65 ローンウルフ4-4
『冒険者の店 ビサビ』の店は、戦士ギルドの駆け出し冒険者にターゲットを絞ったことにより、大幅な売上増となった。
それまでは店主ひとりだった従業員も3人に増やし、戦士デビューを手厚く応援する。
するとローンウルフの狙いどおり、戦士たちは一見さんに終わらず、それからも店に足を運んでくれるようになった。
近くのゴージャスマートよりも、遠くのビサビを選ぶようになったのだ。
そして同店はついに、10倍以上の売上増に成功したのだ……!
『店舗アドバイザー』としては、これ以上にない成果といえるだろう。
店の主人はローンウルフとオーナーの手を握りしめ、何度も何度も頭を下げてくれた。
「いやあ、万年ギリギリだったこの店が、まさかこんなに大繁盛するとは思わなかったよ! アンタたちに任せてよかった!」
しかしローンウルフは、兜の緒を締めるように言った。
「いえ、お店が大変なのは軌道に乗ってからです。これからは、今までに経験しえなかったトラブルが起こるでしょう。これからは定期巡回のみとなりますが、なにかあったらすぐに報せてください」
店舗アドバイザーである『のらいぬや』は、契約店舗が不採算のうちは担当者が付きっきりで指導。
軌道が乗ったらあとは日々の売上をチェックしつつ、問題が起きたら随時対処する、という仕組みになっている。
これは現在で例えるところの、チェーン店における『エリアマネージャー』に近い。
元々は『スラムドッグマート』のフランチャイズ店に対して行なわれていたものである。
『のらいぬや』はそのシステムだけを取りだし、フランチャイズ契約ナシで経営ノウハウを提供するというものであった。
ビサビの店主への挨拶を終えたローンウルフとオーナーは、『のらいぬや』の事務所へと戻る。
その道すがら、オーナーは当然であろう疑問を口にしていた。
「店舗の運営ノウハウといえば、命ともいえるものです。それならばいっそのこと、新しい店舗を立ち上げたほうがよいのではないですか?」
「ええ、本来ならばそうしたいのですが、できないのです。
この『セブンルクス王国』では新事業の立ち上げにおいて様々な制限が課せられるようになりました。
それらはグレイスカイ島の『ゴーコン』のあとに急遽制定されましたので、明らかに『スラムドッグマート』の上陸を阻止するものでしょう」
「たしか私がオーナーなのも、上位管理職はセブンルクスに国籍を持つものに限る、という決まりがあったからですよね」
「そうです。あとはフランチャイズ契約についても厳しい審査が行なわれます。
この世界においてフランチャイズ契約を採用している個人商店は『スラムドッグマート』しか存在しませんから、これも完全に狙い撃ちです」
「なるほど、わかった気がします。この国の法の抜け道が、『店舗アドバイザー』ということだったんですね」
「そういうことです」
しかし『フランチャイズ契約』に比べ『店舗アドバイザー契約』というのは、権限や制限についてかなり劣るものとなってしまう。
あくまで『アドバイス』という形でしか店主には提案できないし、店主は聞いたノウハウを守秘する義務もない。
となれば、店舗において命ともいえる『運営ノウハウ』が国じゅうに流出することにもなりかねない。
しかしローンウルフはその点については、全然問題視していなかった。
なぜならば、彼の目的は自分のアドバイスで儲けることでも、『商売の神様』として崇められることでもなかったからだ。
彼の目的は、ただひとつ。
そう……!
『勇者の店』の、駆逐っ……!
この国の個人商店が儲かるようになれば、必然的に『ゴージャスマート』の儲けは下がる。
とはいえ個人の店レベルであれば、数多の無力なクロアリを、一匹だけ白アリに塗り替えたにすぎない。
たとえ家の中に紛れ込んだとしても、柱に背比べの傷にも劣るほどの傷しか与えられないだろう。
しかしその白アリが、1匹、もう1匹と、増えていったらどうなるか……?
それはもはや、言うまでもないだろう。
なぜならば彼はいつもそうやって……。
『勇者』という名の表札が掛かった家の、大黒柱を揺るがし……。
一家の団らんごと、家をメチャクチャに倒壊させてきたのだから……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
いつものように『のらいぬや』の事務所兼倉庫に出勤したローンウルフ。
彼はまず、今日2杯目となるコーヒーを淹れる。
秘書がいなくなって久しい彼は、これがすっかり日課となっていた。
1杯目のコーヒーは、自宅で朝食後に飲むのだが、
「はぁい、ママのミルクたっぷりのコーヒーでちゅよぉ」
と、練乳でも入っているのかと思うほどに甘いコーヒーが出てくる。
そのため、2杯目はブラックにするようにしていた。
コーヒーを飲みながら、新聞に目を通す。
今のセブンルクス王国での話題はもっぱら、『ゴッドスマイル生誕1千年』と『大国間鉄道』であった。
『大国間鉄道』というは、このセブンルクス王国と、他の大国どうしを繋ぐ巨大なる鉄道網のこと。
大国間の国王たちの肝いりの一大プロジェクトで、開通すれば大国間の行き来が容易になり、経済的に大きく寄与するのは間違いないものであった。
その内容をじっくりと読んでいると、人気のない倉庫の扉がバタンと開き、パタパタと何者かが駆けてきた。
「おはようございます、ゴル……ローンウルフさん! すみません、遅れてしまって!」
「気にしないでください。あなたはこの『のらいぬや』のオーナーなのですから。それに、オーナーには家族もいるでしょう?」
「ええ、そうなんですけど、私が働くって言ったら、家族が職場を見たいって聞かなくって……。今度、連れてきてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
「あっ、そうだ! それとうちの近所に、冒険者用の個人商店を見つけたんです! あまり儲かってなさそうでしたので、今日はそこに営業をかけてみていいですか!?」
オーナーは働けるのが嬉しいのか、朝から元気いっぱいだった。
ローンウルフはこの提案にも頷くかと思われたが、
「いえ、それはやめておきましょう」
「えっ、なぜですか?」
「なぜならば、この事務所とオーナーの家が、あまりにも離れすぎているからです」
「えっ、そんな理由なんですか? 乗り合いの馬車と徒歩を合わせても3時間くらいの距離ですよ?」
「はい。その3時間は、いずれ『のらいぬや』にとっては致命的になります」
ローンウルフはそう言いながら、机の引き出しからあるものを取り出した。





