15 チャラ男勇者、また降格…! 1
優勝の熱気あふるる体育館。
コミッショナーのダイヤモンドリッチネルの姿は、そこにはなかった。
彼は救護班の聖女に顔の傷を癒やしてもらうなり、街に飛び出していったのだ。
「まだ閉会式が残っています!」と止めるスタッフたちを振り切ってまで。
なぜならば……すでに悟っていたのだろう。自らの降格を。
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ゴルドウルフ
ミッドナイトシャッフラー
●大天級(店長)
↓降格:ダイヤモンドリッチネル
●小天級(役職なし)
○堕天
クリムゾンティーガー
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だからこそ、何もかもほっぽり出して向かっていたのだ。
『ゴージャスマート1号店』に。
抉るような夕日が差し込むなか、客をぜんぶ追い払い、店員たちも帰す。
誰もいなくなった店内に荷車を持ち込み、荒らすような勢いで商品をかき集めた。
彼が強盗のような真似事をしているのは、ガラスにぶつけすぎて頭のネジが外れたわけでも、降格のショックでヤケになっているわけでもない。
明日になると、ヤツらがやってくるからだ。
戦勇者どもが……!
ダイヤモンドリッチネルは剣術大会に加勢してもらうため、多くの戦勇者たちから大魔導師を借り受けていた。
その対価は、『ゴージャスマート』の売り物を、好きなだけ進呈……!
明日の惨状が目に浮かぶ。
イナゴの大群のようにやってきた浅ましき戦勇者が、米騒動のように店の品物を持ち出す姿が。
下級職小学校の優勝を阻止できていたら、たとえ店を荒らされても何の問題もなかった。
その時は自分は方面部長に舞い戻っていて、この店がどうなろうと知ったことではないからだ。
約束したのは自分だが、損害の責任はすべて部下に押し付けられると踏んでいたのだ。
『ゴージャスマート1号店』の店長、エル・ボンコスに……!
しかし……! 降格し、自分が店長となってしまった今は、他人事ではない……!
損害はすべて、自分の失態として上乗せされてしまう……!
「そんなの、マジありえねーって! この店で扱ってる商品が、いったい幾らすると思ってんだよ……! それをタダでくれてやるなんて、マジで、マジでねぇから……!」
それを阻止する方法は、ただひとつ。
ほとぼりがさめるまで、持ち逃げするしかない……!
青髪の調勇者はハァハァと息を切らし、店じゅうを右往左往。
自慢のヘアスタイルを汗で張り付かせながら、高価な順に武器や鎧をかき集めていった。
しばらく時間をかけて、特に高い商品だけを荷車に詰め終えると、鬼ヶ島からの戦利品のような宝の山ができあがる。
あとはこれを、誰にも見つからないところに隠しておくだけだ。
そうすれば……辛うじてダブル降格だけは避けることができる。
しばらくの間、たかりに来る勇者の相手をしなくてはならないが、店にあるのは安物ばかり。
ぜんぶ持っていかれたところで、責任問題となる被害額にはならないだろう。
ダイヤモンドリッチネルはさっそく避難しようとしたが、はたと思い直す。
今はまだ外が明るい。街中で荷車を運べば人目についてしまう。
日が沈むのを待ってから、店の外に持ち出すとしよう、と。
そして夜まで息をひそめる。
なんとなくヒマだったのと、荷車から溢れそうだったので、装備のいくつかを身につけてみた。
姿見の前で、売り物の剣を振り回していると……ふと思い出す。
「そういえば……俺ってガキの頃は、戦勇者になりたかったんだよね……でもクリムゾンティーガーみたいな馬鹿力がなかったから、あきらめたんだ……」
胸に甘酸っぱいものがこみあげてくる。
「クリムゾンティーガーは俺とは逆に、調勇者になりたがってて……でもアイツ、馬鹿だったから……。結局、おたがい逆の道を進んだんだよなぁ……」
人は人を思い出すとき、空を見上げる。
豪奢な窓枠の向こうでは、満点の星と、悪友の笑顔が瞬いていた。
「アイツ……今頃どうしてんのかなぁ……」
彼の視界の端で、のそりと人影が蠢く。
まるで、思い出に割り込んでくるかのように。
「……誰だっ!?」
鋭く見やると、そこには……ホームレスの集団が。
正確には『ゴージャスマート』の路線改変でリストラされた、かつての店長7人組だった。
彼らは暗がりのなかで、怨念のような声を絞り出す。
「……ダイヤモンドリッチネル様、どこへ行くつもりですか……?」
「まさか、夜逃げじゃないですよね……?」
「下級職小学校のガキどもを襲ったら、俺たちを、また店に戻してくれるって……」
「約束、しましたよね……?」
……勇者は、勇者との約束以外は守る必要はない。
これは、勇者学校に入って最初に教えられる、大原則のひとつである。
これまでに登場した、多くの勇者たちの思考パターンからしても、それは明らかであろう。
当然、この調勇者も、同じ……!
「ハァ? それは成功したらって話だろ。お前ら失敗してんじゃん」
いけしゃあしゃあと、言ってのけた……!
「そ、そんな……!? ダイヤモンドリッチネル様……!」
「成否は約束していなかった……! それに顧問の先生は、たしかに入院させたんですよ……!」
「私たちは、犯罪者になるところだった……! それでも、やり遂げたんだ……!」
「店に……店に戻してくれよぉ……!」
亡者のようにすがりついてくる者たちを、剣先で追っ払うダイヤモンドリッチネル。
「うぜーよ。っていうかお前らみたいなホームレスが、この店に入ってくんじゃねぇーよ。俺はこれから出かけなきゃならねぇんだ。あっちいけ、シッシッ!」
「ひ、ひどい……!」
「きっと、売り物を店から持ち出すつもりなんだ……!」
「それなら、私たちにも分けてください……! せめてそのくらいはいいでしょう……!」
「ああ……! 俺たちは仕事を失って、今や食うや食わずの生活をしてるんだ……!」
炊き出しを奪い合うように、荷車に取り付くホームレスたち。
「おいっ! 汚ねぇ手で触んじゃねぇよっ!」
……ズバッ!
血風が、白い大理石に筆跡のように広がる。
「うわあっ!? こ、コイツ……!? 斬りやがった!?」
「くそっ、最初から俺たちを殺すつもりだったんじゃねぇか!」
「もう、かまわねぇ……! やっちまえっ!」
……ズバァァァッ……!!
あとはほんの、ひと太刀だった。
ダイヤモンドリッチネルが手にしていた武器は、『ゴージャスマート』でも最高級品……。
軽く横に薙ぎ払っただけで、魔法錬成による剣圧が扇状に発生。
それはボロ布を、そして皮膚を面白いように裂いてしまうほど鋭利なのだ。
……ビシャッ!
と刀身に付いた返り血をなぎ払いながら、血の海に沈んだ者たちを見下ろすダイヤモンドリッチネル。
「これでも手加減したんだけどなぁー? もしマジでやってたら、全員首チョンパだったよ? でも店が汚れっから、それで勘弁してあげる。……キャハッ!」
彼はぬかるみに嵌っている者たちを尻目に、荷車を押して店を出た。
すると満月が迎えてくれる。
まるで前途を照らしてくれるように、あたりは月明かりに満ちていた。
それだけで神から祝福されているような気分になり、いつもの能天気さを取り戻す。
「もしかしたら俺って、戦勇者の才能あっかも!? このまま店長やめて、マジで戦勇者めざしてみよっかな! キャハハハハハハハハハッ!」
……神に見守られているかどうかは、誰にもわからない。
しかし、ひとつだけ確かなことがあった。
それは……。
悪魔だけは、そのとき確かに見ていたのだ……!
……シュバァァァッ……!!
「えっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
いきなり足首を掴まれたかと思うと、引きずり倒され、前後不覚に陷る。
衝撃で手放してしまった剣が、カランカラン……! と床をすべっていく。
そして胃の中のものが口から飛び出していきそうな、嫌な浮遊感にとらわれる。
我が身になにが起こったのか、自覚するまでしばしの時を要した。
気がつくと……足首……!
蛇のような縄が絡みついていて、逆さ宙吊りにさせられていたのだ……!
「なっ!? なんだよコレ!? なんだよこれぇぇぇぇぇーーーっ!? なんでこんな所に、罠があんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
しかし、誰も答えてはくれない。
裏返った叫びが、人気のない街路に吸い込まれていく。
否……!
それは虚しい呼び声ではなかった。
なぜならば、店から這い出てきた亡者たちが……彼のすぐ後ろに、立っていたからだ……!
サブタイトルにナンバリングがあるように、まだまだ続きます!