43 1巻発売記念番外編 旋風と太陽23
「えーっと、ユウちゃん、次は右!」
少女はいつもの爽やかな笑顔を浮かべながら、遠くにいる相方の少女に指示を飛ばした。
声と表情は実に朗らかであったが、背中にはじっとりと嫌な汗が。
――いつ……。いつあの醜女は仕掛けてくるの……!?
心まで醜いヤツのことだから、きっと、もうすぐウソをつくはず……!
そして、ついにその瞬間がやって来た。
「じゃあ、次は私が教える番だねっ! 前だよぉ、ミッちゃん!」
ユウちゃんから教えてもらったミッちゃんは、一歩前に踏み出そうとした。
しかしその先は、
赤い床っ……!
それまでテンポよく進んでいた足が、ピタリと止まる。
「ゆ……ユウちゃん、本当に前でいいの? 赤くなってるんだけど……」
「うんっ、上の紙には安全って書いてあるよぉ! きっと、20%のウソを引いちゃったんだよぉ! 大丈夫だよぉ、ミッちゃん! 私を信じて、ねっ!」
しかしミッちゃんは、心の中で歯噛みをする。
――ついに仕掛けてきやがったか、この醜女がぁ……!
あの醜女がゴールするまでは、あと7ステップもあるっていうのに……先に殺っちまおうって魂胆だな!
今まではユウちゃんが教えてくれたパネルは、すべて緑色であり、すべて安全パネルであった。
ようは、ユウちゃんの情報とパネルの内容は一致していることになる。
しかしここにきて、食い違った……!
ユウちゃんは安全だというが、パネルは危険色。
さらにミッちゃんを悩ませていたのは、正面のパネル以外は……。
すべて緑っ……!
パネルは自分の前後左右に合計8枚ある。
通ってきたパネルはウソをつかないというルールがあるので、7枚がそれぞれ20%の確率でウソをついていることになる。
そして、安全パネルは必ず1枚以上ある。
下手をすると、正面以外はすべて表示のとおり、安全パネルという可能性だってある。
さらに、これは挑戦していて気付いたことなのだが……。
まわりに安全パネルが多ければおおいほど、設置された罠がより強力なものになっていく傾向がある。
となれば、もし目の前にあるのが『地雷パネル』であれば、一撃必殺クラスの罠なのは間違いない。
ミッちゃんは、頭の中でソロバンを弾いた。
――7枚のパネルがすべて真実を語る確率は、20%程度……。
すべてのパネルが真実を語っているとは、とうてい思えない……。
しかし、個々のパネルとして考えれば、正当率は80%……!
「どうしたのぉ、ミッちゃん? もしかしてぇ、私がウソを付いてると思ってるのぉ? ひどいよぉ、ミッちゃん! えーんえーんっ!」
――うるせぇ黙れっ! ひどいのはアンタの面と、その下手くそなウソ泣きだっ!
アンタはいつもそうやって、被害者ぶって……勇者様の同情を買おうとするんだ!
ミッちゃんは心の中で毒づきながら、さらに思考を巡らせる。
――この正面のパネルは、たしかひとつ前のパネルにいた時も赤くなっていたはず……。
パネルというのは移動するたびに再抽選が行なわれ、色が変わる。
そして、2回連続で赤を表示したということは……。
――やっぱり、これは罠……!
醜女はついに、仕掛けてきたんだ……!
ミッちゃんは意を決すると、大きく振りあげた足を、踏みにじるように降ろした。
その先は……。
……右っ!?
『おおーーーっとぉ!? ここにきてアドバイスを無視したぞぉーーーーーーっ!? 果たして、そのパネルはっ……!?』
ふたりの少女の間に割り込んでくる、司会者の煽り。
その一拍の後、
……ジャキィィィィィィーーーーーーーーーーーーーンッ!!
鋭い刃物が床から飛び出してきて、ミッちゃんの足の甲をブーツごと貫いた。
「いっ……!? いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ミッちゃんは悲鳴とともに崩れ落ち、足を押えて悶絶する。
なお挑戦中はリタイヤを宣言しない限り、手当ては受けられない。
聖女ならば自分で治すこともできなくはないが、それは祈りに集中できるほどの、軽微な痛みのみ。
出血するほどの怪我では、自分で祈りを捧げることなど、到底無理……!
「いたいっ!? いたいいたいっ、いたいいいいーーーーーーーーっ!?!?」
「ど……どうしてぇ!? どうしてなのぉ、ミッちゃん!? どうして私の言うとおりにしてくれなかったのぉ!?」
しかしミッちゃんは悔いも反省もなく、憎悪の瞳をユウちゃんに向けた。
「やっぱりアンタは、ウソを付いてたんだね……!」
「ええっ!? なんでぇ!? なんでそうなるのぉ!?」
「見てごらんっ! アンタが指示したパネルを……! アタシが別のパネルに移動したあとも、赤いまんまだ……! このパネルはさっきも、そのひとつ前も赤かった!」
「そ……それはぁ、そのパネルが3回連続でぇ、3回ともウソを付いてるだけだよぉ!」
「20%の確率でウソをつくとして、3回連続でウソをつく確率が、何パーセントだか知ってるか!?」
「えええっ……? こ、怖いよミッちゃん……」
「答えろっ!」
「えーっとぉ……それってぇ、20%じゃないのぉ?」
「20%の確率を3回連続で引き当てる確率は、たったの0.8%なんだよっ!!」
そう。ミッちゃんの読みは当たっていたのだ。
ユウちゃんはここに来てついにウソをつき、『地雷パネル』へミッちゃんを誘導しようとした。
ミッちゃんはそれを見抜いたものの、移動先も運悪く『地雷パネル』であった。
しかし足を貫かれるという、このゲームにおける『軽傷』ですんでいた。
もし、ユウちゃんの言われるがままに、前に進んでいたら……。
彼女は今頃、足をまるごと……!
ミッちゃんはよろよろと立ち上がると、刃物のような瞳をユウちゃんに向ける。
「次は、私の番だね……!」
その顔に、もはや笑顔はなかった。
「前に一歩だよ、ユウちゃん……!」
ユウちゃんは足許を見てハッとなる。
そこには、なんと……。
赤い床っ……!
「ひっ……ひいっ!?」
怯えるように後ずさるユウちゃん。
彼女の表情には余裕がなく、友の言葉を信頼するカケラも残っていなかった。
そして、彼女が選んだのは……。
……右っ!?
……ジャキィィィィィィーーーーーーーーーーーーーンッ!!
先ほどの再現VTRのように、ミッちゃんと同じリアクションでブッ倒れるユウちゃん。
「いたいいたいっ、いたいいいいーーーーーーーーっ!?!? 私の足がっ!? 私の足がぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そこに、おどけたようなモノマネの声が。
「ど……どぉしてぇ!? どぉしてぇなのぉぉ、ユウちゃぁん!? どぉしてぇ私の言うとおりにしてくれなかったにょぉぉぉーっ!? アハハハハハハハハッ!!」
「ぐっ……! ぐぎぎぎぎぎぎっ……!」
ユウちゃんは歯を軋ませながら、キッとミッちゃんを睨みつける。
ふたりの友情は、雪のように……。
いや、そんな比喩を用いて表現するほど、美しいものではない。
吐き捨てられた唾に浮かぶ、泡のように……。
パチンと弾けては、消えていった。





