80 ローンウルフ4-19
『ゴージャスマート』の3階建ての店舗の窓すべてに、ブランドが降ろされた。
その時点でオーナーは「あっ」と声をあげる。
「お店の中が、まったく見えない……!?」
「そうです」と頷くローンウルフ。
「ブラインドを降ろしてしまうと、外から店の中がまったく見えなくなります。
中が見えないお店というのは、お客様からすればどうしても入店を戸惑ってしまうものです」
「は、はい! 私も見たとたんに思いました! 『こんな店、入りたくない』って!
あれじゃ冒険者の店じゃなくて、まるでオバケ屋敷みたいです!」
その心理的圧迫感はかなりのものであった。
オーナーがこの速さでヤバさに気づけたのは、ひとえに3階という高さから、俯瞰的な立場で見ることができたからであろう。
しかし中にいる店員たちは気付いていない。
自分たちがまわりからドン引きされるほどのモノを作り出していることに。
さらに悪循環は続く。
そしてブラインドを降ろすと店内は自然光が入らなくなるので、人工の明かりが必要となってくる。
しかし店員たちは光熱費を節約するために、客がいないフロアは明かりを灯さないのようにした。
すると入り口という、わずかに店内が見える場所からも、真っ暗闇に……!
暗い店というのはバーの雰囲気づくりなどにはもってこいだが、活動的なイメージのある冒険者の店には適さない。
もはや完全に縁起の悪い店という評判が広がり、ほんのわずかに残っていた客たちも離れてしまった。
とうとう中身だけでなく、外見まで『ゴーストマート』となってしまった……!
当然、さらにシェア減っ……!
ゴージャスマート65 : 個人商店連合35
ここでようやく、ノータッチは経営悪化の改善施策を打ち出す。
それは勇者が大好きな、『高級路線』化……!
利益率の高い高額商品を並べ、客単価の向上を狙ったのだ。
そうなると当然、暗いイメージを払拭するため、ブラインドはすべて取り払われることとなる。
この時には直射日光による暑さが客離れの原因だと分かっていたので、最新式の魔導冷却装置を導入。
今でいうところのクーラーをガンガンに効かせ、涼しい店内で買い物ができるようにした。
当然それらの費用は商品の値段に上乗せされることとなるのだが……。
とにもかくにも徒花だったゴージャスマートは、開店してすぐにリニューアルオープンという暴挙に出た。
さらにノータッチは直射日光を逆に利用し、宣伝文句に使う。
天上のように光あふれる空間で、神々しい逸品をあなたに。
『光のゴージャスマート』新装開店……!
陽光を受けてさらに輝きを増す商品を取りそろえ、店内を華美に彩った。
すると、かつては『ゴーストマート』であったことがウソのような光を大通りに振りまきはじめる。
対面の店舗で眺めていたオーナーは、思わず目をしばしばさせていた。
「うわぁ、見てくださいローンウルフさん。お店の中が、まるでプリズムみたいにキラキラしてますよ
もしかしてこれって、ウチとしてはピンチなんじゃ……?」
「大丈夫ですよ。このお店は高級路線ではないので、顧客はバッティングしません。
それにこれは、最後の段階といっていいでしょう」
「えっ!? もしかしてこうなることまで予想済みだったんですか!?
それに、最後の段階って……!?」
「これからあのお店は、立ちゆかなくなるほどの大きなダメージを受けます。
ひとつの店が誕生し、どのようにして滅んでいくのかを、この場所からしっかり観察して、学んでくださいね」
店舗経営のノウハウどころか、いよいよ生物の先生のようなことを言いだすローンウルフ。
オーナーは急に、目の前にある勇者の店が、水槽のなかの蟻の巣のように見えはじめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ローンウルフの言う『立ちゆかなくなるほどのダメージ』。
それはすぐにはわからなかったが、着実なものであった。
『アリンコマート』には連日多くのセレブたちが訪れ、買い物を楽しんでいた。
店内はまぶしいのでサングラスの着用を義務づけられていたのだが、それがアトラクション的で楽しいと新聞は書き立て、行列ができるほどの大盛況となる。
しかししばらくすると、利用客たちが怒りの形相で再来店したのだ。
「ちょっとぉ、この杖、すぐにボロボロになったんだけど!?」
「この魔導書、黄ばんでて読めたもんじゃないわ!」
「このポーション、へんな味がするわよ!? 腐ってるんじゃない!?」
優良顧客だったセレブたちは一転、クレーマーとなって『アリンコマート』に牙を剥いた。
まるで天敵に遭遇したアリのように、セレブたちに囲まれたじろぐ店員たちを見て、対岸のオーナーはつぶやく。
「ゴージャスマートの品物は、ぜんぶ粗悪品だった……!?」
「いえ、もともとはそれなりの製品だったのです。
でもあの店に並べた途端、粗悪品になってしまいました。なぜだかわかりますか?」
それはオーナーにもすぐにわかった。
「あっ……! もしかして、直射日光に晒されていたから……!?」
「そうです。直射日光と潮風というのは、商品に思わぬダメージを与えます」
太陽光線の恐ろしさは、この惑星固有のことではない。
ここではない日本という土地にある、神田神保町。
そこにある古本屋はすべて南側に位置しているのだが、それは太陽光線から本を守るための知恵である。
この事実を知ったとたん、オーナーのなかにわだかまりのように残っていた、すべての疑問が解けた。
まさかローンウルフは、直射日光による短期的な事柄だけでなく、ブラインドのデメリットどころか……。
長期的な影響まで見通して、南側の店舗を選んでいたとは……!
そしてなおいっそう、目の前にいるオッサンに戦慄したのは言うまでもない。
しかしひとつだけ、わからない謎が残っていた。
「あの、ローンウルフさんは私に、太陽光線に悩む店舗があった場合、どのようなアドバイスをすればいいかってクイズを出しましたよね。
それって、結局どんなアドバイスをしてあげるのが正解だったんですか?」
「そのことですか。それは簡単ですよ、『リスポット』です」
『リスポット』というのは現在の立地での営業をやめ、よそへの移転を勧めることである。
「り、リスポット……!? でもそれでは、店主さんにかなりの負担になりませんか!?」
「ええ。でもそれが一番なのです。いろいろな小細工をしてお客様を呼ぶことはできますが、相手が自然現象ですので、根本的な解決にはなりません。
そういう場合はいちはやく移転を勧め、被害を最小限に抑えることが、私はいちばんだと思っています」
そう……!
今回の出店勝負は、北側の店舗を選んだ時点で、すでに終わっていたのだ……!
店舗の契約時、きっとオッサンからは、ノータッチのことがこう見えていただろう。
「それではこの大通りという名の人波で、競泳勝負といこうじゃないか! お手並み拝見させてもらうよ、野良犬くん……!」
と、インテリ勇者がひとりで裸になって、飛び込み台から飛び込んでいった先は……。
三途の川っ……!
しかもその川は地獄に向かっているというのに、最速の泳法であるクロールでっ……!
この先はさも天国に続いているかのようなドヤ顔で、息継ぎをしていたのだ……!





