14 ブラック勇者、降格…!
神の間を覆っていた殻を、爆散させながら飛び出してきた人物、それは……。
危機一髪の黒ひげのように打ち出され、人間ロケットさながらに宙を舞っていたのは……。
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?!?」
導勇者ミッドナイトシャッフラー・ゴージャスティス……!
ただでさえ歪んでいた顔は、幾度となく叩きつけられたせいで、もはや奇形と化している。
しかも鮮血にまみれているので、さらにおぞましい。
凶兆を知らせる、真紅の三日月のようであった。
全身に針玉のように刺さったガラス片により、さらなる異様へと変貌。
ついには身体じゅうが、どす赤く染めあげられる。
その姿はさながら、終末の彗星……!
不吉な赤い尾をひきながらの、2階客席から破滅のダイブ……!
……ぐしゃあっ!!
首がありえない方向に曲がる体勢で、1階のコートに叩きつけられてしまった……!
穴の開いた噴水のように、身体のあちこちから赤い筋がぴゅうぴゅうと散る。
……本来は、下級職小学校が勇者小学校を破り、優勝したという決定的瞬間のはずだった。
しかし歓声は、阿鼻叫喚の悲鳴によって塗り替えられてしまったことは、言うまでもないだろう。
名うての導勇者は焼きナスのようになってしまったが、彼のさらなる災難は続く。
泣きっ面に蜂……! 弱り目に祟り目……!
任務失敗という、圧倒的事実が鎌首をもたげる……!
それは勇者上層部にもすぐに伝わり、即日、降格の烙印が押されることとなった。
ミッドナイトシャッフラー……ワンランク・ダウン……!!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ゴルドウルフ
↓降格:ミッドナイトシャッフラー
ダイヤモンドリッチネル
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
クリムゾンティーガー
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会場はさらなる騒乱を極めていた。
勇者小学校以外の学校が優勝を決め、ルタンベスタの地区代表となってしまったからだ。
ルタンベスタ代表……それは次なる『ハールバリー小国代表選抜戦』への進出を意味する。
下級職小学校が地域の代表になるなど、長らく開催されてきた剣術大会において初めてのことだ。
2階にいた一流の観客たちは、歴史的愚挙に誰もがうなだれていた。
1階にいた二流以下の観客たちは、歴史的快挙に快哉をあげていた。
ついにはフェンスを乗り越えてコートになだれこみ、わんわん騎士団たちの胴上げまで始めてしまう。
その横で、タンカに乗せられて運ばれていく、焼きナスビのコミッショナー。
さらにその隣では、飼い主に服従する犬のように、ゴロンゴロンと床を転げる聖女たち。
「わっ、わんわんっ! お、お許しください! マザー・リインカーネーション様っ!」
「わんわんわんっ! 先生に犬のマネをしろと言ったのは、つい出来心で……!」
「わんわんわんっ! この通り、この通り深く反省しておりますっ!」
しかし全力の謝罪にも、天然聖女は天使のような微笑みを絶やさない。
「あらあら、まああまあ。みんなそんなにわんちゃんごっこがしたかったのね。うふふ! じゃあママも、一生懸命やっちゃう!」
見ようによっては悪魔の微笑みで、どこからともなく紐を取り出すと、足元の聖女たちの首にかけた。
「はぁい、これでもっとわんちゃんらしくなりましたよー! じゃあ、お散歩に行きましょー!」
四つん這いになった泣き笑いの聖女たちを引き連れ、外へと繰り出していくリインカーネーション。
あちらこちらで起きている混沌に、ゴルドウルフはお手上げとばかりにため息をついた。
そして、ずっとプリムラを抱いていたことを思い出す。
「失礼しました」と降ろそうとしたが、聖女はゴルドウルフの首に手を回し、甘えるようにぎゅっとしがみついてくる。
「あの、おじさま……。もう、すこしだけ……。もうすこしだけ、こうしていてもよいですか……?」
少女の申し出に、オッサンは少しだけ意外そうな顔をしたが、
「ええ、もちろん」
すぐにいつもの微笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
我が子を見守る夫婦のように、宙を舞う子供たちを見つめるゴルドウルフとプリムラ。
幸せそうなふたりを、隅の暗がりから、ふたつの人影が伺っていた。
紫色のローブに、顔を覆い隠すように深く被ったフード。
車椅子の上で、荒い息を繰り返している。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あの、センセー……。マジ、ヤバいって……。アレって、もしかして……」
かすれ声とともに背もたれに身体をあずけると、派手な巻き毛が喘いでいた。
顔はメイクのおかげで辛うじて見目を保てていたものの、だいぶやつれている。
背後で車椅子を支えていた老人が、労るように声をかけた。
「そんなことよりも、無茶をしすぎです、お嬢様……! ひとりであれほどのマナシールドを張り続けるなど……! しかも、こんな遠距離から……! 下手をすると魔力が枯渇して、身体が老化してしまいます……! お嬢様の身にこれ以上何かあっては、旦那様に申し訳が立ちません……!」
「いいんだって、じいや……。ウチ、あの人のためなら、もう何も惜しくないもん。それにもう、大丈夫だから……帰ろっ、か……」
「えっ? 会っていかれないのですか? お嬢様がお助けしたことを言ってさしあげれば……」
「こんなんじゃ、許してくんないよ……。ウチ、本当にひどいことばっかりしたから……。それにいいんだ、わかってもらえなくても。あの人が、ずっとそうだったから……。ウチらが全然感謝しなくても、ずっとずっと、良くしてくれたから……」
髪の毛を額に張り付かせたままの少女は、力なく笑む。
それは自分なりの科料を、自分の意思で支払った者の哀笑。
獄中出産で我が子を産み落とした直後のような、悲愛に満ちた笑顔だった。
めでたしめでたし…ですが、勇者ざまぁはもう少し続きます!