73 ローンウルフ4-12
ローンウルフはサクラ作戦を勇者陣営にパクらせ、顧客である冒険者たちの信頼をさらに失わせることに成功した。
これは表向きは、『意趣返し』ということになっていたが……。
実は、これには別の大きな意味も込められていた。
シェアを順調に拡大していく『のらいぬや連合』。
これまではセブンルクス国内の不採算店舗のみに狙いを定めていたが、ついに大きく動き出す。
いままで営業活動を続けていた個人商店の近隣には、規模も小さく売上もそれほどない『ロークラス店』と呼ばれる『ゴージャスマート』があった。
今回は、さらにランクを上げて、中規模である『ミドルクラス店』……。
その近隣にある個人商店への営業活動を開始したのだ……!
これまでは『ゴージャスマート』の上澄み程度のシェアを少しずつ奪う、『チリツモ作戦』であった
しかし中規模の店への肩入れとなると、これはもはや敵対行為……。
勇者への完全なる、宣戦布告っ……!
そのきっかけとなったのは、『のらいぬや』の幹部会議。
ローンウルフによる提案であった。
「国内の小規模な個人商店はあらかた押えましたので、そろそろ中規模な商店へも営業をかけてみましょうか」
「中規模の店舗というと……」と、オーナー。
「定義としては60坪以上の広さを持つ店舗、もしくは2店以上を展開している個人商店のことです」
「でもそういった店舗の場合、不採算店舗ではないのでは……?」
「はい、その規模の店舗を維持できている場合、ある程度の採算が見込めているのがほとんどでしょう。
逆にそれだけの規模を維持できているということは、それだけ伸びしろもあるということです。
そこを突いて、営業をかけます」
ローンウルフはあっさりと言ってのけるが、オーナーとしては不安が残る。
なぜならば、不採算の店舗をプラスに転じさせるのは、ローンウルフのマニュアルでほとんどの対応が可能であったから。
大半の店舗が基本的なことができていないので、まずはその『マイナス要因』を改善する指導すれば、ある程度の増収は見込める。
不採算店舗を例えるならば、穴のあいた船。
しかし船頭である店主はその穴に気付いておらず、右往左往している。
『のらいぬや』からすればその穴は目立つうえに、塞ぐのもそれほど難しくない。
しかし採算のある店舗というのは基本的なことはできているので、穴すなわち『マイナス要因』がない。
となると今度は『プラス要因』を提案するということになる。
これは例えるならば、穴のない船。
沈む要因がない船の船頭は、いまの船に満足しているであろう。
その船頭にどんな提案をすればいいのか……。
オーナーには皆目見当もつかなかったからだ。
オーナーの不安を、ローンウルフはすぐに読み取った。
「それでは試しに1店舗、営業をかけてみましょうか。
伸びしろのある中規模店舗というのは、探すのはそれほど難しくありません」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、ついてきてください」
そう言ってローンウルフは『のらいぬや』の馬車で事務所を出発する。
向かった先は、
「ここは……学校ですか?」
「はい、魔導女たちの学校です。あちらを見てください」
校門の前に馬車を停めたローンウルフは、通りの反対側を指さす。
「あっ、冒険者の店がありますね」
「はい、冒険者の学校の近隣には、必ず冒険者の店があります。
ターゲットは言うまでもなく学生です
しかしどの個人商店も、その顧客を完全に取りきれていません」
「えっ、なぜですか? こんなに近くにあるのに……」
「それは多くが『ゴージャスマート』に流れているからですよ」
「あっ、なるほど! それを奪う提案をするというわけですね!
それならたしかに、かなりの伸びしろがありそうです!」
「では、さっそくいってみましょうか」
尋ねた個人商店は、やはり魔導女たちが使うが学用品などを扱っていた。
「なに? 『のらいぬや』?
ああ、知ってるよ、『店舗アドバイザー』ってやつだろ?」
「我々をご存じなのですね」
「知り合いの店主に聞いたんだよ。
でもウチでは間に合ってるよ、ウチは学校の前にあるおかげで、客には不自由したことがないんだ」
「でもこちらでは、学生さんたちが授業で使うものを忘れたときとかに、利用する程度ですよね?」
「そうだよ、だって放課後になったらみんな、この近くにある『ゴージャスマート』行っちまうんだから。
魔導女はブランドに弱いからね、うちみたいな個人商店は見向きもしないのさ」
「そうですか、ではその魔導女さんたちを呼ぶコツをお教えいたしましょう。
もしそれでお客さんが増えたら、『のらいぬや』への加盟をご検討ください」
「ははは! 魔導女を呼ぶコツ? そんなのあったら苦労しないよ!
それに、あんたみたいなズレたオッサンに、若い子の気持ちなんてわかるわけないだろ!
まあいいや、面白そうだからやってみな!」
店主の許可を得たので、ローンウルフはさっそくオーナーと手分けして、基本となる店の清掃を行なう。
「ローンウルフさん、こっちの掃除も終わりました。次は『フェイスアップ』ですよね」
「いえ、今回はちょっと『特殊なフェイスアップ』をしてみましょう」
「特殊なフェイスアップ……?」
『フェイスアップ』というのは、客が商品を求めやすいように並べ直すことである。
そしてローンウルフは今回『特殊なフェイスアップ』を行なった。
それは、オーナーも店主も思わず「ええっ!?」と叫んでしまうものであった。
ローンウルフはなんと、棚を商品にいくつかの空白を開けて、まるで品切れであるかのような陳列を行なったのだ……!
「お、おい、なにやってるんだ!? これじゃ棚がスッカスカじゃないか!?」
「こ、これはどういうことですか!? 在庫は潤沢にあるのに、棚を空けるだなんて!」
「これは若い人たちに特に有効なテクニックなんです。
まぁ、見ていてください」
「え、ええ~っ……」
棚をスカスカにするテクニックなど、店舗経営のノウハウとしては前代未聞。
店主は「とんでもないヤツを招き入れちまった……」と、まるで疫病神が来たみたいな顔をしていた。





