67 ローンウルフ4-6
部下から売上減少の報告を受けたバンクラプシーは、独特の笑い声とともに立ち上がる。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! しょうがねぇなぁ!」
バンクラプシーはボサボサ頭に無精髭という、役職にしてはしまりのないでたち。
しかし服装にはこだわっているのか、パリッとしたワイシャツに派手な赤いズボンを履いていた。
彼は部屋の隅にあるコートハンガーに近寄ると、ズボンとお揃いの赤いコートを羽織る。
コートハンガーにはもう一着、深緑のコートが掛けられていた。
バンクラプシーはその持ち主のほうに向き直り、また笑った。
「それじゃ、ノータッチちゃん、ちょっくら行ってくるわ!」
すると、それまで窓の外を眺めていたノータッチは振り返る。
彼は撫でつけられた髪に、ヒゲの剃り跡も無さそうなほどのキレイな顔という、役職にふさわしいいでたちであった。
服装もきちんとしており、白いワイシャツ、落ち着いた色合いの深緑のズボンと、典型的『調勇者ファッション』。
彼はさして興味もなさそうに尋ねた。
「そうですか。ずっと椅子を温めていたあなたが、昼食と退社以外で外に出るとは珍しいですね。でも、どこに?」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! それはお互い様でしょ! ちょっと不採算店舗を見て回ろうかと思って!」
「そうですか。まだそのくらいの熱意はあったんですね」
「そりゃそうだよぉ! だってそのために俺がいるんだからさぁ! 昼行灯になって久しいけど、こう見ても昔はこの服みたいにメラメラだったんだよぉ?」
「そうですか。無理をして火傷しないようにしてくださいね」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ノータッチちゃんも少しは無理したほうがいいんじゃないのぉ? ここ数年、ぜんぜん新しい店舗を『開拓』してないでしょ!?」
「そうですよ。なぜならばその必要がないからです。それに新しい店舗を増やすということは、『運営』……バンクラプシーさんの負担を増やすことにもなるんですよ?」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 相変わらず、『ノータッチ』だねぇ! まぁいいや、とりあえず俺が見てくるから、それから考えようや!」
「そうですか。いってらっしゃい」
ノータッチはそれだけ言うと、また椅子を回転させて窓際族に戻ってしまう。
バンクラプシー「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」と笑いながら、部下を引きつれて副部長室を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ローンウルフとオーナーは、セブンルクス内にある、とある冒険者の店にいた。
『のらいぬや』のエージェントに任せてある店舗の様子を視察しに来たのだ。
「どうですか、オーナー! 『店内清掃』と『フェイスアップ』するようにして、この店の売り上げは1.5倍にもなりました!」
そのエージェントは研修で教えられたことをやっただけなのに、まるで自分の手柄のように得意気だった。
オーナーは店内と帳簿をにらめっこしながら、特に問題はないと判断する。
しかし、平社員であるローンウルフは違った。
「このお店は、周辺調査では『盗賊ギルド』が近くにあるんですよね?」
するとエージェントは、待ってましたとばかりに応じる。
「はい! ですので盗賊の人たちの品揃えを良くしてあります! 特に短剣の品揃えは、このあたりで一番ですよ!」
エージェントが、じゃんっ! と手で示した先には、店のいちばん良い場所を占有するように、短剣コーナーがあった。
ローンウルフはふむ、と唸ると、
「盗賊のお客様は短剣をお使いになるので、この陳列は間違っていません。でも、もっと工夫ができます」
「えっ? これ以上になにかできるんですか?」とオーナー。
「ええ。では試しにやってみましょうか」
ローンウルフは短剣コーナーに近寄ると、棚にあった短剣を半分以上、在庫用の箱に戻してしまった。
「ええっ!?」と驚くオーナーとエージェント、そして店の店主。
そしてスカスカになった棚に、ピッキングツール、グローブなど、武器とはまったく関係ない商品を並べていく。
これには店の店主も、たまらないとばかりに声をかけた。
「ちょっと、ローンウルフさん! ピッキングツールは道具コーナー、グローブは防具コーナーの商品だろう!? そんなメチャクチャな陳列をしたら、せっかく上がった売上が元に戻っちまうよ!」
「いいえ、ご主人。これはメチャクチャな陳列ではないんです。これは『関連陳列』というものです」
「関連陳列?」
「ええ。商品を『武器』、『防具』、『道具』とカテゴライズして陳列するのもよいのですが、それはメインのお客様がいろいろな職業に渡る場合です。このお店のように、ひとつの職業がメインのお客様だとわかっている場合は、このほうがよいのです」
すると、その意図に最初に気付いたのはオーナーだった。
「あっ!? もしかしてこの陳列は、盗賊のお客様が必要なものを、近くに並べるやり方……!? あっ、だから『関連陳列』というんですね!」
『関連陳列』。
商品をカテゴリで並べるのではなく、商品にまつわる需要で並べる方式である。
現代で例を挙げるとするなら顕著なのは、季節関連のグッズを一箇所にまとめるようなものである。
夏は虫除けと花火、冬はカイロと手袋、といった具合に。
極端な例としてはスーパーなどで、ニンジンとジャガイモと玉葱をセットで置き、そのとなりにカレーのルゥと福神漬けを並べるやり方もある。
このやり方のメリットとしてはふたつ。
『欲しくて探していたものが、一箇所で揃う』という点。
そしてもうひとつは、『新たなる需要の喚起』。
上記のスーパーの例ならば、今日の夕食の買い物に来た客に、『今日はカレーにしよう』と思わせることができるのだ。
「しかし、この陳列にはデメリットもあります。それは……」
ローンウルフの説明は、さっそく棚に興味をもった客たちに遮られてしまった。
「あっ! そうだった! 盗賊だったらピッキングツールもいるんだった!」
「それに、盗賊だったら指の出てるグローブのほうがいいかも!」
「こうやって並べられてると、わかりやすくていいなぁ!」
「よぉし、この棚のやつ、一揃いください!」
『盗賊ギルド』で登録を済ませてきた新人盗賊4人組が、棚のまわりに集まって、さっそく『まとめ買い』……!
ローンウルフとオーナーとエージェント、そして店の店主たちはすかさず彼らの接客を開始する。
その賑わう店内を、一台の馬車が通りかかった。





