表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

704/806

46 1巻発売記念番外編 旋風と太陽26

 観客たちは我が目を疑った。

 血走った眼を見開いたまま、服の袖でゴシゴシとこすってしまうほどに。


 無理もない。


 ピッチに敷き詰められたパネルは罠だらけ。

 誤ってひとつでも踏んでしまうと、下手すると大怪我、それどころか命すら危ういというのに……。


 その上を、かけっこのように走るだなんて……!?



 あ り え な い 。



 本来ならば、疑心と暗鬼。

 そして剥き出しの人間性という、魑魅と魍魎が跋扈する、この最終ゲーム。


 いままでの挑戦者はパートナーの言葉を疑ってかかり、パネルの表示と照らし合わせ、心理戦を繰り広げ……。

 ただの一歩を踏み出すのにも、長考を要していたというのに……。


 その上を走るということは、思考、ゼロっ……!?

 今の世界の常識では、ただのバカ……!



 あ り え な い っ …… !



 パネルの上をぱたぱたと走る少女たちは、笑っていた。



「お姉ちゃん、わたし、もうすぐゴールですよ!」



「ああん、まってぇ、プリムラちゃん!」



 もはや彼女たちは、自分の足元が何色に光ろうとも、気にも止めていなかった。

 パネルはひっきりなしに、赤と緑の明滅を繰り返している。


 すると、どうだろうか。

 いままでは恐怖の地雷原でしかなかった、パネル群が……。


 まるで咲き乱れるように、キラキラと輝きはじめたではないか……!


 誰もがその光景に、心奪われる。



「う……うそ……」



「ま……マジ……」



「き……きれい……」



 それはさながら、花畑を遊ぶ妖精。

 それはさながら、桃源郷を遊ぶ天女。



 あ …… あ り え な い っ …… !!



 今回の『聖心披露会』には、5万人もの応募があった。

 それはひとえに、優勝賞品が豪華だったからである。


 そしてその賞品は、ひとりにしか与えられない。

 となれば、パートナーを蹴落としてでも、それを手に入れようとするのが人間であろう。


 観客席の勇者と聖女たちは思っていた。

 もし自分がこのゲームに挑戦したなら、自分なら絶対にウソの情報を与えるだろうし、相手の情報は信じないだろうと。


 現に、9組もの挑戦者はそうであった。


 みな一見して強い絆で結ばれ、相手を裏切ることなどしなさそうであった。

 しかしいざゲームが始まったら、その絆を紙の鎖のように断ち切り、梅酒のようなさらりとした顔でウソをつく。


 どろどろに腐りきった本心を、仮面のような笑顔で覆い隠し……。

 相手を蹴落とすために、死地へと導く……。


 それが、『人間』というもの……!


 しかしその『人間』を覆す、『超人』が……。

 いや、まさに『蝶人』といっていい、身も心も美しき者たちが舞い降りたのだ。


 その名は……。


 ホーリードール家っ……!!


 このゲームにおいて、2人の挑戦者はピッチの両端に立ち、中央にあるゴールを目指す。

 ピッチの中央には、床に『ゴール』と書かれた広い空間があり、地雷原を抜けてそこにたどり着けばゲームクリア。


 ふたりともゴールした場合、遠く離れていたふたりが出会う形となるのだ。


 このゲームにおいて、今まで多くの者たちが引き裂かれてきた。

 身体的にはもちろんのこと、関係的にもズタボロにさせられた。


 しかも、成功しても失敗しても、結果は同じであった。

 このゲームはいちど挑戦したが最後、パートナーとの関係は、二度と修復できないほどの、深い傷を残す……!


 陰では『悪魔のゲーム』などと呼ばれていたこのゲームに、ついに、天使が舞い降りた。


 その天使たちは、純度100%。

 疑う気持ちなど、つゆほども持ち合わせてはいない。


 みずみずしい果汁のような気持ちで、パートナーのことを信じ切っていた。


 そう……。

 彼女たちにかかれば、地雷原すらも、ただの歩きやすい道っ……!


 なぜならば……。

 お互い心から、相手のことを信じているから……!


 キャッキャと笑いながら、まずはプリムラが最後のパネルを踏みしめ、ゴールにピョンと降り立った。


 マザーは子供たちと「かけっこ」をするのが大好きである。

 ただ全力で走っても、常人の早足以下のスピードしかでないので、ものすごく遅い。


 となると彼女はいつもビリッケツなのだが、いちばん最後にゴールした彼女は、切らした息を整えもせず、いつもこうする。



「はぁ、はぁ、はぁぁ……! あらあら、まあまあ! 足がとっても速いのねぇ! すごいわぁ、えらいわぁ!」



 自分のひとつ前にゴールした子供、つまりは普段はビリの子供を真っ先に、ギュッと抱きしめるのだ。


 ……彼女とかけっこした子供は、どんなに足が遅い子でも、走るのが大好きになるという。


 先にゴールしたプリムラは、姉に向かって声援を送る。



「お姉ちゃん、がんばって! あと半分ですよ!」



 ここで彼女は、



「あっ、間違ってました! 最初は真っ直ぐって言いましたけど、本当はそこから右です!」



 などとウソをつくこともできた。

 自分はすでにゴールしているので、マザーを罠にかければ優勝賞品の独り占めも可能であった。


 しかし、彼女は……。



「そのまま真っ直ぐですよ! お姉ちゃんファイト、ファイト!」



 まるで控えめなチアガールのように小さく跳ねて、ライバルを応援しはじめる始末……!


 もはやこの姉妹には、なんのやましさもなかった。

 相手の言うことを信じ切り、かけっこをして、応援する……。


 まるで、幼い子供のような無垢さであった。



「はぁ、はぁ、はぁ……! ママ、がんばっ!」



 姉は汗と胸を振り散らし、懸命に走る。

 特出した重さに振り回されるように、ヨタヨタと蛇行する。


 それ見ているだけでハラハラするような光景であったが、パネルの幅は2メートルほどあるので、なんとか踏み抜かずに済んでいた。

 しかし、このママはそれを上回るドジっ子であった。


 ゴール直前のパネルを踏んだとたん、



「あらっ? あらららっ?」



 突然足がもつれだし、千鳥が酔っ払ってしまったかのような、急激なコースアウトをはじめる。

 そのまま、マグマのように赤く赤熱するパネルに、吸い寄せられるようにフラフラと……!



「お……お姉ちゃん、あぶないですっ!!」



 プリムラの楽しげな顔は一変、真っ青になって駆け出す。

 対面のフィールドに足を踏み入れ、マグマの境目で「おっとっと」とバランスを取る姉の身体を抱きとめた。


 しかし華奢なプリムラでは姉の身体を支えきれない。

 振り乱した胸に巻き込まれる形となって、ふたりとも「おっとっと」状態に……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 『蝶人』 とはまた上手いことを♪ [一言] マザー、普段から足腰を鍛えておけばこんなことには・・・!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ