86 ローンウルフ4-25
今回、『のらいぬや』が手がけた店は大通り沿いにあり、裏手には高級マンションがあった。
そして近隣には、その高級マンションに住まうお嬢様向けを対象とした聖女学校と魔導女学校がある。
そのため、客層としては男性3、女性7という割合であった。
女性客の内訳は、ほとんどが学生である。
店のほうも見習い聖女と魔導女をメインに品揃えをし、ゴージャスマートから客が流れてくるようになってからというもの、店内は毎日が花園のように華やか。
これにはオーナーも大満足。
店主にいたっては手のひらを返したように、野良犬様々であった。
「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど、『のらいぬや』さんの言うとおり、ここに店を出して良かったよ!
一号店に来る客は荒くればっかりだけど、ここは家賃が高いぶん立地もいいから、客層も上品だねぇ!」
そう、高級マンションが近くにあるので客層がいい。
来る客は裕福層がほとんどなので、商法を間違わなければ客単価も高くなる、という寸法であった。
そして商法については『のらいぬや』がついているので問題ない。
今回の出店に際しては外装から内装、そして扱う商品についてまで事細かななアドバイスを行なう。
ローンウルフはオッサンであったが、身近に若い聖女と魔導女がいるおかげで、そのあたりの勘所はじゅうぶんにあった。
おかげで、すべての歯車がガッチリと噛み合った理想的な店舗ができあがる。
それはゴージャスマートから流れてきた客をもガッチリと掴み、勢いよく回りはじめたのだ。
もはや向かうところ敵なしの同店であったが、ある日、歯車に挟まる異物のような、わずかな異変が起こった。
それは、オーナーがいつものように出勤している途中であった。
オーナーはいつもは『のらいぬや』の事務所に出勤しているのだが、『重要拠点』である店が軌道に乗るまでは、店のほうに直接顔を出すようになっていた。
その途中、店の前でたむろする若者たちを見つける。
彼らはこのハイソな場所には似つかわしくない、粗暴ないでたちであった。
タトゥーだらけの素肌に鋲のついた黒い革ジャンを羽織るだけという、いわゆる賊スタイル。
しかも開店前の店の前に座り込んで、ナイフや鎖をいじったりしている。
注意すると素直にどこかに行ってしまうのだが、しばらくするとまた戻ってきてたむろする。
それが店の前の大通りだけでなく、横道や裏道にまで及ぶようになった。
チンピラたちは道行く人たちに絡んだりはしない。
ただただ、絡みつくような視線を投げつけるだけ。
しかしどんなに美味しそうな食べ物でも、そばにゴキブリがいたら台無しになる。
たとえその食べ物に、ゴキブリが一切触れていないとしてもだ。
それと同じで若い女性たちを引きつける店構えも、ゴキブリのような革ジャンを着たチンピラたちのおかげで、客はみるみるうちに少なくなっていった。
そう。
もはや言うまでもないかもしれないが、このゴキブリたちはバンクラプシーが送り込んだものである。
バンクラプシーの巧妙な点は、ゴキブリたちに「何もさせない」ことであった。
ゴキブリが店に手を出すようなことがあれば、排除できる口実を与えてしまう。
しかし何もせずにそこにいるだけでは、彼らもいちおうセブンルクス市民なので法によって守られる。
そう、『潰し屋』はゴキブリの最大限の活用法を知っていたのだ……!
オーナーと店主は何度も衛兵に訴えたのだが、「彼らはなにもしていないから」と取り合ってくれない。
もちろんこの衛兵も、バンクラプシーに抱き込まれたあとの者たちである。
衛兵たちは市民に直接的な被害が及べばさすがに動かざるをえないが、そうでなければいくらでもスルーができる。
衛兵にも『動かないだけの口実』をちゃんと与えてやっているのが、『潰し屋』のさらに巧妙なところであった。
そして衛兵が頼れないとなると、個人商店のレベルではもはやどうしようもない。
さらにいつもであれば狼よりも迅速なずのローンウルフも、今回は何もしてくれなかった。
オーナーと店主はたまらなくなって、ローンウルフに詰め寄った。
「ローンウルフさん、どうして何もしようとしないんですか!?」
「店のまわりにはチンピラだらけだ! このままじゃ、客が怖がってひとりもいなくなっちまよ!」
「ふたりとも落ち着いてください。
外にいる者たちは、『ゴージャスマート』が送り込んだ者たちででしょう」
「ええっ、ということは、勇者様があんな悪そうな人たちと繋がってるっていうんですか!?」
「勇者様がそんなことをするわけがないだろう!
それに、いずれにしたってウチの店がピンチなのは変わりないんだ! どうしてくれるんだよ!?」
「そうですよ、ローンウルフさん! 早くなんとかしないと大変なことになります!」
「慌てる必要はありません。今のままで大丈夫です」
「今のままで大丈夫だってぇ!? 客は目に見えて減ってるんだぞ!?」
「はい、このままいけば客は確実に落ち込み、ゴージャスマートに流れます。
しかしそれはセールの時と同じ一時的なもので、いずれは客足が回復します」
「それはもしかして、ゴージャスマートが客を取り戻したら、外にいる悪い人たちがいなくなるということですか!?」
「いえ、ゴージャスマートは今回、徹底的にこの店を潰しに来ているようです。
完全にこの店が潰れるまで、外にいる悪い人たちはいなくならないでしょう」
「なんだってぇ!? それじゃ、どうしようもないじゃないか!?
あっ、やっぱりシャキールさんが言っていたように、『のらいぬや』は詐欺だったんだな!?」
「ご主人、落ち着いてください。シャキールさんが取材に来るまでまだ3週間ほどあります。
それまでにはゴージャスマートはゴキブリによって、完全に潰れてしまうでしょう」
「えっ!?」
それは、聞き間違えかと思うくらいに信じられない一言であった。
なぜならばゴキブリはこの店のまわりにしかおらず、離れたところにあるゴージャスマートには1匹たりともいない。
苦しめられているのはこの店だというのに、なぜ、ゴキブリがいない側のゴージャスマートが潰れるのか……。
それは、『風が吹けば勇者が死ぬ』と言っているのと同じくらい、理解しがたいことであった。





