めちまったな。わかったから、さっさと行け!」
しかし、もうひとりの兵士は制止した。
「いや、待て! いくら『かみそりエイト』の使いとはいえ、規則は規則だ! 中をあらためさせてもらうぞ!」
「……よいのですか? 中に入っているのは、かなり強い呪術で死亡した者です。
呪術による死体は、見るだけで不幸が降りかかるといいます。触りでもしたら、とんでもないことになるでしょうね。
いまこうして棺桶のそばにいるだけでも、呪いが兵士さんたちに蓄積しているかもしれません。
私は対呪のお守り身に着けておりますので平気ですが、おふたりは……」
「ぐっ……!? わ、わかった、もういい! さっさと行け!」
……こうしてローンウルフは約束どおり、シャキールを国外逃亡させた。
馬車はそのままドッグレッグ諸国のロンドクロウへと向かう。
ロンドクロウ王都にある、とある噴水広場で馬車を停めたローンウルフ。
シャキールを棺桶から出し、こう言った。
「シャキールさん、噴水の前にベンチに座っているメガネの女性が見えますか?」
「ああ、すごい美人だな」
「彼女はこのロンドクロウにある新聞社、『デイリー・ロンド』の記者です。
このあとのことは、すべて彼女に任せてあります。
シャキールさんを『デイリー・ロンド』の記者として雇う話はつけてありますし、住まいも見つけてあります。
ですのでここからは、ひとりで行ってください」
「ああ、わかった。
すまないな、なにからなにまで」
「いえ。シャキールさんは約束を守りましたから、私もそうしたまでです」
「そうか……。あの、ありがとうな、いろいろあったけど、アンタには感謝してる。
『のらいぬや』の記事を書くのは最初は気が進まなかったけど、書いているうちに、若い頃の事を思いだしたよ。
今まで俺は勇者に尻尾をふって、真実をねじ曲げ、みなを悲しませる記事ばかり書いてきた。
久しぶりだったよ、取材したことを変えずに、ありのままを書いたのは。
それがこんなに楽しいことだったなんて……」
「そうですか。その気持ちを思いだしたのであれば、このロンドクロウではきっとうまくいきますよ」
「ああ、俺はもう、勇者の太鼓持ちはゴメンだ。
たとえ相手が誰であっても、真実を伝えてみせるさ」
「生まれ変わったシャキールさんの記事、楽しみにしていますよ」
ローンウルフに見送られ、噴水に向かって歩き出すシャキール。
その伸ばした背筋としっかりした足取りには、もはや何の迷いも感じられなかった。
『デスまぎわノート』に書かれていた彼の名前は、きれいさっぱり消えていたこことは言うまでもないだろう。





