44 1巻発売記念番外編 旋風と太陽24
『聖心披露会』のクライマックスである最終ゲーム。
それは、清らかな乙女たちが愛を奏でる祭典とは思えないほどの、悲鳴と怒号の渦に包まれていた。
「ぎゃああああああっ!? 足の指がっ!? 足の指がぁぁぁぁっ!」
「騙したわねぇ、このスベタがっ!」
「アンタのことは前から気に入らなかったんだよ!」
「ああっ!? アタシの大事な、アタシの大事なペンダントがぁぁぁぁっ!?」
「チッ! 運がいいねぇ! ペンダントに守られるだなんて!」
「先輩だからって偉そうにしやがって! 1年先に入門しただけじゃねぇか!」
「この賞品を手に入れたらアタシが大聖女です! だから安心して死んでくださいね、先生っ!」
「ぎゃああああああっ!? 腹がっ!? 腹がああああっ!?」
「アハハハハ! これでもう勇者様の子を産めない身体になっちまったねぇ! ざーんねんでした!」
吹き荒れるは、暴力と嘲笑、そして……。
裏切りの嵐っ……!
こんな人間性の剥き出しのような、嫌なゲームを見せられている、観客たちはというと……。
「すっ……! すげえっ! すげえよっ!」
「やっぱりゴトシゴッド様に仕える聖女が主催してるだけある!」
「『ゴトシゴッドランド』以上に刺激的だぜぇ!」
「いいぞっ! もっとハメあえっ! 疑いあえっ! 引き裂きあぇぇぇーーーーーーっ!!」
一歩間違えば死者さえ出かけないゲームだというのに、観客はみな熱狂していた。
基本的に勇者というのは、他人の血を見るのが大好きなのだ。
そしてこんな狂ったゲームだとわかっていながら、勝ち残った10組の聖女は、誰ひとりとして棄権はしなかった。
誰もがズタボロになっても立ちあがり、立てなくなっても這いつくばり、歯でパネルに食らいつくようにゲームを続行。
引きずったような血の跡を残しながら、ゴールを目指す。
まさに『デス・ゲーム』の様相を呈していたが、なぜ彼女たちはそうまでして、若き身空を投じていたのかというと……。
これもひとえに、
賞品がとんでもなく豪華だったから……!
たったひとつしかない生命を秤にかけてもなお、いや、パートナーの生命を上乗せしてもなお……。
天秤は傾いたまま、びくともしないほどに……!
ちなみにではあるが、その豪華賞品の現物は、ひとつしか存在していない。
ということは、2チーム以上がゴールを決めてしまうと、それだけで賞品は足りなくなってしまう。
なのになぜ、インキチはゴールした者全員に、賞品を進呈するなどと決めたのかというと……。
それには、ふたつの理由があった。
ひとつ目はまず、ホーリードール家の台頭。
まさかあの姉妹が第1ゲーム第2ゲームともに、ダントツのトップを取るとは思ってもいなかったのだ。
もし優勝者にのみ賞品が贈られるというルールであったなら、他の聖女チームたちは早々にリタイアしていたことだろう。
ゲームには生命を賭けなければいけないうえに、あのトンデモ聖女と渡り合わなくてはならないとなると、割りに合わなさすぎるからである。
そこで、ホーリードール家と張り合わなくてもよいようなルール変更を急遽ほどこした。
他のチームに関係なく、ゴールさえできれば賞品がもらえるのだから、モチベーションとしてはかなりのものになるであろう。
しかし、賞品はひとつしかない。
しかし、インキチは心配していなかった。
なぜならば、そもそも……。
この最終ゲームだけは、誰もクリアできないだろうと確信していたから……!
欲の皮の突っ張った聖女たちには、特別なインチキなど施さなくても……。
基本のルールだけで勝手に疑心暗鬼に陥り、勝手に足を引っ張り合い、勝手に騙し合い……。
勝手に、自滅するっ……!
さすがこれまで数多くのゲームの胴元を務めてきただけあって、インキチの狙いはまさに正鵠であった。
9組もの聖女たちが挑戦して、誰ひとりとしてゴールにたどり着けずに救急搬送されていたのだ。
彼女たちはゲーム開始直前までは、深い絆で結ばれた関係を演じているが、いざ始まってみると、
「死ねぇぇぇぇっ!! このクサレ○○○がぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!」
蛮族のような単語を、連発っ……!
こんな言葉がいよいよ、あの聖女たちの唇から漏れると思ったら……。
VIPルームのインキチは、漏れそうな笑顔をこらえことができなかった。
「ヌフッ、フヌッ。ヌフフフフフッ……! ついに、ついに待ち望んだ瞬間が、やってお来るのでございます……! あのおブタのボス様のような聖女様たちが、ブヒーブヒーと泣き喚きになるのです……! それを、お真写におさめさえすれば……!」
――……ついに、大駒がっ……!
ルークとビショップともいえる大駒が、わたくしの手元にっ……!
「ヌフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフっ……!!」
最高の瞬間を前に、インキチは最高のワインを美青年執事に開けさせた。
『さあっ! いよいよ最後の組の挑戦じゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!! 大トリはやっぱり、この人たち……! ホーリードール家じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!』
入場口からリインカーネーションとプリムラが現れると、
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
今ゲームいちばんの歓声が、ふたりを包んだ。
勇者たちはみな、息巻いていた。
「ホーリードール家の本性が、ついに明かされる時がきたぜっ!」
「ああ、いくら女神の生まれ変わりといっても、ふたりとも人間だっ!」
「あの笑顔の裏に、どんなドス黒い欲望が隠れてるのか……楽しみだぜぇ!」
聖女たちはみな、ほくそ笑んでいた。
「ああ、これでもう、ホーリードール家はオシマイですね」
「こんな大勢の勇者様たちの前で醜態を晒してしまったら、きっとゴッドスマイル様も愛想を尽かすことでしょう」
「やっぱり私の言うとおりになったでしょう? ホーリードール家に入門するのは、やめにしておいたほうがよいと」
そんな下馬評は知るよしもなく、スタッフに案内されてリインカーネーションとプリムラはスタート地点につく。
ふたりの距離は100メートルほど離れており、目の前には無数のパネルが敷き詰められている。
ちょうど50メートルあたりの中間地点が、両者のゴールとなっていた。
『さあっ、それでは最後の最後、ホーリードール家が挑戦するパネルの配置を見てみようじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!! ロールオープンっ!』
司会のかけ声に合わせ、天井のロール紙がまわって幕のように紙を垂らしていく。
そこに書かれていた罠の分布を見た途端、
「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
今大会いちばんの驚愕が、観客席を駆け巡った。
 





