16 チャラ男勇者、また降格…! 2
今回は暴力的なシーンがあります。
今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。
飛ばしても話はわかるようにしてあります。
裏路地からそっと顔を出す、イタズラ子猫のような顔。
夜の闇に、瞳はらんらんと輝いている。
大通りを挟んだ対面には、ライトアップされた宮殿とエントランス。
夜なお絢爛な空間には、身なりこそ似つかわしいものの、扱いは似つかわしくない青年がぶら下がっていた。
仕掛けたイタズラが成功して、子猫のような少女たちはクスクスと笑い合う。
「うわぁ、今回も見事にキマったね! 『魔界の干し柿』!」
「プル、またそんな間違った名前を……あの罠は『イヴの腓返』というのですよ」
「でもひとつしか仕掛けてないのにドンピシャリだなんて、さすが我が君!」
「『イヴの腓返』の足首に絡むワイヤーは、蛇の牙のように食い込んで毒を送るのですが、今回はお薬を入れたのですよね。……その理由が、今やっとわかりました」
「ホームレスの人たちに居場所を教えて、ああやって襲わせるつもりだったんだね! でも、毒のほうが苦しいと思うんだけどなぁ!」
「我が君なりのお考えがあるのですよ。それにおそらく……あちらの方が苦しいんではないでしょうか」
不意に背後から手が伸びてきて、少女たちの頭にぽん、と置かれた。
「ではふたりとも、そろそろ帰りましょうか。夜も遅いですし、明日も早いですし」
「はい我が君!」
「うん我が君!」
ふたつの顔がしゅっと引っ込む。
すると、そこは最初から何も存在していなかったような、無の空間となった。
そして観客はすべていなくなる。
ステージのようなエントランスではちょうど、ショーが始まろうとしているのに。
吊られた青年のまわりには、処刑人のように取り囲み、儀式のようにフラフラと移動する7人の男たち。
肩には見知らぬオッサンからもらった、『勇者の剣』と呼ばれる鉄の棒が。
吊られた青年はその剣を知っているはずだったが、今はそれどころではない。
「こっ、こんな所に罠を仕掛けてるだなんて、知らなかった! あっ、アハハハハッ! ま、マジ、やられちゃった! も、もうじゅうぶんビックリしたからさ、そろそろ降ろしてくんないかなぁ!?」
懇願を聞き終えると、囲んでいた男たちは椅子取りゲームの音楽が止んだように、ピタリと止まった。
青年は逆さになったまま、正面にいた男に必死の作り笑いを浮かべる。
しかし、返ってきたのは微笑み返しではなく……無表情。
しかも、鉄棒をバットのように構えるというオマケつき。
「えっ!? マジマジ!? なにすんの!? なにっ……!?」
問答無用の鉄棒スウィングが、
ブオンッ! グシャッ!
と鼻にジャストミート……!!
「ぎゃっ!?」
顔で爆竹が爆ぜたような衝撃。身体は振り子のように大きくノックバックした。
グラスからあふれるワインのように、逆さになった鼻から赤い液体がボタボタと垂れ落ちる。
「んぐっ……! ぐううっ! や、やめろ……! やめろって……! じょ……ジョーダンんだって! そっ……そう怒んないでよ、ねえ! ほ、ほとぼりがさめたら……ちゃんとみんな店長にしてあげるつもりだったんだ! マジ! マジマジ! これマジだから!」
再び秒針のように廻っていた男たちが、ゼンマイが切れたようにピタリと止まる。
12時方向の男が、がばあと鉄棒を振りあげると、切り裂かれた胸の傷口が開いた。
ヨダレをしたたらせ、これから獲物を食らう悪魔の口のように、パックリと……!
……ゴチンッ! と顎を唐竹割り……!!
「ぎゃうっ!?」
顔を真っ二つに裂かれるような衝撃。首が鞭打ちのようにガクンとのけぞった。
ワインを瓶ごと口に突っ込まれたかのように、喉が赤い液体で満たされ、溺れそうになる。
「げほっ! ごほっ! ぐほっ! うげっ! げえええっ! ま、マジ……! マジで……! マジでもう、やめろって……! ゆ、勇者である俺をこんな目にあわせたら、どうなるかるか……わかってんだろぉ!?」
炎のようにゆらめく青年のまわりを、陰キャのような男たちが巡る。
世にも奇妙なキャンプファイヤー・ダンス。
暗い情念に満ちた、プレゼント交換会……!
……ガスッ! 今度は耳だった。
「いぎゃぁぁぁっ!?」
頬が粉微塵。煽られるように宙をスウィングする。
スパークリングワインの栓を抜いたように、反対側の耳から赤い液体がプシュッと噴出した。
そして再開される、地獄の輪舞曲……!
「や……! やめてぇ! やめてやめてやめてやめて! やめてえっ! お願いだから、マジやめてぇ! ほんと、マジマジマジマジマジ! マジでっ! やだやだやだやだやだっ! やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
調勇者の青年にとって、目の前にいるのはかつての仕事仲間ではなかった。
ずっと歳上の彼らの人生を弄び、イジリ倒し、使い捨て同然にしてきた、都合のいい部下たちではないのだ。
今や青年の人生を、逆に手のひらで転がす、命の上司……!
あるオッサンから生殺与奪権を与えられた、死神の群れだったのだ……!
青年は、ヘマをした部下に手を上げることは珍しくなかった。
だが、自分が暴力を振るわれたことは一度もなかった。
そして痛感していた。
まさか、この世にこれほどまでに辛く、苦しいことがあろうとは……。
気を失えたら……それが叶わぬのなら、いっそのこと死んでしまえたら……と思えるほどであった。
……お気づきだろうか。
鉄棒のフルスイングを頭に何度も食らっているのに、彼は生命どころか、意識すらいまだに保てていることを。
そう……! 『イヴの腓返』……!
これは引っかかった者の足首を縛り、逆さ吊りにする古典的な罠だ。
ワイヤーには毒が仕込まれていて、足首を通じてじわじわと体内に送り込む仕組みになっている。
ゴルドウルフはその毒にアレンジを施し、ヒーリングポーションを染み込ませていたのだ。
ゆるやかなる回復と、気付け効果。
殴られても殴られても気を失えず、密かに怪我が治っていく薬を。
熟れた柿がぐしゃぐしゃに潰れると、そこで終わり。
遊び道具として使っていた悪ガキたちは、もう見向きもしなくなる。
が……いつまでも熟れたままなら、どうだろうか。
潰し甲斐がいつまでもあるとしたら、どうだろうか。
その柿は、永遠に潰され続けることとなる……!
無限に、グチャグチャと……!
干し柿のようになるまで、ひたすらに……弄ばれ続けるのだ……!
7人の店長、7人のホームレス、そして、7人の死神たち。
今は隣の家の柿を、遊び半分で潰す7人の悪ガキになっていた。
かつての上司を見下ろしながら、ハロウィンのカボチャのように笑っている。
「……へへっ! おもしれぇ! コイツ、いくら殴ってもちょっとしか怪我しねえぞ!」
「すぐ潰しちまうとつまらねぇから、ちょっと手加減してたんだが……もっと力いっぱいやってもよさそうだなぁ!」
「すごい回復能力っすねぇ!? 調勇者よりも、戦勇者に向いてるんじゃないっすかぁ!?」
「へへ……! せっかくだから、朝まで楽しませてもらいますよ、っと……!」
「俺、店にあったモーニングスターにしよう!」
「いいねぇ! せっかくだから、コイツで殴り心地を確かめようぜ!」
「高いのはやめとけよ! 売っぱらうんだから、安いのにしとけ! コイツにゃ、それでじゅぶんだ!」
そして花開くように、一斉に武器が振り上げられる。
もはや剣術練習用の人形、同然の扱い……!
血と肉の詰まった、サンドバッグ……!
限界の恐怖と、肉を削がれ、骨撃たれる苦痛……!
もう、こんな痛い思いはイヤだ……! でも、死ぬことすらできない……!
人は、逃れようのない圧倒的な絶望に押しつぶされたとき、生まれたままの精神に戻る。
かつての悪友が、そうであったように。
「やめてやめてやめてやめてやめて! あああーーーんっ! なんでもするかあらぁ! お願いお願いお願いお願い! とめてとめてとめてとめてぇ! やだっやだっやだっやだっ……! やだやだやだっ! やだってばぁ! ふぎゃっ! おぎゃっ! おぎゃあぁぁ!! おぎゃああああっ!!! おぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!」
かつての悪友のように赤く染まった髪を、朱色の筆のように振り乱す。
かつての悪友のように、己の排泄物を一身に浴びる。
「うわっ! コイツ、漏らしやがった!」
「汚ねぇなぁ! こっちにかかるじゃねぇか! おい、ちょっと降ろせ!」
ガクンと身体の位置が下がり、床の尿だまりにべちょりと顔が浸けられる。
そこで爆笑が起こっても、もはや気にしない。
「あーあ。店の中にゴルフクラブがあったから、今度はそれで遊ぼうと思ったのに……いきなり池ポチャじゃねぇか!」
「かまうこたぁねえって! そのまま打っちまえ!」
そして目の間にドスンと置かれる、黒光りの金属塊。
彼の顔はゴルフボールのように白くなった。
実を言いますと今回のお話、一度書き上げたあと見直して、暴力度合いを8割くらい減らしました。
とはいえ、ざまぁはまだ続きます!