59 オッサンの願い1
組長は、ゴルドウルフに尋ねた。
「それでゴルドウルフさん、みっつめのお願いというのは!?」
オッサンからの『お願い』……。
その最後は、思いもよらぬものであった。
「組長さん、『ジン・ギルド』の末端の若者たちに、スラムドッグマートを襲うように命じた人物は、もう特定できているのでしょう?」
「ええ、それはもう! 襲ったチンピラどもを締め上げて、白状させました! なんでしたら、ソイツをゴルドウルフさんの目の前で……」
「その人を、赦してあげてほしいのです」
最後のお願いは、まさかの『赦し』……!?
オッサンはさらに、一言だけ付け加える。
「その人は、『勇者』なのでしょう?」
「ど、どうしてそれを……!? ワシはその勇者にもきっちり『オトシマエ』を付けさせるつもりでしたのに!」
「やはりそうでしたか。ではそれを、少し加減してもらえますか? もし命を奪うつもりだったのであれば、怖がらせるくらいにとどめてほしいのです」
「ご……ゴルドウルフさんが、そうおっしゃるなら……。でも、なぜですか? その勇者のせいで、スラムドッグマートはメチャクチャにされていたかもしれんのですよ!?」
「たとえどんな勇者であったとしても、命を奪ったりしたら、勇者組織を敵に回すことになります。いまの勇者組織は、大国の軍隊であっても敵う相手ではありません」
「なぁに、大したことありません! ゴルドウルフさんに手を出したヤツは、相手がどこの人間であれ、全面戦争してやりますよ! なぁ、お前らもそうだろう!?」
倉庫内に残っていた1000人は、「はい、ゴルドウルフさんっ!」と声を揃えた。
しかしオッサンは「やめてください」とキッパリ言い切る。
「本当に私に恩返しをしたい気持ちがあるならば、命を粗末にするようなことはしないでください。それに、理由はもうひとつあります」
「それは、なんですか?」
「それは……彼はまだ、生きるべき人間だからです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局、残った1000人も『スラムドッグランド』のキャストとして手伝うことになった。
倉庫の隅っこで着替えていた組長は、去っていくオッサンの背中を見つめながら、しみじみとつぶやく。
「……やっぱり、今も昔も、あの人にはかなわねぇなぁ」
「組長、それはどういうことなんですか?」
「そんなこともわからねぇのか、馬鹿野郎。ゴルドウルフさんはなんで、こんな人気のないところにワシらを案内したと思ってるんだ」
「えっ? それは『スラムドッグランド』の従業員に、みっともない姿を見られたくなかったからじゃ? ……ああっ!」
「やっと気付いたか」
「まさかゴルドウルフさんは、俺たち『ジン・ギルド』を気づかって……!?」
「そうだ。ワシは最初、キリーランドのスラムドッグマートに直接出向くつもりだった。でもそこで土下座したとなると、人目につくだろう。きっとマスコミもほおっておかんはずだ」
「組長が土下座した姿なんて新聞に載ったら、『ジン・ギルド』は、よその組織に、とんでもなくナメられちまいます!」
「ワシはそれでも構わんかった。なぜなら、ゴルドウルフさんがいなければ、今の『ジン・ギルド』も無かったんだからな」
「ゴルドウルフさんが組長の『恩人』ってのは、さんざん聞かされてましたけど……。そういえば、どんな風に助けられたのか、俺は知りません。いったい、ゴルドウルフさんと組長の間で、なにがあったんですか?」
「それはな……」
それから数日後。
「なっ……!? なにをするんじゃっ!? やめろーっ!?」
キリーランドの海沿いの廃屋に拉致されたステンテッドは、樽から首だけ出してもがいていた。
周囲には、ナイフを手にした男たちが。
「なにをする、だとぉ? テメー、とんでもねぇことをしてくれたじゃねぇか……!」
「よりにもよって、組長の『恩人』であるゴルドウルフさんの店に、チョッカイかけるとはなぁ……!」
一瞬誰のことだかわからず、「ゴルドウルフ……?」と顔をしかめるステンテッド。
しかしすぐにピンときて、
「あっ、あのへんなオッサンのことじゃな!? あのへんなオッサンが、『ジン・ギルド』の組長の恩人じゃと!? そんなわけがあるかっ!」
「やっぱり、お前も知らなかったようだなぁ……。でなきゃあ、こんな恩知らずなこと、考えるワケがねぇもんなぁ……!」
「お……恩知らず? それは、どういう意味じゃっ!?」
「んじゃあ、冥土の土産に教えてやるよ」
そして組員たちの口から、ある過去が語られる。
それは聞かされたところで、にわかには信じがたい……。
とくにステンテッドには、絶対に信じたくない、衝撃の真実であった……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
組長は若頭時代、度胸試しとして『煉獄』に行くこととなる。
それは、組長と跡目争いをしていた、ライバル若頭からの提案であった。
煉獄の第1層にいるボスモンスターを狩ることができたら、その度胸を認め、組長の座を譲ると。
組長はその提案を承諾し、証人がわりにライバル若頭の手下を同行させ、『煉獄』へと身を投じる。
『煉獄』は第1層であるならば、腕に覚えのある人間なら、問題なく生きて帰れる場所である。
しかし組長は手下たちの罠にかかり、下層へと続く穴に、突き落とされてしまった……!
組長が落ちたのは、煉獄の第50層。
『フロアスライム』という巨大なスライムの上に落ちたので即死は免れたのだが、いきなり伝説級のモンスターと遭遇。
万事休すかと思われたところを、とあるオッサンに助けられた。
そのオッサンは、ホームレスですら避けて通るような、ひどい身なりをしていたという。
オッサンは組長を安全な場所に案内すると、事情を尋ねてきた。
組長はなんとしても地上に戻らねばならないと、オッサンに訴える。
もしライバル若頭が新しい組長になってしまったら、それまで義理と人情を重んじてきた『ジン・ギルド』の体制は一変、非情のインテリヤクザになってしまい、多くの罪なき人たちが傷付くであろう、と。
するとオッサンは、頷いてこう言った。
「そうですか、事情はわかりした。実を言うとこれから、『日輪の儀式』をするところだったんです」
「『日輪の儀式』……?」
「地下迷宮から地上に戻るための儀式のことです。通常、地下迷宮から脱出するときは、魔法などが使われます。ですがこの『煉獄』では、それらは一切効かないのです。歩いて脱出する以外の、唯一の手段が、『日輪の儀式』なのです」
オッサンは服とも呼べない、肌に張り付いたボロボロの布の中から、ひとつの宝石を取りだす。
「この秘宝を身に付けて儀式を受けた者は、『煉獄』の外に出ることができます。ただし、秘宝ひとつにつき、ひとりだけという制限があります。……どうぞ」
「い……いいのか? これは、かなり貴重なものではないのか?」
「ええ。5千年に一度、たったひとつしか煉獄に生まれないという『日暈の石』です」
「ということは……お前はこれを使って『煉獄』から脱出するつもりだったのだろう!?」
「ええ、そのつもりでした。『煉獄』は歩いて脱出することは不可能と言われていますからね」
「それに、この石が5千年に一度しか現れないのであれば、もう二度と手に入らない石も同然ではないか! お前は一生、ここから出られなくなるのだぞ!?」
「ええ、そうかもしれません」
「そうかもしれません、って……! お前のその姿から察するに、ここで多くの地獄を見てきたのだろう!? ここから出たくてたまらないはずだ! なのになぜ自分を犠牲にしてまで、さっき会ったばかりのこの俺を、逃がしてくれるというんだ……!?」
「あなたが戻らなけば、多くの組員たちが悲しむのでしょう? あなたが戻らなければ、『ジン・ギルド』が変わってしまって、多くの罪なき人が悲しむのでしょう? 私は、その言葉を信じたのです。それに……」
そこでオッサンは、ふっと表情を緩めた。
「私が戻れなくても、悲しむ人などいませんから」





