79 ローンウルフ4-18
セブンルクス王国において、『ゴージャスマート』久しぶりの新規開店。
しかも3階建ての大型店とあって、注目度はかなりのものであった。
開店イベントには多くの王族たちが訪れ、誰もが向かい側に同時オープンした個人商店をディスり、笑いを誘った。
しかし蓋を開けてみれば、なんということだろう。
もはや国内最大規模の『ゴーストマート』に……!
同店は同国において、完全なる徒花となってしまった。
店長を始めとする店員たちは、地域の店長たちが集まる会議でも針のむしろ。
「あの店さえ出来なければ、うちの地域は国内で売上トップだったのに……」
「ひとりでこの地域の足を引っ張りやがって……」
「まったく、あんな大型店、さっさと潰してしまえばいいのに……」
この店でこの国のゴーストマートの5パーセント近いシェア減を叩き出すまでに至ったのだが、同店は潰されることはなかった。
理由は前述のとおり、ノータッチの戦歴に傷が付いてしまうからである。
ここからさらに暑い季節になってきて、あの店はさらなる直射日光に晒された。
じりじりとした暑さが窓から抉りこんできて、店内は灼熱状態。
もはやサウナかと思うほどの店内に、客はひとりもいなくなってしまう。
店員たちはとうとう、暑さで幻覚を視はじめる始末。
蜃気楼のように揺らぐ店内のなかで、彼らはついに聴いてしまった。
『コロシテ……コロシテ……』
店の、悲鳴をっ……!
「うっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ひとりの店員が狂ったように窓際に掛けより、手にしていた布を窓にあてがった。
それを、他の店員たちが羽交い締めにして止める。
「な……なにをしてるんだっ!?」
「は、離せっ! ぶ、ブラインドをっ! ブライドを付ければいいだけなんだっ!
それだけでこの忌々しい日差しとはオサラバできるんだっ!
なのに、なのにっ……!」
「しょうがないだろうっ! この店舗は重要拠点とされていて、レイアウトひとつ変えるにも副部長の承認が必要なんだっ!」
「でもその副部長たちは、涼しい室内でのんびりやってるんだろっ!?
俺たちがこんな目に遭っているとも知らずに!」
「そ、そうだ! 新規開店の担当者たちが協力してるっていうけど、ヤツらは店に一度も来たことがねぇ!
ヤツらは一度開店さえしちまえば、あとはどうでもいいんだっ!」
「こ……こうなったら……! 俺たちだけで、勝手にやろうぜ!」
すると、ちょうどその場に居合わせた運営担当たちが止めに入る。
「おいお前たち、やめろっ! 重要拠点の勝手なレイアウト変更は、重大なる就業違反となるんだぞっ!」
「うるせぇっ! どうせ失敗しても、お前たちは責任を取ってくれないだろうが!」
「会議でも吊し上げられるのは俺たち現場の人間なんだ! お前たちは知らん顔してやがって!」
「こうなったら、勝手にやらせてもらうっ!」
「そうはさせるかっ! おいっ、力ずくでも止めるぞっ!」
……『誰の責任か』。
これは組織においてはとても重要なこととされている。
そしてこの扱いがどのようなものかによって、その組織の体質が知れる。
特に『失敗の責任』をどう扱うかによって、その組織を決定付けているといってもいい。
『失敗は許されず、万死に値する』
こんな組織においては、失敗は他のなにをさしおいても、してはいけないこととなる。
そんな組織は、どうなるかというと……。
まず挑戦をする者がいなくなり、誰もが安全確実な仕事しかしなくなってしまう。
そして失敗したが最後、始まるのは責任のなすりあいである。
余談ではあるが、かつてローンウルフの指示を無視し『首吊り店』に話を持ちかけたエージェントは一切の責を問われなかった。
なぜならばそのエージェントは、泣きながらこう述懐したからだ。
「すみません、オーナーっ、ローンウルフさん! 俺、お客さんの笑顔が忘れられなかったんです!
俺のアドバイスで店にお客さんがたくさん来て、みんな笑顔になってくれるのが、嬉しくって……!
売れている商品が品切れだったら、お客さんはがっかりしてしまうと思ったんです!」
「今回のことは、あなたなりにお客様のことを考えた『挑戦』だったのでしょう。
自分なりの『挑戦』をしたうえでの失敗であれば、あなたにとっては大きな糧となったはずです。
それにあなたは今回の失敗を誤魔化そうとせず、すぐに報告してくれました。
ですので今回のことは、咎めたりはしません」
しかしオッサンは、こうも言った。
「ですが、ひとつだけ注意があります。
会社という組織である以上、『挑戦』というのは独断で、ひとりでやってはいけません。
しっかりと周りを説得して、巻き込むようにしてください。
それはなぜかというと、『挑戦』というのは多くの人間と協力することにより成功しやすくなります。
また失敗したときの経験もみなで分け合えます。
失敗というのはそれで終わりではなく、次に繋がる『成功の素』です。
その『成功の素』を生み出す正しい失敗であれば、私は何回繰り返しても咎めたりはしませんから」
オッサンの言葉は、なによりも今、肯定されていた。
通りを挟んだ南側の店では、多くの客と、店員の笑顔であふれ……。
向かい側にある北側の店では、客のいない店のなかで、店員たちが殴り合っている……!
オーナーはその様子を、対岸の火事のように眺めていた。
「勇者様たち、なんで殴り合ってるんだろう……?」
「直射日光をどうするかでモメているんですよ」
「あっ、ローンウルフさん。直射日光の対策なんてひとつしかないのに、なんで……」
「ではオーナーに伺います。もし我々があちらの北側の店舗だったとして、店主さんが直射日光に困っているとしたら、オーナーはどのようなアドバイスをしますか?」
「それは簡単ですよ。私もダテに、店員をやっていませんでしたから。直射日光を遮ればいいんですから、ブラインドを付けるように提案します」
オーナーはエッヘンと胸を張る。
「いえ、それではダメです」
「ええっ!? 直射日光をなんとかするには、ブラインド以外にないのでは!?」
「直射日光をなんとかするという点においては最適解かもしれませんが、それではお店は救われません」
「そうなんですか?」
「ええ、ちょうど今、向かいのゴージャスマートもブラインドを付けはじめましたね。
ブラインドでは現状の改善にはならないという、いいお手本を見せてくれることでしょう」
窓の向こう側では、店舗運営側の導勇者をノックアウトした店員たちが、こぞって窓にブラインドを掛けているところであった。





