75 ローンウルフ4-14
バンクラプシーは『棚スカスカ作戦』に、早い段階から気付いていた。
しかし彼は『スピード感』という名の脊髄反射では動かなかった。
いままでは『動』ばかりの彼ではあったか、今回選んだのは『静』……!
『のらいぬや』のさらなる台頭にも、静観を決め込んだのだ……!
『棚スカスカ作戦』は大ヒットを飛ばしているように見えるが、それは先の『サクラ作戦』と同じ。
見せかけだけのもので、餌に食いついたとたんに潮が引くように客がいなくなると思っていた。
もし彼がいちはやく『棚スカスカ作戦』に食いついていたら、『ゴージャスマート』は若者たちのあいだで、不動の地位を獲得していただろう。
そうなれば、『のらいぬや』の中規模店への展開は失敗に終ってたに違いない。
厄介な野良犬を、小規模の店と戯れるだけの、無力な仔犬にすることができたのに……。
誤ってしまったのだ、判断を……!
バンクラプシーは、今回もまた……!
しかしこれは無理からぬ話である。
だいいち、棚をスカスカにして客が呼ぶだなんて、普通は考えもしない話である。
商法の論理としては『風が吹けば桶屋が儲かる』くらい、飛躍しすぎている。
しかしなんでもかんでもパクってきたバンクラプシーにとっては、本来であれば今回も真っ先にパクるはずであった。
彼にブレーキをかける要因さえ、存在しなかったら……。
そのブレーキは、そう……!
『サクラ作戦』っ……!
偽の客を並ばせてヒット店を作り出すというやり方を真似したせいで、ゴージャスマートは1割ものシェア下落を招いた。
その、サルを躾ける電撃のような罠を先にくらっていたので、用心深くなっていたのだ。
ここで、オッサンの企みが透けて見えてくるであろう。
そう……!
『サクラ作戦』は、単なる『意趣返し』だけではなく……!
次に放つパンチを警戒するための、『撒き餌』であったのだ……!
このフェイントは効果てきめんで、バンクラプシーに迷いが生じる。
結果、パクりという名のカウンター攻撃を封じることに成功……!
オッサンは新しい商法という名のパンチを、好きなだけ叩き込むことができたのだ……!
気がつけば、『ゴージャスマート』の中規模店舗はのきなみ、減収減益……!
ゴージャスマート75 : 個人商店連合25
『のらいぬや連合』は、4分の1ものシェアを、奪い去る……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さっそくバンクラプシーは、副部長室で吊し上げにあっていた。
「国内のミドルクラスの店舗が、一斉に売上を落していますね。
聞けば、近隣の個人商店に客を奪われているとか。
これはどういうことなのですか? バンクラプシーさん」
「い……いやぁぁぁ……たて続けに読みが外れちゃってさぁ。
それに『潰し屋』としてもいろいろ仕掛けてみたんだけど、ぜんぜん効かなくってねぇ。
なんか、いままでの相手とぜんぜん違うんだよね。
こっちの攻撃は当たらないのに、相手の攻撃は当たるっていうか、まるで幽霊と戦ってるみたいなんだよねぇ」
さすがのバンクラプシーも参っているかに見えたが、後ろ頭をバリバリと掻きむしると、
「でも、最後はやっぱりコッチが勝っちゃうんだけどね!
幽霊がいくらコッチの世界にチョッカイ出してきたところで、相手は地獄の住人だからさぁ!
『最後の手段』を使えば、成仏するしかないんだよねぇ! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「ではその『最後の手段』とやらを、やってはいかがですか?
もちろん、私はノータッチの手段なんでしょうね?」
「いやぁ、コレは『絶対に勝てる手段』なんだけど、今くらいの状態ではやりたくないなぁ……」
「それは、どんな手段なのですか? もちろん私はノータッチですが、伺わせてください」
バンクラプシーが告げた『最後の手段』に、ノータッチは眉根を寄せる。
「ほう……それはたしかに『最後の手段』ですね。それに『絶対に勝てる手段』でもあります
そしてたしかに、最後に切るべきカードですね。
戦争に例えるならそれは、『皆殺し』……。
この国の個人商店は、跡形もなく消え去ってしまうでしょう」
「でしょぉ? だからさ、そろそろ新規出店ほうでバックアップしてもらえないかなぁ?
個人商店のないところに新規出店できれば、客の奪い合いになることもないしさぁ!」
「実は私もそれを考えていたんですよ」
シェアの拡大という点についてのみ言うのであれば、『のらいぬや』には大きな弱点があった。
それは、『自分のところでは店舗を持っていない』ということ。
あくまで『既存の店舗』のアドバイザー業務なので、店のない所には、どんなに好条件の場所を見つけても手出しができないのだ。
そして今このセブンルクス王国では、野良犬の侵入を防ぐため、冒険者の店の『新規参入』には厳しい検査を導入している。
野良犬に限らず、冒険者の店の新規参入は不可能だと言われているほどに。
しかしすでに同国内で展開している『ゴージャスマート』であれば、以前の審査で新規の出店が可能。
野良犬が指を咥えてみているしかない漁場で、魚の取り放題というわけだ。
ノータッチはそのことを理解していたので、新規出店には個人商店のない場所を選んだ。
しかも大規模店が出店できるほどの好立地の場所に狙いを定めていた。
そしてついに、最後のゴーサインを出す男が、立ち上がった……!
「それでは、ひさしぶりにやるとしましょう」
ノータッチは溜息とともに立ち上がると、副部長室のコートハンガーに向かい、深緑のジャケットに袖を通した。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ついにノータッチちゃんがタッチしますか!
ずいぶん重い腰だったねぇ! どうりで今日は雨なわけだ!」
「言ったでしょう。私は『絶対』という言葉しか信じないと」
「オオッ! じゃあその『絶対』なところが見つかったってわけか! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「しかし、勘違いしないでくださいよ。今回の新規出店はあくまで、減少した売上の補填をするためのバックアップにすぎないことを」
「わかってるって! 頼りにしてるよ、ノータッチちゃん! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
ノータッチは廊下に出ても聞こえるほどのバカ笑いに見送られ、ゴージャスマート本部から出撃した。





