89 ローンウルフ4-28
バンクラプシーは息のかかったゴロツキどもを、『のらいぬや』の店の周辺に放つ。
この作戦は、バンクラプシーにとっては必殺といえるものであった。
なぜならば、『ゴキブリ』と例えられているほどに、駆除の難しい連中だからである。
もし彼らが反社会的組織に所属しているような連中であれば、話は簡単で、そのトップに働きかければよい。
しかし彼らは裏社会でも『ゴキブリ』と呼ばれて忌み嫌われている、はぐれ者たちである。
失うものなどなにもなく、衛兵に捕まって留置場入れられても、木賃宿にでも泊まるような感覚でしかない。
数日後にはまた涼しい顔で出てきて、嫌がらせを再開するのだ。
狙われた店にとってはたまったものではない。
駆除しても駆除しきれない、まさに『ゴキブリ』である。
しかしローンウルフは、このゴキブリどもをあっさりと撃退してみせた。
その対策はすでにご存じのとおり、コロシアムの剣闘士を、店員兼用心棒として雇うことである。
ゴキブリどもは例外なくコロシアムでの賭け試合に夢中になっており、剣闘士の強さも嫌というほど知っている。
そして剣闘士に対し、憧れのようなものを抱いていた。
剣闘士というのはゴキブリと同じ、失うものなどなにもない連中である。
しかも彼らは命までもを惜しくないかのように、日々、死闘に身を投じている。
どこの組織にも所属してないゴキブリたちは、ひとりでもいっぱしのワルを気取っているが、命まで賭けるつもりはない。
しかし剣闘士たちは、その命すらも人生のルーレット台に乗せて生きている、本物の一匹狼なのだ。
だからこそゴキブリたちは、狼に憧れる。
衛兵に悪を咎められても従わなかった彼だが、相手が狼となると話は別であった。
『のらいぬや』が剣闘士たちを雇用したとたん、周辺の犯罪指数が一気に激減する。
今まで人類誕生の有史から誰もなしえなかった、『ゴキブリの根絶』を果たしたのだ……!
しかし、疑問に思うことはないだろうか?
剣闘士を雇うだけでよいのであれば、それほど対策としては難しくないのでは、と。
でも考えてみてほしい。
剣闘士というのはあのゴキブリたちですら、『一匹狼』と形容し、怖れ崇めるほどの存在であることを。
それを飼い慣らすのがどれだけ難しいかは、もはや言うまでもないだろう。
それができるのは、この世界ではただひとりしかいなかった。
そう……! 一匹狼の中の、一匹狼……!
一匹狼っ……!
ローンウルフはコロシアムでの活躍を経て、一匹狼たちの信頼を勝ち得ていた。
鶴ならぬ狼のひと吠えだけで、集結させられるほどに。
さらにローンウルフには、こんな目算があった。
「剣闘士というのは剣だけで戦うわけではなく、興業主の要望に応じて様々な武器を使わなくてはなりません。
それらは多岐にわたり、なかには魔法を得意とする剣闘士もいるくらいです。
そのため、彼らは身を持って武器の良し悪しを体感しています。
冒険者の店の店員にとっては財産ともいえる、豊富な商品知識を持っているんです」
そう……!
あとは接客技術さえ教え込めば、これほど店員向けの人材もいない……!
しかしこれも、本来は狼に猿回しの芸を仕込むほどの無理難題であった。
それでもオッサンは、やってのけたのだ……!
さらに言うとこれは、当の剣闘士たちには大いに喜ばれていていた。
なぜならば、彼らは明日をも知れない身。
剣闘によってケガをした場合、何日も稼げない場合がある。
大ケガなどした場合は、下手をするとお払い箱になってしまうのだ。
さらに歳を取って引退する頃になると、もはや人気もない。
新人剣闘士のコーチ職という道もあるが、就ける者はひと握り。
ホームレスになってのたれ死ぬくらいなら、コロシアムで殺されたほうがマシなくらいであった。
そんな悲惨な人生において、『冒険者の店の店員』というのは、アルバイトとはいえ救いの神が舞い降りたようなものである。
なにせ店員であれば歳を取っても続けられるし、昔取った杵柄も大いに役立てる。
引退後の生きる道が見つかって、剣闘士たちはニッコリ。
ゴキブリを駆除してくれるうえに、商品知識が豊富な店員が雇えて、店主もニッコリ。
彼らは『のらいぬや』の仲介によって……。
まさに、Win・Winの関係を築きあげていたのだ……!
さて、そうなると対する勇者の店は、どのようなゴキブリ駆除対策を取っていたかといえば……。
なんと、また『のらいぬや』の丸パクリっ……!
しかし、今回は微妙なアレンジが施されていた。
これについては、バンクラプシーのある言葉を思いだしてほしい。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ノータッチちゃん、大事なこと忘れてない?
俺たちが何者かってのを……!
そう……!
俺たちは、『勇者』だよ……!」
そう、バンクラプシーが取ったゴキブリ対策は……。
『コロシアムにいる戦勇者を、用心棒として連れてくる』
というものであった……!
なにせバンクラプシーといえば、座天級の創勇者である。
それほど高位の勇者であれば、コロシアムにいる勇者モドキなど一声で引っ張ってこられる。
あとは彼らを用心棒として店のまわりに配置すれば……。
ゴキブリ駆除剤の、設置完了……!
バンクラプシーの打ったこの手は見事奏功。
ゴージャスマートのまわりからはゴキブリの姿は消え、客が一気に戻ってきた。
なぜならば、『のらいぬや』が剣闘士を雇ったおかげで、この近隣地域にはちょっとした『剣闘士ブーム』が起こっていたからだ。
高級住宅街に住む魔導女や聖女たちは、剣闘士に助けられたことがきっかけで、いままで近づきもしなかったコロシアムに応援に通うようになる。
そこに出ている勇者というのはいわばアイドル的存在、彼女たちは目の色を変えてゴージャスマートに押しかけたのだ。
ゴージャスマートは一気に復調を果たし、バンクラプシーとシャキール笑いが止まらなくなる。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!
『のらいぬや』はいままで争ったなかではいちばん強かったけど、やっぱり……。
この俺が本気になればこんなもんなんだよねぇ!」
「あっはっはっはっはっはっはっ!
さすがは『潰し屋』と呼ばれたバンクラプシー様っ!
このまま行けば、『のらいぬや』が詐欺だったという叩き記事が書けます!
そうなれば、『のらいぬや』はもう完全にオシマイですね!」
……本当に、そうなのだろうか……?





