91 ローンウルフ4-30
『ゴージャスマート コロシアム店』は、コロシアムの中にあるゴージャスマートのこと。
国内では最大規模の売り場面積と品揃えを誇る、超大型店舗である。
そして、売上もダントツであった。
なぜならば、数千人と所属する勇者や剣闘士たちが使う装備は、この店で賄われていたからだ。
そして同時に、このコロシアム店は難攻不落とされていた。
この店はコロシアム内にあり、コロシアムでは他のテナントが入るスペースなどない。
コロシアムの外に店を構えたところで、利便性では遥かに劣ってしまう。
そもそもゴージャスマートに牙を剥くような個人商店がいなかったというのものあるのだが、それらの理由で近隣に冒険者の店は一店も無かった。
これはショッピングモールのそばに店を出す者がいないのと同じ原理である。
しかしローンウルフは、この難攻不落と呼ばれたゴージャスマートの牙城を、陣という名の拠点も展開せずに、落としてみせたのだ。
これは言うなれば、戦国時代に近代兵器がタイムスリップしてきたようなもの。
戦国時代、城攻めをするには近隣に陣地を展開するのは必須のことである。
その陣がないということは、その城は誰からも攻められていないといっていい時代であった。
しかし、天守閣を突如として急襲したのだ……!
未知なる、鉄の鳥が……!
それほどまでの驚きを持ってして、コロシアム店の陥落は受け止められていた。
さて、ローンウルフは具体的にはどうやって、店もナシで国内最大店舗のシェアを奪っていたかというと……。
「こんにちは」
「ああ、ローンウルフさんか、そろそろ来る頃だと思っとったよ! 例の件だろ?」
「はい。首尾のほうはどうですか?」
「そりゃもう、こっちがたまげるくらいさ!
まさか本当にアンタの言うとおりになるだなんてな!
いったいどうやって、この男だらけのコロシアムに、あんなにたくさんの女性客を呼んでこれたんだい?
でもそのおかげで、だいぶコロシアムのイメージが良くなったよ!」
「そうですか。では約束のほうは守っていただけますね?」
「ああ、絶対に無理だと思ってた約束しちまったけど、ここまで見事にやられちゃ完敗だ!」
約束どおり、コロシアムで剣闘士たちが使う武器を、『のらいぬや』さんの紹介店舗から仕入れることにするよ!」
オッサンが剣闘士を雇ったのは、ゴキブリ退治のためだけではなかった。
なんと、コロシアムのオーナーと交渉しており、コロシアムのイメージアップに成功したら、剣闘士たちの武器を扱わせてもらう約束を、取り付けていたのだ……!
むしろこちらのほうが、本当の狙い……!
これは言うなれば、スリッパで叩き殺したゴキブリから、ゴキブリの巣を殲滅する薬を作り上げるようなものである。
それはまさに、劇薬であった。
難攻不落といわれたゴージャスマートの牙城を、ドロドロに溶かしてしまうほどに……!
『のらいぬや』は劇薬の効果によって、コロシアムのオーナーとの販売ルートを確保。
これは、『のらいぬや』の契約店舗にある在庫を、そのままコロシアムのオーナーに売るというものであった。
これりより、『のらいぬや』の契約店舗は、さらなる増収増益を果たす。
そして、ついに……。
ゴージャスマート50 : 個人商店連合50
互角までのシェアを、獲得するに至った……!
これには、さすがの副部長コンビも度肝を抜かれていた。
なにせ、ふたりの大将自らが最前線に出陣し、野良犬と丁々発止のやりあいをしているはずだったのに……。
大将ふたりは全力でぶつかっていたのに、野良犬は実は片手間で相手をしているだけで……。
野良犬の本命は天守閣で、大将ふたりが気付いたときには、すでにその天守閣には野良犬の手に落ちているようなものである。
「ちょ、これはどういうことなのですか、バンクラプシーさん! コロシアム店の売り上げが、半分以下に落ちてるだなんて……!?」
「いやぁ、コロシアムのオーナーが急に、剣闘士たちの装備をよそで調達するって言ってきてさぁ」
「まさか、そのよそというのは……!?」
「うん、『のらいぬや』がコンサルティングしている店みたいだねぇ!」
「ゴージャスマートはコロシアムのオーナーに対してだけは、特別に割引価格で譲っていたんですよ!?
その価格で個人商店が商売すると、間違いなく赤字になります!
となれば、『のらいぬや』は通常価格で販売していることになる……!
いったいどうやって、コロシアムのオーナーに取り入ったんでしょうか?」
「いやぁ、ぜんぜんわかんないけど、コロシアム店までやられちゃったら、こりゃもう、笑うしかないよね! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
彼らにはまだ、強がって笑うだけの余裕は残っていた。
しかしここに、まったく笑えない者が、ひとり……!
「ちょ!? バンクラプシー様っ!? 笑っている場合じゃないでしょう!?
早く、次の手を打ってくださいよ!」
「まぁまぁ、そんなに慌てなさんなって、シャキールちゃん」
そう、『デイリー・セブンルクス』の記者、シャキールである。
彼はローンウルフとの約束である、開店1ヶ月後の勝負期限を間近に控え、焦りに焦っていた。
このままでは、『のらいぬや』の記事を書かなくてはいけなくなってしまうからだ。
しかしそのことを、シャキールは副部長コンビには内緒にしている。
だからこそシャキールと副部長コンビの間には、もどかしいほどの温度差があった。
「次の手はいつになるんですか!? 明日ですか!? 明後日ですか!?」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! そんなにすぐには無理だって!
次はドカーンってデカイのをやるつもりだから、立案だけでもあと1週間はかかるかなぁ!?」
「そっ……そんなっ!? それじゃあもう間に合わないんですよ!」
「間に合わないって、なにが?」
「な……なんでもありませんっ! きょ……今日はこれで失礼しますっ!」
……もしこの世界に『デスまぎわノート』なるものがあったとしよう。
それは、『もうすぐ死ぬかもしれない』者の中が浮かび上がる、不思議なノートである。
死ぬといっても命を絶たれる本当の死だけではなく、社会的な抹殺も含まれているとしよう。
そのノートを開いてみると、1ページ目にはきっと、彼の名前が新たに加わっているに違いない。
デスまぎわノート
ステンテッド
ボンクラーノ
シュル・ボンコス
グッドバッド
フォンティーヌ
New:シャキール





