83 ローンウルフ4-22
結局、今回もノータッチと『のらいぬや』の需要はバッティングしなかった。
ノータッチは店の入り口が左側にあるB店を借り、『のらいぬや』に勧められた店の主人は、店の入り口が右側にあるA店を借りた。
そして勇者と野良犬の出店対決の第2ラウンドの準備は整った。
今回は前回の対決のように、お互いの店は近くなかった。
どちらも店は大通り沿いにあるのだが、それぞれが区画の両端に位置していたため、それなりに離れている。
店の裏通りには高級マンションが建ち並んでおり、大通りの客と高級マンションの客、両方の需要を見込むことができた。
ノータッチはバンクラプシーと協力し、急ピッチで開店準備を整える。
ふたりとも今回は絶対に負けるわけにはいかないと、『万全の体制』を整えて開店にあたった。
蓋を開けてみれば、やはり序盤は開店セールの優位性もあって、『ゴージャスマート』に客が詰めかけた。
前回のように、目の前にライバル店があるわけではないので、『のらいぬや』の店は閑古鳥というわけではない。
しかし同じ区画にあるせいか大幅に客を奪われ、出足は鈍かった。
店主はたまらずオーナーたちに詰め寄る。
「おい! あんたたちが勧めたからここに2号店を出店したんだぞ!?
それなのにぜんぜん客が来ないじゃないか!? これじゃ、1号店以下だ!
もしこの店が潰れるようなことがあったら、知り合いの記者にぶちまけてやるからな!
『のらいぬや』は詐欺だって!」
今回の勇者たちは、『万全の体制』を敷いていた。
またしても『のらいぬや』と競合するとわかった途端、バンクラプシーは息のかかっている新聞記者を、ライバル店となる店主に接近させていた。
偶然を装って知り合った記者と店主。
記者が「よかったら2号店の記事を書きましょうか?」と言えば、店主はあっさり飛びついた。
「いやぁ、新聞で取り上げてくれるなら、千客万来間違いなしだよ!」
ここで記者に悪評を書かせるという手もあるのだが、そうはしなかった。
なぜならば勇者たちのターゲットはライバル店を潰すことではなかったからだ。
記者が幸先のいい記事を書けば、記者と店主はさらに懇意の仲となるだろう。
そしていざ開店したはいいものの、客はゴージャスマートに奪われてしまった。
そんな時に、記者が店主にこう持ちかける。
「おかしいなぁ、新聞で取り上げれば大繁盛のはずなのに……。
もしこのままうまくいなかったら、仇を取らせてもれえませんか?
『のらいぬや』がこんな詐欺まがいのことができないように、うちの新聞で徹底的にこき下ろしますから。
そうなれば一大スクープになるから、協力してくだされば、赤字が少しは埋め合わせできるくらいの謝礼は払わせていただきますよ」
勇者たちはもう勝つつもりで話を進めていた。
そして『のらいぬや』の手がけた店舗が失敗した時点で店主をけしかけ、記者の前で騒がせる。
赤字を埋め合わせられるほどの謝礼が貰えるのであれば、店主は喜んで連呼するだろう。
「のらいぬやは詐欺だ!」と。
あとは『のらいぬや』が失敗したという事実を、これでもかと喧伝すれば……。
『のらいぬや』を頼る個人商店は、もはやいなくなるであろう。
そう……!
勇者たちはこの戦いで『のらいぬや』を完全に潰そうとしていたのだ……!
新聞に訴えると騒ぎたてる店主をなだめるため、ローンウルフはこんな提案をせざるをえなくなってしまった。
「店主さん、落ち着いてください。『ゴージャスマート』のセールが終われば客は必ずこちらに流れてきますから」
「そういって誤魔化そうったってそうはいかないぞ!
さっき知り合いの記者を呼んだばかりなんだ! あんたらの真写を撮って、詐欺だって記事にしてもらうつもりでな!」
そしてやってきた記者が店主に加勢する。
ローンウルフはふたりに向かって言った。
「では、こうしましょう。
セールが終わるまで待っていただけるなら、セールが終わって1ヶ月後に、そちらの記者さんに『のらいぬや』の独占取材を許可します
我々を取材していただいて、好きなように記事にしてくださって構いません」
それを聞いた記者は、フンと鼻を鳴らした。
「俺はアンタらみたいな詐欺集団をさんざん飯のタネにしてきたんだ。
だから、手口はお見通しだぜ。
そうやってうまいことを言って、夜逃げするつもりなんだろう?」
「それでは契約書を交わすというのはどうでしょうか?」
「契約書だと?」
「はい。魔蝋印と魔血筆入りの、もっとも効力が強い契約を交わすのです。
それを破るようなことがあれば、憲兵局に訴えることができます。
この国であれば、どこに逃げてもすぐに捕まるでしょう」
セブンルクスから逃げ出すという最終手段もあるが、現時点では国境は厳しく管理されているので、国外脱出は考えにくい。
取材の契約書というのは前代未聞であるが、交わせば絶対に取材を受けなくてはならない。
しかし提案された記者はベテランだったので、すぐに不自然な点に気付いた。
「そんな契約をしたら、アンタらが一方的に不利なだけだろう」
「いえ、不利ではありません。なぜならば契約書というのは双方に権利を与え、制限を課すものだからです。
契約が成立した場合、セールが終わった時点で私どもは取材を受けなくてはなりません。
しかし同時に、あなたは取材を行ない、『ありのままを新聞記事にしなくてはならない』のです」
「あっはっはっはっ! なるほど、そういうことか!
アンタらはこれだけ赤字を出しておいてなお、『ゴージャスマート』に勝つつもりでいるんだな!」
ローンウルフの狙いは、商戦の結果がどうあれ、記者は取材をし、ありのままを新聞記事にしなくてはならない、という点にあった。
これがどういうことかというと、セールが終わってもなお客足が伸びない場合は、『のらいぬや』は取材を受け、その失態を余すことなく記事にされてしまうのに対し……。
逆に客足が伸びた場合は、『のらいぬや』が起こした奇跡が、記事になるということだ……!
記者はその提案を飲み、契約を取り交わした。
記者には絶対なる自信があったのだ。
――このオッサン、大した自信だが……。
バンクラプシー様とノータッチ様という、ふたりの調勇者様を相手にして、勝てるわけがないじゃないか……!
現に『ゴージャスマート』は開店当初から、この店にずっと大差を付け続けている……!
本当は、負けた店主のインタビューだけで記事を作るつもりだったんだが……。
張本人である『のらいぬや』の独占取材ができれば、記事のインパクトは段違いだ……!
そんな大将の生首を晒すような記事を載せられれば……。
きっとバンクラプシー様も、大喜びしてくださるに違いないぜ……!
この俺は過去幾度となくバンクラプシー様に頼まれて、『潰し』を手伝ってきてるんだ……。
そんな俺に、『絶対に新聞記事にする』なんて契約を持ちかけるだなんて……。
マヌケなオッサンだぜ……!
取材してやるよ、そのマヌケ面を、たっぷりとな……!





