85 ローンウルフ4-24
セブンルクスの大手新聞のひとつである、『デイリー・セブンルクス』。
その新聞社に所属するシャキールは、若手ながらも次期編集長ともいわれるほどの敏腕記者であった。
彼は同誌に週一で掲載されている人気コーナーである『話題の店』の記事を一任されており、そこで事あるごとに『ゴージャスマート』への提灯記事を書いていた。
それがバンクラプシーの目に止まり、今ではセブンルクスにおける『ゴージャスマート』のお抱え記者と呼ばれるほどに気に入られていた。
ゴージャスマートの新装開店の際には必ず記事として取り上げており、このセブンルクスに久々に新装開店した3階建ての大型店についても大々的に、そして全面的にバックアップしていた。
その店は『話題の店』として取り上げた時点では、多くの客が訪れていたのだが……。
前述の直射日光の要因により、その客はすべて向かいにある、野良犬の息がかかった店に奪われてしまった。
そこでバンクラプシー一計を案じ、シャキールを招集する。
そしてこう命じたのだ。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!
前回は『のらいぬや』にしてやられちゃったけど、次の店では万全の体制で勝つつもりなんだよねぇ!
でも1回勝ったところで、『のらいぬや』はまた別の店をけしかけてくると思ってさぁ!
そこでシャキールちゃんにお願いがるんだよねぇ。
次の店の勝負で『ゴージャスマート』が勝った時点で、『のらいぬや』を叩く記事を書いてもらえるかなぁ?
『個人商店を狙った詐欺集団!』とかなんとかいってさぁ!
そしたら『のらいぬや』の評判は地に堕ちて、もう二度と歯向かってこれなくなるんだよねぇ!」
その申し出をシャキールは快く引き受ける。
「任せてください、バンクラプシー様!
次回の『話題の店』では趣向を変えて、『のらいぬや』が詐欺集団であることを告発してやりますよ!
『のらいぬや』の悪評は国じゅうに知れ渡り、野良犬は路地裏から二度と出てこれなくなるでしょう!」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 頼もしいこと言ってくれるねぇ!」
「あの、そのかわりといってはなんですが、もしうまくいったら……」
「わかってるって! 『デイリー・セブンルクス』の社主とは知り合いだからさぁ!
編集長をシャキールちゃんにすげ替えるように言っとくって!
ただしそれは、『のらいぬや』が再起不能にできたらの話だよ?
だからさぁ、気合い入れていい記事書いてよね!」
そんなこんなでシャキールは気合いを入れて、『のらいぬや』の息がかかった店主に近づき、懇意となる。
それから『ゴージャスマート』は開店し、最初のセール期間中は圧倒的大差を付けることに成功した。
あとは『のらいぬや』のアドバイスに従って出店した店主を被害者に仕立て上げ、記事にするだけであった。
しかし例の『契約書』の話がローンウルフから持ちかけられた。
そこでシャキールは目がくらんでしまった。
「『のらいぬや』に独占取材ができたら、それはスキャンダルとしては決定的なものとなり、記事の説得力としては段違いとなる……!
そうなれば『のらいぬや』は完全に、再起不能に……!」
彼は想像していた。
フラッシュライトを浴びながら、深々と頭を下げるオーナーとローンウルフの姿を。
ローンウルフの頭頂部が薄くなっているところまで、鮮明に。
「あっ!? ローンウルフさん、ハゲ散らかしちゃってるじゃないですか!?
もしかして詐欺がバレたストレスで、そんなになっちゃったんですかぁ!?」
シャーキールの想像インタビューは、ローンウルフのハゲいじりにまで及んでいた。
もはやその記者会見が訪れない未来など、彼には存在していない。
「勇者様ですら手こずった野良犬を俺のペンと力でズタズタにしてやれば……!
俺はこの若さで、編集長に……!
いいや、勇者を救った伝説のジャーナリストになれるんだ……!」
そんな皮算用があったため、彼は一も二もなくローンウルフと契約を結ぶ。
負けたら、勇者のライバルである『のらいぬや』の店を持ち上げる記事を書かなくてはいけないが、それは『絶対にない』と信じ切っていた。
勇者の『絶対』は、それまでは『絶対』であった。
しかしある日を境に、それは『絶対』ではなくなる。
それは、オッサンが煉獄から戻った日から……!
カムバック・オッサン……!
ビフォア・オッサン……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シャキールは半泣きでゴージャスマート本部に駆け込み、副部長室でバンクラプシーに泣きついていた。
「ば、バンクラプシー様っ、この勝負は絶対に勝つはずじゃなかったんですか!?
それなのに『のらいぬや』の店のほうが大繁盛してるじゃないですか!?」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!
なんかさぁ、またしても『のらいぬや』のほうに客が流れちゃったんだよねぇ!
いまノータッチちゃんと原因を調べてるんだけどさぁ!
ノータッチちゃん、なんかわかった?」
「前回の出店対決では直射日光が原因であるというのがわかりました。
でも今回ばかりは、いくら現地に赴いて調査しても、手がかりすら掴めない状況が続いています」
「そ、そんな……!」
「まぁ、調べてるからもうちょっと待ってよ、シャキールちゃん!
一ヶ月もすれば原因も見えてくると思うからさぁ!」
「いっ、一ヶ月!? そんなに待てません!」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! どうしちゃったのさ、そんなに慌てて!
敏腕記者のシャキールちゃんらしくないねぇ!」
「そ……それは慌てますよ!
開店一ヶ月後のあの店が、大好評だっていう記事を書くつもりだったんですから!」
「『話題の店』の記事でしたら、問題が解決するまで、別の店を紹介していればいいでしょう」
シャキールは例の『契約』のことを、この副部長コンビには話していない。
なぜならば『契約』で独占取材をしたのでは、ジャーナリストとして格好がつかないと思っていたから。
表面上はあくまで、彼の記者の才能があったから独占取材をなしえた、という体にしておきたかったのだ。
そして口が裂けても言えなかった。
このままでは『話題の店』で『のらいぬや』の店を紹介しなくてはならないということを……!
シャキールの苦悩を知ってか知らずか、バンクラプシーは相変わらずのバカ笑い。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!
いずれにしてもちゃんと手は考えてあるって!
今回はノータッチちゃんが珍しく全力でやってくれてるから、こっちも少しはマジになろうと思ってねぇ!」
「失礼な。私はまだ半分の力も出していませんよ」
「そうなんだ!? んじゃ、こっちもマジになるのはもうちょっと後にしよっかなぁ!」
「そ、そんな、バンクラプシー様!?」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 冗談だって、シャキールちゃん!
もう手は打ってあるって! いまごろは『向かってる』んじゃないかなぁ!?」
「つ……ついにバンクラプシー様の『潰し屋』の本領発揮というわけですね!?」
「そういうコト! まぁ見てなって! 一ヶ月もしないうちに、『のらいぬや』の店はスッカラカンになるからさ! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」





