72 ローンウルフ4-11
ローンウルフは小一時間ほどで、店の前のインチキ行列を解散させた。
店の主人はギョッとする。
「おいおい、なんでやめちまうんだい!? これを続ければ、もっと客を呼べるってのに!」
「ええ。そうなんですけど、行列というのはある条件を満たさないと、最終的には逆効果になるんですよ」
「逆効果って?」
「はい。並んだ先に『普段とは違うもの』がないといけないんです。
ようは、並んだだけの甲斐ですね。
たとえば特別なセール品が手に入るとか、品切れでなかなか手に入らない人気商品が手に入るとかです。
それがなければただの並び損になりますので、お客様の反感を買います。
そもそも私としては、どんな理由があっても行列を意図的に作り出すことは反対の立場です」
『ゴルドウルフイズム』が聞けたので、ホッと胸をなで下ろすオーナー。
しかし主人は納得いかないようだった。
「な……なんだって!? だったらなんでこんなことをさせたんだよっ!?」
「今回は『意趣返し』のための仕込みだったんです。それに、これをやることによって、この店の売り上げは確実に上がりますから安心してください」
「な……なに言ってるんだアンタ!?
まがいものの行列を作るという、客の反感を買うようなことをやらせといて、なんでこの店の売り上げが上がるんだよっ!?
もしこれでうちの店の売り上げが上がらなかったら、責任取ってもらうからなっ!」
カンカンの店主に、オーナーは一抹の不安を覚える。
本当にこんなことをして、売上があがるのか、と……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日、オーナーはいつものように屋敷を出て、『のらいぬや』の事務所に出勤する。
道中、いつも通りがかる『ゴージャスマート』があるのだが、そこにはなんと……。
通りをはみ出すほどの、『行列』がっ……!?
既視感のある光景に、オーナーは思わず虚を突かれたように立ち止まってしまう。
いつもなら通り過ぎるだけの勇者の店であったが、今日は行列をぬって店の中に入ってみた。
なにかものすごい新製品の発表、もしくはすさまじいセールでもやらないと、これだけの行列はできない。
しかし店内はこれといった変化はなく、いつものゴージャスマートであった。
そこでふと、オーナーの中にある単語がよぎった。
――これは、『サクラ』っ……!
続いて、ローンウルフのある言葉が蘇ってくる。
『今回は「仕返し」のための仕込みだったんです』
――これが、ゴルドウルフさんの言っていた、「仕返し」……!?
もしかして、ゴルドウルフさんがサクラを使って行列を作ったのは、ゴージャスマートに見せるため……!?
『首吊り店』にはゴージャスマートのスパイがいて、施策をマネすることを、知っていた……!?
それにゴルドウルフさんは、こうもおっしゃっていた……。
『特別なものがない行列は、お客様の反感を買う』と……!
すると示し合わせたようなタイミングで、店内に怒号が響いた。
「おいっ! いい加減にしろっ!」
「みんな並んでるからすげえもんがあるのかと思ったら、なにもねぇじゃねぇか!」
「俺は今日の冒険で使う薬草を買いにきただけなんだぞ! なのに、なんで並ばなきゃいけねぇんだよっ!」
「ああもう、やめだやめだ! こんなに待たされるんだったら、よその店で買うぜ!」
行列からは何人かが脱落していたが、行列はいまだに盛況。
当然である。行列に並んでいるほとんどの人間は『サクラ』なのだから。
何もないのがわかっているのに文句ひとつ言わず並び続けている彼らは、実に不気味であった。
オーナーの背筋に、ぞうっと冷たいものが走る。
――さ、サクラを使えば、一見大繁盛しているように見えるけど……。
本当のお客様は、ひとりも並んでいないだなんて……。
これがゴルドウルフさんの言っていた『逆効果』……!
それに『仕返し』っ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後、『首吊り店』の売上は……。
いや、行列施策をやった『ゴージャスマート』近隣の個人商店は、のきなみ増収増益となった。
例の本部では、またバンクラプシーが問い詰められている。
「バンクラプシー様っ、どうしてくれるんですかっ!?」
「人を雇って行列を作れば、客がさらに来ると言ったではないですか!」
「それなのにどの店も、客離れが続いています!」
「かなりの数の客が、近くの個人商店に流れていってしまったんですよ!?」
「バンクラプシー様が我々にご指示下さるようになってから、どんどん悪い方向に行ってるじゃないですか!」
これにはさすがのバンクラプシーも、バカ笑いに覇気が無くなっていた。
「うっ……ひゃっひゃっひゃっ……ひゃ……! 久しぶりだったんで、ちょっと調子が狂っちゃったみたいだねぇ」
「なに笑ってるんですか!? それだけじゃないんですよ!? バンクラプシー様が指示された『買い占め作戦』、個人商店はぜんぜん乗ってこないじゃないですか!」
「個人商店は欲をかいて、バタバタ潰れるっておっしゃってたのに……!」
「買い占めたものをゴージャスマートで売りさばくのも、そろそろ限界です!」
「まったく、なにが『潰し屋』だよ……! 相手を潰すよりも先に、俺たちが潰されちまうよ……!」
この時すでに、ゴージャスマートはかなりのシェアを失っていた。
ゴージャスマート90 : 個人商店連合10
なんと、1割減……!
そのことを『のらいぬや』も把握していた。
少しずつではあるものの、着実に右肩上がりになっていく契約店舗の売り上げに、オーナーは感嘆の溜息をつく。
「はぁ……やっぱり、ローンウルフさんはすごいです……。
『勇者の国』と呼ばれたこのセブンルクスで、これだけ個人商店を成長させるだなんて……」
「ちゃんと私の運営ノウハウを、覚えていってくださいね。そうしたら後は、すべてオーナーにお任せしますので」
「はい、がんばります!」
ぐっ、とガッツポーズを取るオーナーに、ゴルドウルフは穏やかな笑みを浮かべた。





