47 1巻発売記念番外編 旋風と太陽27
マザーとプリムラはしっかりと抱き合い、懸命に片脚でバランスを取っていた。
まさに生と死の分かれ目で。
指先でも赤いパネルに触れてしまったら、それだけで終わり。
それまでは、咲き誇る深紅の花のようだったパネルが、いまや……。
活火山の噴火口のような、ぐろぐろとした紅蓮に……!
その淵に立つ姉妹は、さながら地獄の釜の淵に立たされた天使たちのようであった。
まさに極限の極限、際の際……!
……ここまでの状況に追いつめられると、人間は否が応にも本性が剥き出しになる。
相手を突き落とし、自分だけは助かろうと躍起になる。
落ちないのが無理なのであれば、せめて相手を下にして、九死に一生を求めたくなるもの。
無理もない。
それこそが、人間の本能……。
いや、生きとし生けるものすべてが持つ、『性』だからだ……!
しかし彼女たちは、そんな次元すらも超越していた。
「お、お姉ちゃん! あ、あぶないです! 私が下になって、クッションになりますから!」
「だ、だめっ! プリムラちゃん、ママがおふとんになるわ!」
聖女たちはまるで、どっちが支払いをするかモメるサラリーマンのごとく、くんずほぐれつ。
なんとかして自分を犠牲にして、相方を助けようと必死であった。
そんな余裕があるなら落ちないようにすることもできるはずなのだが、彼女たちはその場でダンスを踊るようにクルクル回る。
それはなんとも奇妙な光景に映る。
なにせ彼女たちがやっているのは、死の押し付け合いではなく、生の譲り合い。
いつも相手を鬼のような形相で、時には喜々として蹴落としてきた勇者や聖女たちには、まったく理解できない行動だったのだ。
そして運命の神様は、この姉妹になにをもたらしたかというと……。
それは『平等』。
「きゃっ!?」「まあっ!?」
プリムラとマザーはどちらが上になることも下になることもなく、真横に倒れ……。
赤いスイッチに、急降下っ……!
そう……!
平等なる『死』がもたらされようとしていたのだ……!
「ああっ!?!?!?」
瞬間、客席が一斉に立ち上がり、倒れんばかりに前のめりになった。
誰もがこの残酷な運命を、呪いながら。
観客たちはいままで、姉妹が血みどろになって争う様を待ち望んでいた
しかし彼女たちのあまりにも純粋でひたむきな、他人を思いやる気持ちに心を打たれる。
いまや姉妹の成功を祈るようになっていたのだが……。
ここにきて、無残っ……!!
姉妹の身体が、赤いパネルに叩きつけられた途端、
……ガッ、シャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!
ようやく開かれた希望の門戸が、重く閉ざされたような音が響き当たる。
嗚呼……!
天使たちは、とうとう、とうとう……!
インキチの卑劣な罠に、穢されてしまったのだ……!
「やっ……やったでございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
VIPルームのインキチは立ち上がり、跪いていた執事青年を蹴飛ばすようにして窓ガラスに張り付く。
憎き聖女姉妹をついに、己のゲームによって仕留めたのだ。
……ぴゅるるるるーーーーーーーーーっ!!
とパネルに開けられた小さな穴から噴出した、水によって……!
み……水っ……!?
そう……!
プリムラとマザーが引き当てた罠は、なんとっ……!
み……水っ……!!
ふたりは倒れた瞬間、きつく目を閉じて抱き合っていた。
しかし、全身に当たる冷たさに我に返り、起き上がる。
周囲から吹き上がる噴水にキョトンとなったあと、相方と顔を見るなり……。
「……あらあら、まあまあ。プリムラちゃん、びしょ濡れになってるわ!」
「お姉ちゃんこそ! うふふふふっ!」
ふたりは朗らかに、笑いあう……!
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
世界が揺れるほどの大歓声が、全方位から起こる。
ふたりはびっくりしてしまい、またひしっと抱き合った。
「す……すげえすげえすげえすげえっ! すげぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「プリムラもマザーも、マジ最高じゃんっ!!」
「ゴッドスマイル様がぞっこんになるのもわかるぜっ!」
「決めた! 俺今日からプリムラとマザーのファンになる!」
「なに言ってんだよ! 俺なんて、とっくの昔だぜ!」
「す……素敵! 素敵ですっ!」
「あんなに相手のことを、心から信じて、守ろうとするだなんて……!」
「さ……さすがはホーリードール家っ! 女神の生まれ変わりと呼ばれた方たちです!」
「私は最初から言っていたではありませんか! ホーリードール家こそが、真の聖女一門であると!」
「ああ……! 心が洗われるようです……!」
勇者たちは惚れ直したとばかりに大興奮。
聖女たちは感動のあまり泣き出していた。
会場にいる者たちすべてが、大いなる愛に包まれていた。
まるで心までひとつにしたかのように、ホーリードール家を讃えた。
……ただ、ひとりをのぞいて……。
「うっ……うぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
VIPルームのインキチは、絞められた南国の鳥のような奇声をあげながら大暴れしていた。
テーブルや椅子をひっくり返し、ワイン棚を力まかせに倒す。
割れた瓶の破片を振りかざし、執事たちを滅多刺しにしていた。
室内が、ぶちまけられたようなどす赤さに染まる。
ヒールが浸かるほどに、真っ赤な水たまりが一面に広がるなかで……。
彼女はぜいぜいと、肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁっ……!! お許しになれない……! けっして、お許しになれないのでございますっ……! このわたしのゲームを無茶苦茶になさって、グチャグチャになさって……! 絶対に、絶対に……! ブチお殺してあそばせますのでございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」





