表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

717/806

59 オッサンの願い1

 組長は、ゴルドウルフに尋ねた。



「それでゴルドウルフさん、みっつめのお願いというのは!?」



 オッサンからの『お願い』……。

 その最後は、思いもよらぬものであった。



「組長さん、『ジン・ギルド』の末端の若者たちに、スラムドッグマートを襲うように命じた人物は、もう特定できているのでしょう?」



「ええ、それはもう! 襲ったチンピラどもを締め上げて、白状させました! なんでしたら、ソイツをゴルドウルフさんの目の前で……」



「その人を、(ゆる)してあげてほしいのです」



 最後のお願いは、まさかの『赦し』……!?

 オッサンはさらに、一言だけ付け加える。



「その人は、『勇者』なのでしょう?」



「ど、どうしてそれを……!? ワシはその勇者にもきっちり『オトシマエ』を付けさせるつもりでしたのに!」



「やはりそうでしたか。ではそれを、少し加減してもらえますか? もし命を奪うつもりだったのであれば、怖がらせるくらいにとどめてほしいのです」



「ご……ゴルドウルフさんが、そうおっしゃるなら……。でも、なぜですか? その勇者のせいで、スラムドッグマートはメチャクチャにされていたかもしれんのですよ!?」



「たとえどんな勇者であったとしても、命を奪ったりしたら、勇者組織を敵に回すことになります。いまの勇者組織は、大国の軍隊であっても敵う相手ではありません」



「なぁに、大したことありません! ゴルドウルフさんに手を出したヤツは、相手がどこの人間であれ、全面戦争してやりますよ! なぁ、お前らもそうだろう!?」



 倉庫内に残っていた1000人は、「はい、ゴルドウルフさんっ!」と声を揃えた。

 しかしオッサンは「やめてください」とキッパリ言い切る。



「本当に私に恩返しをしたい気持ちがあるならば、命を粗末にするようなことはしないでください。それに、理由はもうひとつあります」



「それは、なんですか?」



「それは……()はまだ、生きるべき人間だからです」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 結局、残った1000人も『スラムドッグランド』のキャストとして手伝うことになった。

 倉庫の隅っこで着替えていた組長は、去っていくオッサンの背中を見つめながら、しみじみとつぶやく。



「……やっぱり、今も昔も、あの人にはかなわねぇなぁ」



「組長、それはどういうことなんですか?」



「そんなこともわからねぇのか、馬鹿野郎。ゴルドウルフさんはなんで、こんな人気(ひとけ)のないところにワシらを案内したと思ってるんだ」



「えっ? それは『スラムドッグランド』の従業員に、みっともない姿を見られたくなかったからじゃ? ……ああっ!」



「やっと気付いたか」



「まさかゴルドウルフさんは、俺たち『ジン・ギルド』を気づかって……!?」



「そうだ。ワシは最初、キリーランドのスラムドッグマートに直接出向くつもりだった。でもそこで土下座したとなると、人目につくだろう。きっとマスコミもほおっておかんはずだ」



「組長が土下座した姿なんて新聞に載ったら、『ジン・ギルド』は、よその組織(ヤツら)に、とんでもなくナメられちまいます!」



「ワシはそれでも構わんかった。なぜなら、ゴルドウルフさんがいなければ、今の『ジン・ギルド』も無かったんだからな」



「ゴルドウルフさんが組長の『恩人』ってのは、さんざん聞かされてましたけど……。そういえば、どんな風に助けられたのか、俺は知りません。いったい、ゴルドウルフさんと組長の間で、なにがあったんですか?」



「それはな……」



 それから数日後。



「なっ……!? なにをするんじゃっ!? やめろーっ!?」



 キリーランドの海沿いの廃屋に拉致されたステンテッドは、樽から首だけ出してもがいていた。

 周囲には、ナイフを手にした男たちが。



「なにをする、だとぉ? テメー、とんでもねぇことをしてくれたじゃねぇか……!」



「よりにもよって、組長の『恩人』であるゴルドウルフさんの店に、チョッカイかけるとはなぁ……!」



 一瞬誰のことだかわからず、「ゴルドウルフ……?」と顔をしかめるステンテッド。

 しかしすぐにピンときて、



「あっ、あのへんなオッサンのことじゃな!? あのへんなオッサンが、『ジン・ギルド』の組長の恩人じゃと!? そんなわけがあるかっ!」



「やっぱり、お前も知らなかったようだなぁ……。でなきゃあ、こんな恩知らずなこと、考えるワケがねぇもんなぁ……!」



「お……恩知らず? それは、どういう意味じゃっ!?」



「んじゃあ、冥土の土産に教えてやるよ」



 そして組員たちの口から、ある過去が語られる。

 それは聞かされたところで、にわかには信じがたい……。


 とくにステンテッドには、絶対に信じたくない、衝撃の真実であった……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 組長は若頭時代、度胸試しとして『煉獄』に行くこととなる。

 それは、組長と跡目争いをしていた、ライバル若頭からの提案であった。


 煉獄の第1層にいるボスモンスターを狩ることができたら、その度胸を認め、組長の座を譲ると。


 組長はその提案を承諾し、証人がわりにライバル若頭の手下を同行させ、『煉獄』へと身を投じる。

 『煉獄』は第1層であるならば、腕に覚えのある人間なら、問題なく生きて帰れる場所である。


 しかし組長は手下たちの罠にかかり、下層へと続く穴に、突き落とされてしまった……!


 組長が落ちたのは、煉獄の第50層。

 『フロアスライム』という巨大なスライムの上に落ちたので即死は免れたのだが、いきなり伝説級のモンスターと遭遇。


 万事休すかと思われたところを、とあるオッサンに助けられた。

 そのオッサンは、ホームレスですら避けて通るような、ひどい身なりをしていたという。


 オッサンは組長を安全な場所に案内すると、事情を尋ねてきた。

 組長はなんとしても地上に戻らねばならないと、オッサンに訴える。


 もしライバル若頭が新しい組長になってしまったら、それまで義理と人情を重んじてきた『ジン・ギルド』の体制は一変、非情のインテリヤクザになってしまい、多くの罪なき人たちが傷付くであろう、と。


 するとオッサンは、頷いてこう言った。



「そうですか、事情はわかりした。実を言うとこれから、『日輪の儀式』をするところだったんです」



「『日輪の儀式』……?」



地下迷宮(ダンジョン)から地上に戻るための儀式のことです。通常、地下迷宮から脱出するときは、魔法などが使われます。ですがこの『煉獄』では、それらは一切効かないのです。歩いて脱出する以外の、唯一の手段が、『日輪の儀式』なのです」



 オッサンは服とも呼べない、肌に張り付いたボロボロの布の中から、ひとつの宝石を取りだす。



「この秘宝を身に付けて儀式を受けた者は、『煉獄』の外に出ることができます。ただし、秘宝ひとつにつき、ひとりだけという制限があります。……どうぞ」



「い……いいのか? これは、かなり貴重なものではないのか?」



「ええ。5千年に一度、たったひとつしか煉獄に生まれないという『日暈(にちうん)の石』です」



「ということは……お前はこれを使って『煉獄』から脱出するつもりだったのだろう!?」



「ええ、そのつもりでした。『煉獄』は歩いて脱出することは不可能と言われていますからね」



「それに、この石が5千年に一度しか現れないのであれば、もう二度と手に入らない石も同然ではないか! お前は一生、ここから出られなくなるのだぞ!?」



「ええ、そうかもしれません」



「そうかもしれません、って……! お前のその姿から察するに、ここで多くの地獄を見てきたのだろう!? ここから出たくてたまらないはずだ! なのになぜ自分を犠牲にしてまで、さっき会ったばかりのこの俺を、逃がしてくれるというんだ……!?」



「あなたが戻らなけば、多くの組員たちが悲しむのでしょう? あなたが戻らなければ、『ジン・ギルド』が変わってしまって、多くの罪なき人が悲しむのでしょう? 私は、その言葉を信じたのです。それに……」



 そこでオッサンは、ふっと表情を緩めた。



「私が戻れなくても、悲しむ人などいませんから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「たとえどんな勇者であったとしても、命を奪ったりしたら、勇者組織を敵に回すことになります。いまの勇者組織は、大国の軍隊であっても敵う相手ではありません」 さすがにオッサンは過去に直接…
2021/02/27 04:19 ベアトリスのマント
[良い点] 生かすべき… あぁ、そいつマイナス戦力だったなwww
[一言] ようやく本編復活いたしましたか。 >「それは……彼はまだ、生きるべき人間だからです」 生きるべきというても、あえてぼかしとるんがなw まあ、生きるというても生き地獄の方やろwww >「…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ