53 1巻発売記念番外編 旋風と太陽33
理不尽きわまりないといったインキチの大絶叫が、場内に轟き渡る。
「なぜっ!? なぜなぜなぜなぜっ!? なぜわたくしが、このような目にぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!? かゆいかゆいっ! かゆいのでございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!!」
リインカーネーションの得意とする、『いたいのいたいのとんでいけ』は『治癒』に属する祈りではない。
被術者の『痛み』を取り出し、文字どおり、どこかへ飛ばしてしまう奇跡。
それは『痛み』だけでなく、ありとあらゆるものを飛ばすことが可能。
そう……!
たとえ『かゆみ』であっても……!
「かゆすぎて死ぬっ!? かゆすぎでおっ死ぬのでございますぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
インキチは倒れたまま、床を転がりまわる。
毒エサをくらったワニのように、どすんばたんと大暴れ。
それは彼女自身がこれまで与えていた「かゆみ」を、はるかに凌駕する感覚であった。
なぜならばこれは、『いたいのいたいのとんでいけ』の性質によるものである。
取り除いた感覚を、数倍に増幅したうえで飛んでいくという、恐るべき性質……!
そもそもリインカーネーションに放たれた時点で、『白き音符と赤き線譜』は最大出力であった。
受けた者は生皮が剥がれるまで身体を掻きむしるほどのかゆみが襲うというのに、それを数倍なんかにされてしまったら……。
返されたほうは、たまったものではないっ……!!
それは、未知なる痛痒となって、インキチを襲っていた。
「おひぎゃあああああああーーーーーーーー!? お肉がおかゆいいいっ!? お骨がおかゆいいいっ!? お心臓がっ!? お肺腑がっ!? おいぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
通常、かゆみというのは皮膚だけである。
しかし数倍の威力となった奇跡は、なんと身体の内側にまで作用しはじめたのだ。
観客たちは口々に叫ぶ。
「お……おい、見ろよっ! 今度はインキチがかゆがりだしたぞっ!?」
「リインカーネーションは掻くのをガマンしてたってのに、身体をかきむしってやがる!」
「よっぽどかゆいんだろうなぁ!」
「ああっ!? インキチ様も、リインカーネーション様ほどではないけれど、餅肌だというのに……!」
「でもあれじゃ、せっかくの肌が、ボロボロになっちまうぞ!」
「なんという、いい気味……いいえ、おいたわしいお姿なのでしょう!」
しかし、ボロボロにはならなかった。
なぜならば……。
……バリバリバリィィィィィィッ!!
爪立てたネイルは、肌をも引き裂いていたのだ……!
「がゆいがゆいがゆいっ!? がゆいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーっ!?!?」
とうとう皮膚が破れ、血が滲み、中の肉が抉られた……!
と思ったが、血は一滴も出ていなかった。
インキチは全身を掻きむしり、肌を次々と引き裂きまくる。
まるで、生地かなにかのように。
スプラッタに刮目していた勇者と聖女たちは、さらに目を剥いた。
「な……なんだありゃ!?」
「肌が破れたのに、血がまったく出てねぇ!」
「っていうかアレ……よく見たら、作りもんじゃねぇかっ!?」
ホーリードール家に負けず劣らずのナイスバディを売りにしていたインチキ。
しかしそのむっちりとした肉感は、肉じゅばんによるものだった……!
インキチは脱皮が下手な蛇のように、ボロボロになった肉じゅばんの残骸から這い出していた。
そこにあったのは衝撃の事実。
そして、
彼女の貧相なる、本体っ……!
「うげええええっ!? なんだありゃ!?」
「インキチの身体は、ニセモノだったのかよっ!?」
「しかも肌はボロボロで、ガリガリに痩せほそってて……まるで枯木じゃねえかっ!?」
「くそっ、俺はインキチをいつかはモノにしてやろうって思ったのに……!」
「騙しやがったな、テメェっ!!」
ヤジやゴミが飛び交っていたが、インキチはもうそれどころではない。
墓場まで持っていくつもりだった秘密もバレてしまったのだが、それすらもどうでもよくなっていた。
そんなことよりも、今は……。
「おぎゃああああああああんーーーーーーーーーーっ!? おぎゃゆいおぎゃゆいっ!? おぎゃゆいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
かゆくて、たまらなかったのだ……!
老木の樹皮のような痩体を、骨ごとすりおろすように、ゴリゴリとかきむしる。
熊のような爪痕が枯れた肌に残っても、おかまいなしに。
司会とプリムラはステージ上を右往左往していた。
もはやどうしていいのかわからなかったのだ。
そしてこの騒動のきっかけとなった、人物はというと……。
「あああんっ!? 少しはマシになったけど、かゆいっ! かゆいわぁぁぁーーーーっ!?」
なんとまだ、かゆがっていた……!
『いたいのいたいのとんでいけ』で飛ばせたかゆみは半分ほどであった。
彼女は大きな胸に振り回されつつも、再び奇跡を起こす。
「かっ……かゆいのかゆいの……とんでいけぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」
……どばしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!
やけっぱちの次弾発射。
いつもであれば、吸い取った痛みをへんな所に飛ばさないようん、プリムラが注意しているのだが……。
彼女はいま、ステージ上でアタフタしている真っ最中。
それで、気付くのが遅れてしまった。
2発目がブッ放されたことに気付いたプリムラは、その発射先にハッと息を呑んだ。
「ああっ!? あぶないですっ! 司会者さんっ!」
しかしその声は、ヤジにかき消されて届かなかった。
ステージに向けられたかゆみは、司会者とあるものを巻き込んで、白煙に包み込んでしまう。
その巻き込まれたものは、なんと……。
勇者の像っ……!?
それまで極地的だったブリザードは、まるで世界をも凍りつかせるように、天井から降り注いだ。
客席の全方位から飛んできていたヤジは一転、
「ぎゃああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!? かっ……!? かゆいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
阿鼻叫喚の、渦にっ……!!





