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76 ローンウルフ4-15

 ノータッチは、降りしきる雨のなか本部を出る。

 部下を引きつれ馬車に乗り込むと、新規店舗の視察へと向かった。


 今日はとある繁華街にある空き店舗をまわり、出店するかの最終判断を下すのだ。


 そしてこれはノータッチの方針なのだが、セブンルクスのゴージャスマートというのは、まず賃貸で店舗を出店するという決まりになっていた。


 そして高い採算が取れるとわかった時点で、勇者の権限を振りかざし、安く土地を買い上げる。

 不採算であった場合は賃貸契約を終了する……というのがやり方であった。


 今回はまさに、その『地上げ』の下見でもあったのだ。


 出店の候補となった空き店舗はふたつ。

 大通りの北と南に向かいあうようにして建っている空き家である。


 どちらも3階建てで家主は同じ人物。

 アポなしで突入したが、へーこらして案内してくれた。


「ノータッチ様、今日はお足元がお悪いなかお越しいただき、誠にありがとうございます。

 これからふたつの空き店舗をご紹介させていただくのですが、あの……庶民の方を同行させてもよいでしょうか?」


「庶民を? どうしてですか?」


「はぁ、ちょうど新しい店舗を探してる個人商店の庶民がおりまして……。今日、内覧する予定だったんです。

 もちろん、店舗を選ぶ優先権は、ノータッチ様にありますので……」


「ライバルになるかもしれないというわけですね。別にかまいませんよ」


「そうですか、いやぁ、さすがノータッチ様は寛大なお方だ! さっそく呼んできます!」


 そういって現れたのは3人組だった。

 そのうちふたりは他でもない、オーナーとオッサンであった。


 オーナーが代表して、ノータッチに挨拶する。


「ノータッチ様、同行を認めてくださりありがとうございます。

 私は『のらいぬや』という店舗アドバイザーのオーナーでして……」


 それだけで、ノータッチは察した。


「店舗アドバイザー? ……ああ、噂は聞いていますよ

 経営のアドバイスだけでなく、出店のアドバイスまでしているんですね」


「はい、新たに始めたんです!

 よい物件を見つけて店主様にご提案する、『事業拡張』の業務も!」


 ……『のらいぬや』の弱点は、『自分のところでは店舗を持っていない』ことであった。

 しかしその弱点は、さっそく克服されていた。


 ローンウルフは、粟をすくった濡れ手も乾かぬうちに、突っ込んできたのだ……!

 勇者の、米びつに……!


 しかも自分では手を出せないので、『店主に提案』という形で……!


 これは例えるならば、野良犬には入る資格の無い漁場に、別の犬を派遣するようなものである。

 その犬自体は血統書付きであるものの、その背後には……。


 野良犬の影がっ……!


 さらに今回は、経営対決ではなく、出店対決。

 しかも、直接対決……!


 ノータッチは影を捕まえたかのように、ニコリと笑った。


「そうですか、お手柔らかにお願いしますね」



 ――私はいままで数多くの店舗を見て、数え切れないほどの出店判断をしてきました。


 その成功確率は、100パーセント……!

 すなわち、絶対……!


 北と南、どちらの店舗を選ぶのか……。


 お手並み拝見といきましょうか、『のらいぬや』さん……!



 勇者と野良犬の、静かなる戦いが、今まさに幕を開ける。

 家主は北と南の店舗を、それぞれ案内した。


「このふたつの建物はどちらも先月できたばかりで、どちらも借り手を探していたんですよ。

 どちらも大通りに面していて、お店をやるには絶好の立地です。

 間取りも同じですので、どちらを選んでも大繁盛間違いなしだと思いますよ!」


 家主はそう言っていたが、ノータッチの腹はすでに決まっていた。



 ――このふたつの物件は、すでに部下によって立地調査済み……。

 大通りという点でいえば交通量も同じでした。


 ですがこの私はさらに突っ込んで、歩道単位で調査をさせました。

 そしたら北側の店舗のほうが、3割も歩行者の数が多かった……!


 これはもはや、『北側』一択……!



 ノータッチはオーナーに尋ねた。



「『のらいぬや』さんは、どちらの店舗が良いと思いましたか?」


 すると、即答だった。


「はい、『南側』が良い、と思いました!」


「ほう、それではなぜですか?

 交通量を調査しての判断とか……?」


「あ、本当はするつもりだったんですけど、しませんでした!

 (ローンウルフさんが)見た瞬間に、南側しかありえないって!」



 ノータッチは内心ほくそ笑む。



 ――どうやら『のらいぬや』さんは経営のプロのようだが、出店は素人のようですね。

 調査もせずに、見ただけで決めるだなんて……。


 しかも、間違っている……!


 こんな相手に苦戦していただなんて、バンクラプシーさんもどうやらお年を召されたようですね……。

 相方を変えるときが、やって来ているのかもしれません……。



 ノータッチはしたたかだった。



「そうですか。実をいうと私も南側の店舗を良いと思っていたのですよ。

 でも今回はお近づきの印に、『のらいぬや』さんに譲りましょう」


「えっ、いいんですか!? ありがとうございます!」


 喜ぶオーナーをよそに、ノータッチは家主に向かって言った。


「では、こちらは北側の物件を借り受けましょう」


「えっ、よろしいのですか?

 物件の選択権は、ノータッチ様にあるというのに……」


「かまいませんよ。

 そのかわりといってはなんですが、北側の店舗は家賃を割り引いてくださいね」


「ええっ!? そんな……!」


「北側の物件は、『のらいぬや』さんも、我々『ゴージャスマート』も選ばなかったのですよ?

 ふたつのプロが選ばなかった物件を借りようというのですから、値引きは当然でしょう」


 ノータッチは最初から北側の物件を借りるつもりだったのだが、『のらいぬや』を利用して、値引き交渉に持ち込む。

 プロに見放された物件ということで、家賃の3割引を獲得するに至った。


 ノータッチ、『絶対』の店舗を、当初の予定よりさらに安くゲット……!



 ――野良犬、破れたり……!



 彼はすっかり勝った気分で、野良犬を見据えていた。


 しかし……彼の視線の先にいたのは、オーナーただひとり。

 後ろにいる、物言わぬオッサンには目もくれていない。


 ……嗚呼(ああ)……!

 彼もまた、見えていなかったのだ……!


 バンクラプシーが取り憑かれ、さんざん翻弄されている、『幽霊』が……!


 彼が倒すべき相手は、後ろっ……!

 オーナーの、後ろっ……!


 幽霊の正体は、枯れ尾花……!


 ススキのように幽幻と佇むオッサンであることに……!

 ノータッチはまだ、気付いていなかったのだ……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] まずは立地見抜き対決! さっそくオッサン 掘り出しを見出したようですかな!(期待) そして副部長その2 ええ安く手に入って良かったですね! けっきょく失敗したら ただ赤字になっただけですか…
[一言] 北側店舗は南向き、太陽ギンギラ直射日光。 南の店舗は北を向き、夏には助かる日陰道。 冷房や遮光技術が低い世界は 季節にもよるけど、北店舗はリスク高し。 本や皮製品は変色し、金属は熱を持つ。…
[良い点] のらいぬやオーナーの守護霊が見えていない時点でもう決まりですね♪ 勇者、破れたり・・・・・・! [気になる点] 直接あっても気がつかないということは、ノータッチはオッサンと面識がなかったの…
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